第十九話
剣の切っ先で岩に傷をつけながら歩く。戻るときはそれを目印にするのだ。
空気がひんやりとしていて、辺りはしんと静まり帰っている。
「すぐに魔物が襲ってくるかと思ったけど、そういうことでもないみたいだね」
「……でも、気配は感じる」
「多分こっちの隙を伺っているのかも」
「……厄介」
理乃の言うとおりである。
これまでに戦ってきた魔物たちは俺たちの姿を見つけるとすぐに襲い掛かってきた。
だがここの魔物はそれぞれが気配を顰めていて中々襲い掛かってこない。俺たちの様子を見つつ、隙を狙っているのだろう。
となると、一瞬でも気配を抜くことが出来ないので、かなり精神がすり減らされる。
デルマがいなくなり、理乃と二人で思う存分いちゃいちゃ出来るのではないかと考えていた十分前の俺、お前は馬鹿だ。
正直〈深獄〉をなめていたのだろう。
いつ襲われるかわからないことも含めて、〈深獄〉は危険な場所であるとされているのだから。
レベルアップして強くなった気でいたが、それに伴った魔物も強くなるので、戦闘が急激に楽になるということはなさそうである。
それでも、あの森でスライム相手に苦戦していたときのことを考えると、俺自身大分強くなった。理乃も同じことで、もはや彼女は俺に守られるだけの存在ではなく、俺と共に戦ってくれる相棒である。
最初の戦いを生き残ることが出来たのは【守護者のアミュレット】のおかげだが、あれっきりこいつは発動する素振りさえ見せない。俺が本当の窮地に陥ったときしか発動しないのだろうか。それとも、他に何か条件があるのか。よくわからないアイテムである。
考えてると、理乃の【白魔術】はかなり強力だ。サポート役としても優秀だし、一撃で敵を葬れる攻撃力を兼ね備えている。
彼女は【白魔術】と言うスキルを、俺は【守護者のアミュレット】と言う道具を手にしていた。
これらの二つはそれだけ重要であるのだろうが、理乃と違い俺はそれを使いこなせていない。
出来ないことを考えていても仕方が無いか。
適当に道を選びながら歩いていると、俺はこの〈深獄〉で何をするべきなのだろうか、と言う根本的な疑問がわいてきた。
それは前々から感じていたことだが、族長さんは死に間際に俺を英雄だと言い、そして〈深獄〉に行く必要があると言うことを言い残した。
それらの言葉の真意を知ることさえ出来れば話しは簡単なのだが、残念ながら彼はもう亡き人である。
先のように宝箱のある部屋に行き着くこともなく、見通しの効かない洞窟内を延々と進んでいく。
暫く歩くと広い空洞に出た。
「本当に大丈夫なのかな?」
「ん……?」
「本当に村を救う方法がここにあるのかなって思ってさ。千年樹のスプリガンとやらがどれだけ強いのかはわからないけど、デルマと一緒に村に戻って戦うって選択肢もあったわけだし」
「進むしかない……私はそう思う」
「う~ん……なんか前途多難って感じだな」
そんなことを話していると、岩場から魔物が飛び出してきた。ようやくのおでましである。
「早速難が降りかかってきたね。理乃、行くよ」
「うん……!」
魔物の名前は〈サラマンダー〉と言うらしかった。外見は炎を纏った巨大なトカゲである。
サラマンダーはこちらの様子を伺っているようで、中々接近してこない。使い勝手の良い中距離技が一つくらい欲しいな……。
そうは思うが、無いものねだりをしていてもしかたないので、サラマンダーに接近し剣を振るう。
急接近してきた俺に、サラマンダーはその口を大きく開くことで迎撃に姿勢を見せた。
噛み付きでもしてくるのかと身構えるが、サラマンダーにその場から動く様子は無い。
「っ!?」
サラマンダーの口から巨大な火の玉が吐き出されたので驚いた。
吸い込まれるように俺に向かってくる火の玉は、バスケットボールくらいの大きさがあり、見るからに熱そうである。
だが飛距離はそれほどないようで、俺が横に跳んでかわすとのろのろと減速しはじめる。
驚いたが、それほど対処に苦労はしなさそうだ。そんなことを思っていると――
――火の玉が爆発し、火の粉を周囲に撒き散らした。
俺はその爆風に飛ばされそうになるも、何とか踏ん張って耐える。火の粉を少し浴びてしまったが、【闇紅布のクロスアーマー】の耐火性脳のおかげで大したダメージを受けずにすんだ。
爆発が届く距離は火の玉を中心に半径二メートル程度と行ったところか、後ろで待機している理乃にはもちろん届かないだろうし、爆発する前に距離をとれば十分かわしきれる。
サラマンダー自体は動きが非常に鈍いようで、這うようにして俺か距離をとろうとしている。
俺は剣を片手に接近し、吐き出された火の玉をかわしてサラマンダーの身体を切り裂いた。
しかし、剣を振りぬいてから俺は自分がとんでも無いミスを犯してしまったことに気がつく。
だが時は既に遅く、サラマンダーは俺の一撃で絶命し、その身体は炎に燃やし尽くされ灰となった。
「くそ……不味いな……」
俺は手元の剣を見つめて呟く。
サラマンダーの肉体は相当高温な炎に包まれていたようで、それごと切り裂いた俺の剣の刃は一部分が溶け始めてしまっていた。
すぐに固まったが、これでは攻撃力が極端に低くなってしまう。
「どうしたの……?」
「武器をだめにしちゃったんだ。これでも戦えないことはないだろうけど、強敵が来るとちょっと不味いね……」
近づいてきた理乃に説明する。
全く……。急ぎのことだったとは言え、もう一本ぐらい剣を持ってきても良かったのに。
これだと刃引きされているのとそう変わらないので、魔物を切り裂いてダメージを与えることは難しいだろう。
打撃用の武器だと割り切って使っても良いが、それだと剣に負荷が掛かり過ぎて、すぐに折れてしまうはずだ。
「……じゃあ、私の出番……!」
「あはは、もしものときは頼むよ!」
張り切って言う理乃に、俺はそう言って笑いかける。
理乃もかなりレベルアップしているはずだし、接近戦もそれなりにはこなせるはずだ。
だが出来るところまでは俺が前線で行こう。良くも悪くも、前衛は敵と接近することになるので、その分危険が大きい。
流石に女の子に任せて後ろで待機していられるほど、俺はおろかじゃない。接近戦は理乃にも負担を掛けてしまうだろうしね。
やる気に燃やしている理乃を見ながら、本当に頼りがいのある女の子だなと俺は思い、そして剣をぎゅっと握った。
「じゃあ行こうか」
「うん……!!」
道は三つに分かれていたが、俺は一番右の道を選んで進む。出来ることなら、武器でも落ちていると良いんだけどな……なんてことを思いながら。




