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第十七話

 

 デルマは宝石の方を見て興奮しているが、俺としては宝箱の中身が難であるかの方が気になった。

 というのも、ノーム族の先祖は卓越した技術力を有しており、今では考えられないほどの能力を持った道具を数々発明していたのだと言う。それらにどんな能力があるかどうかはわからないが、折角異世界に来たのだから希少な道具を色々と集めてみたい。


 右端の宝箱に手を掛ける。俺の後ろには理乃がいて、彼女もわくわくしながら宝箱を見つめていた。

 デルマは宝石をなるべく多く持って帰るために、袋の口を目一杯に開けてそれを詰め込んでいる。だが宝石の山は全く減らず、それがおさまりきることが無いのは一目でわかった。


 宝箱は金属製だった。

 錠が掛けられているわけではなさそうで、少し力を込めると僅かに隙間が開いた。もしかすると何か罠があるかもしれないと気を張っていたのだが、その心配は無駄だったようで、特に何の問題も無く宝箱は完全に開かれた。


 だが、その中に入っていたものを見て俺は肩を落す。

 中に入っていたのはただの袋だった。紐が通されており、腰にくくりつけられるようになっているのだが、大きさは手の平より少し大きい程度で、大して丈夫そうにも見えないため、そんなに価値があるものだとは思えなかった。


「ただの袋だよね、これ」

「……期待はずれ?」


 理乃が首を傾げる。

 彼女の言うとおり期待はずれもいいところである。まあ折角なのでと袋を手にとる。

 中には何も入っていないらしく、袋はぺたんとしていた。


「何も入ってないな」

「っ!?……代一」

「ん、なに……えっ!?」


 袋の中に何か入っていないかとその中に手を入れて見た俺だが、空を掴む感触しかなく落胆してしまっていた。

 だが理乃が俺の手元を見て驚きの声を上げる。

 驚くべきことに、俺の腕は肩の近くまで袋の中におさまっていた。どう見ても袋は俺の腕が納まりきるほどには大きくない。

 これはどういうことだろう。


「……装備できたら何かわかるかも」

「そうだね。試してみようか」


 理乃の意見を早速実行してみる。

 袋を腰にあて、紐で縛る。

 しかし手が滑ってしまい上手く結べなかったので、代わりに理乃に結んでもらった。

 甲斐甲斐しく俺の腰元で紐を結ぶ理乃。そんな彼女を見てまるで夫婦のようではないかと思って俺は、一人赤面した。


「できた……!」

「うん、ありがとう」

「顔……赤いよ……?」

「そそ、そんなことないよ」

「……?」


 何てやり取りをした後で、ステータス画面を開く。


 荻野代一ogino yoiti

 レベル:21

 スキル:【達人剣術】―〈四連斬り〉〈大炎陣〉〈心眼〉〈大岩斬り〉〈叢雨突き〉

 武器 :【上質な鋼のロングソード+5】

 防具 :【闇紅布のクロスアーマー】

 装身具:【守護者のアミュレット】

    :【知識の指輪】

    :【神秘の道具袋】


 おお、ちゃんと装備品として認識されている。理乃の言ったとおりだった。

 残念だが、レベルが上がっていない。

 それではと説明を表示する。


 【神秘の道具袋】

  □無限に収納できる道具袋。ノーム族の知識を結集して作られた世界に一つの品。大きさ問わず、全てのものを収納できる。正し、生命を持ったものは収納不可。袋に手を入れて取り出したいものを念じれば、それを取り出すことが出来る。

  

 その説明に俺は心底驚いた。

 無限に収納できるってどんだけ凄いんだよ。つまりこの袋の中は四次元になっているってことじゃないか。それってどこの猫型ロボットですか。


「どうしたの……?」

「これ、かなり凄いものだったみたいだ。何でも、大きさに関係なく無限にものをしまうことが出来るんだってさ」

「……トラえもん」

「そうだね、トラえもんだ」


 何てやり取りをした後、二つ目の宝箱の前に立つ。

 デルマはまだ宝石と格闘している。この【神秘の道具袋】があればあの宝石の山も全て持ち運ぶことが出来るんだけど、それを教えるのは後でも良いだろう。宝箱はまだ二つ残っている。


 【神秘の道具袋】は正直使い勝手の良すぎる道具だ。いくらノームの先祖たちが優れていたからといって、これほどの道具がぽんぽん入っているとは思えない。

 まあそれでも、わくわくするのは確かだ。開くまで何が入っているか予想することが出来ないから、福袋を開くときのような感覚である。

 宝箱を開いた。


「……腕輪?」


 中に入っていたのは一見すると理乃の言葉通りのものだった。

 木製の腕輪で目立った装飾は施されていない。ただ木目が浮き出ていて、それ自体が芸術的な模様を生み出している。

 取り合えず装備してみれば効果がわかるだろう。ただ危険があるかもしれないので、ひとまず俺が装備して見る。


 ステータスには【魔力の腕輪】との表示が現れた。その効果は何と、装備者の魔力を回復させるとのものだった。

 魔力と言うのは減ると徐々に回復していく。この【魔力の腕輪】はその回復速度を飛躍的に高めてくれるらしかった。


 これは俺ではなく理乃がつけるべきだ。

 俺は理乃に腕輪の効果を説明してそれを手渡した。


 理乃は目を輝かせながらそれを装備し、そして俺の方を見た後、疲労回復呪文である〈ヒール〉を発動させた。

 俺の体から疲労が抜けていく。スライムのときのように理乃の呪文が必要になるときがあるだろうから、彼女に呪文を使わせるのは控えていたのだが、〈ヒール〉の効果はやはり凄い。これがあれば何時間でも剣を振るうことが出来るだろう。


 理乃は〈ヒール〉を発動させるとそれから数秒間目を閉じていた。そして口を開く。


「……〈ヒール〉一回分なら五秒くらいで回復するみたい」

「中々規格外な装備だね、これも」


 俺は理乃の腕に嵌められた腕輪を撫でながら言う。指先が理乃の肌に触れたとき、その感触が余りにも滑らかなので、腕輪のことは忘れ去り彼女の腕を撫でることに集中してしまったのだが、


「……えっち」


 そう理乃に言われて落ち込む。

 彼女は腕を自分の背中に回し隠してしまった。

 顔が赤くなっているし恥ずかしかったのだろう。女の子の肌に勝手に触れるなんて、俺は何て失礼なことをしていたのだろう。まあ起こられなくて良かった。今度からは気をつけよう。


 そして三個目の宝箱の前に移る。

 【神秘の道具袋】に【魔力の腕輪】は二つとも凄まじい能力を秘めた装備品だった。

 もしかするとこれがノームの発明品の標準なのかもしれない。そうだとすれば……。この中におさめられている品が何なのか、それにもつい期待してしまう。


「……待って」


 宝箱に伸ばされた俺の手を理乃が止める。


「理乃?」

「……今度は私が開けたい」


 なるほど。どうやら彼女も宝箱を開けるときのあのドキドキ感を味わってみたいらしい。

 前の二つは俺が開いたのだから、今度は彼女に任せよう。


「でも気をつけてね。もしかしたら罠があるかもしれないし……」

「……気をつける……!」


 理乃は宝箱に手を伸ばしそれを開く。

 それが開かれると同時に中から黒い霧が噴射された。それは理乃の身体に纏わりつき、彼女の全身を覆う。


「――理乃っ!!」


 咄嗟に霧の中から彼女を吸湿しようと手を伸ばす。

 が、俺の手が届く前に黒い霧はばらばらに散らばって掻き消える。中からは何事も無かったかのような表情をした理乃が現れた。彼女の身体は白い光を纏っていた。それが彼女を守ってくれたのかもしれない。


「理乃、大丈夫?」

「……うん。平気みたい」

「そうか、良かった。でも今のは一体……」

「……多分だけど、あれは呪いの一種だと思う。私の【白魔術】は邪悪な呪いを弾くから、私には効果がなかった……」


 理乃の話を聞いて安心する。それだと理乃は全くの無事であるはずだ。

 だが、あの霧が呪いの一種だとすると、もし開けたのが理乃ではなく俺だったら、俺はその呪いに侵されてしまっていたのか。

 そう考えると恐ろしい。助かったのだから良かったのだけど、何だか理乃を身代わりにしてみたいで心が晴れない。


「……代一を助けられて嬉しいよ、私は……」

「理乃……。ありがとう……!」


 彼女の言葉に俺の心は少しだけ楽になる。

 と言うか、デルマは何をしているのだろう。普段の彼なら今の騒ぎに駆けつけてくるはずだが。

 そう思って見てみると、宝石を服の中にまで詰め込んでいるデルマの姿がそこにはあった。

 まったく、理乃が危険な目に合っていたというのに彼は何をしているんだ。デルマは案外物欲が強いらしい。俺と理乃は若干冷ややかな目で彼を見つめた。


 さて、トラップは仕掛けられてものの、それは理乃によって無効化された。残るは宝箱の中身である。一体何が入っているというのか。

 宝箱の中身を覗く。


 中に入っているのはメガネだった。この世界にもメガネがあるのかと、俺は興味深くそれを見つめ、それを掴みあげる。

 いったいどんな効果だろう。


「……つけてみたい」

「理乃が?」


 理乃は美少女だ。完成された美を持っている。だからメガネを掛けてしまうと逆にその美しさが損なわれてしまうのではないか。

 俺はそんな風に思ったが、理乃に頼まれては断る気など沸いてこないので、言われるままに彼女にメガネを渡す。


「ありがとう……」


 いいながらメガネを掛ける理乃。髪を耳にかけるその仕草にやられそうになった俺だが、何とか耐える。


「……どう?」


 メガネを掛けた理乃の姿に、俺は思わず息を呑んだ。

 普段の理乃は美少女オーラ全開の美少女である。彼女が道を通るだけで、周囲の男どもの視線は彼女に釘付けになってしまうだろう。

 メガネを掛けた場合の理乃は、その溢れんばかりの美少女オーラは抑えられているのだが、その代わりに儚さや清楚さなどが一段階引き上げられ、まるで触れることさえ躊躇われるような、何か神聖なものを見ているかのような気持ちにさせられる。


 これが凄い。

 メガネを掛けるだけで人はこんなに変わるのか。

 

 俺は思いつく言葉を全て使って理乃を褒める。褒めて褒めて褒め抜いた。自分でも信じられないくらいの量の褒め言葉が飛び出してきたが、それが全て本心であるのだから人間とは凄まじい生き物である。


「……代一も」


 俺の褒め言葉に顔を赤くした理乃は、メガネを外してそれを俺に差し出してくる。

 俺に掛けろというのか。まあ、それもいいかもしれない。普段は地味な俺だが、メガネを掛けることによって何か変化が生じるかもしれないのだ。

 目指せ、脱地味男。


 ――俺は意を決してメガネをかける。


「ん……あんまり変わらない」


 理乃の言葉を受けて俺はがくっと頭を垂らす。

 メガネを掛けても地味なのは変わらないのか。

 生まれ持った顔付きをうらみながらも、そういえばこのメガネの効果は何なのかと思いそれを確認する。


 【透視眼鏡】

  □物を透かして見ることが出来る。

  

 その効果に、俺は静かに【透視眼鏡】を道具袋の中にしまい入れた。


「……? どんな効果だったの……?」


 と理乃が聞いてくる。

 どうやら彼女はこの眼鏡の効果、恐ろしさを知らないようである。


「い、いや別に……ただのメガネだったよ」

「…………。本当……?」


 じーっと見つめてくる理乃。


「うん、本当だよ」

「そう……じゃあ貸して」

「え……?」

「もう一度かけたい」


 それは不味い。

 理乃はきっとこのメガネの効果を疑問に思っていることだろう。もしもう一度メガネを渡せば、きっとこの能力は彼女に知られてしまう。

 ”透視”と言うのは男の憧れの一つである。まあ主に、思春期に差し掛かった男子はそんな妄想をよくするはずだ。大好きなあの子の身体、服を透かしてそれを見ることが出来たのなら……。

 もちろん、俺もそんな男子の一人である。


「ど、どうしても?」

「だめ……なの……?」


 俺が言うと理乃は瞳を潤ませる。


「……はい」

「ありがとう」


 結局俺は理乃には敵わないのだ。彼女にお願いされればどんなことでも「はいわかりました」で答えてしまう。理乃が良い子でよかった。本当に。だがその純粋さが今は俺の身を危険にさらしている。

 透視眼鏡の能力を知った理乃は、もしかしたら俺のことを軽蔑するかもしれない。それを隠し持っていようとした俺のことを。

 嫌われるかもしれない……。その思いに額から一筋汗が落ちる。


 メガネをかける理乃。

 そして彼女は少しの沈黙の後、それを俺に手渡した。


「……便利な能力……宝箱の中を見るときとか、使えそう……!」

「え?――あ、ああ! そうだよね!!」


 思っていた反応と違う。

 理乃はまさか、俺の意図に気づいていないのだろうか。もしそうだとすれば、俺はまさに九死に一生を得たことになる。

 いやよかった。どうなることかと思ったが、地獄から天国とはこのことだ。俺は思いながら、メガネを【神秘の道具袋】の中にしまう。


「……悪戯、しないでね……?」


 耳元で囁かれたその言葉に、俺は背筋が凍った。普段の理乃とは違う、聞くもの全てを凍らせてしまうかのような、冷え冷えとした声。そして俺の射抜く、一切の揺るぎさえない真直ぐな視線。


「……はい、わかりました」


 俺はそう答えるしか出来なかった。

 俺がこの眼鏡を男のロマンのために使える日は多分、二度とこないだろう。そのことを俺は、少しだけ、いやかなり残念に思うのだった。


 宝箱の中身を確認し終えた俺たちはデルマの元に向かう。彼は服の隙間にも宝石類を詰め込んでいて、体がパンパンに膨れ上がっている。


「……これ以上は無理だな、畜生……っ」


 悔しそうに宝石の山を睨む彼の前で、俺はそれらを次々と【神秘の道具袋】の中にしまいこんでいく。

 その光景を唖然として眺めるデルマ。俺はにやにやしながら宝石全てをしまい終えると、デルマに向かって微笑む。


「随分な大荷物だね」

「お前……ヨイチ……っ! そりゃ卑怯ってもんだぜ……っ」


 悔しそうにこちらを睨んでくるデルマ。

 俺が宝石を独占したものと思っているらしい。


「これは後で三人で別けるつもりだよ」

「っ!! ありがてぇ!!」


 俺が言うと、デルマは一瞬で表情を変えて、自分が持っていた宝石類も俺に預けてきた。

 そして俺たちは再び元の道を探すために歩き出す。魔物とは中々遭遇せず、俺と理乃は宝箱から手に入れた道具のことをデルマに説明しながら歩いた。

 それらの能力を聞いたときのデルマは、目を見開いて驚いていた。やはり強力な品ばかりであるようだ。


 俺の勘を頼りに道を進むと、見覚えのある盾を発見した。

 俺が置いておいた【黒鉄のカイトシールド】である。俺はそれを道具袋の中に入れると、そこからはデルマの先導にしたがって歩いた。

 そして数十分後。何体かの魔物を退けながら、俺たちはやっと〈深獄〉の中間地点に辿り付いたのだった。


 


  

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