第十五話
デルマの斧がスライムの身体を叩ききる。が、刃の通った部分は一瞬二つに分かれたものの、すぐに元通りにふさがってしまう。
これだけ巨大だと、どこを攻撃すればいいかも迷うもので、同じところばかり攻撃していると、壁のように迫ってくるスライムに足を取られてしまうことになる。
俺は〈二連斬り〉を発動させる。一つ目の斬撃がスライムに切れ込みを入れる。すかさず放たれた二つの目の斬撃により、巨大スライムの一部分をそぎ落とすことに成功した。
地面にぼとりと落ちるスライムの一部。だが信じられないことに、それはまた別の小さなスライムとして動きだした。
元々は小さなスライムだったのだから考えられないことではなかったが、全く戦いにくい相手である。
理乃の方を見ると、彼女は真剣に意識を集中させていた。まだ距離はあるので、このまま行けば彼女の新たな呪文が発動するまでの時間を稼ぐことは出来るだろう。
その瞬間まで、絶対にスライムを彼女の元に到達させてはならない。
俺は剣を頭上高く掲げ、そして〈大岩斬り〉を放つ。
この技は発動させてから放つまでのモーション、つまり溜めの時間が長いので、普通の戦いでは正直つかいにくい。
だが動きの鈍い巨大スライムなら話しは別で、〈大岩斬り〉の最大の利点である岩をも切り裂く破壊力を如何なく発揮させることが出来る。
「くらえ……っ!!」
思い切り振り下ろされた剣は、鋭い軌道でスライムを切り裂いた。だがそれだけではない。剣身から発せられた刃の延長、切れ味を持った衝撃波のようなものが、スライムの身体をさらに奥のところまで抉る。
これが〈大岩斬り〉の特徴で、斬撃を衝撃波として飛ばすことが出来るのである。
この攻撃には巨大スライムもかなり堪えたようで、その動きがさらに鈍くなったのがわかった。
「やるなヨイチっ!」
デルマが俺に言うが、それに返答できないほどに俺は疲労していた。正直、これほどまでとは思わなかった。〈大岩斬り〉を放つことで俺の体力が大幅に削られることはわかっていたが、事前練習ではこれほどまでに疲弊することはなかった。
練習と実戦は違う。命を掛けた戦いの最中に放たれる技は、それこそ通常以上に使用者の体力を奪う。
理乃からの回復は期待できない。彼女は新呪文を発動させることに全集中力を裂いており、〈ヒール〉の呪文で疲労を回復させてもらうことは不可能だった。
スライムの動きも鈍くなったが、同時に俺の動きも悪くなる。それでも何とか剣を振るい、出来るだけスライムの進行を妨げようとあがく。
その時、巨大スライムに変化が生じた。
その巨体を震わせて、巨大スライムは一瞬動きを止める。束の間の沈黙。だが、それはすぐに破られることになる。
巨大スライムの身体から、これまた巨大な触手が出現する。その数は十本を超えている。
「……これはどうも、戦い甲斐のある相手だね……!」
触手の一本が俺に向かって伸ばされる。その速度は〈グリルス〉ほどではないものの、今の俺だと連続でかわすのは少し厳しいくらいの速さだ。
横に跳んで触手をかわす。俺の立っていた地面に触手がふかぶかと突き刺さった。地面は柔らかい土ではなく、岩のように硬い。それを易々と砕くのだから、あの触手の破壊力は相当なものなのだろう。
〈大岩斬り〉を使ったのは間違いだったかもしれない。あそこで大技を使えばそれだけスライムの進行を遅らせられるだろうと言う考えだったのだが、スライムには触手と言う奥の手が残されていて、俺はいまそれに翻弄されている。
レベルアップしたといっても、元々の俺はただの高校生である。理乃を死んでも守るという覚悟こそ一人前だが、それ以外の技術、特に戦況を見極める力はほとんど素人のそれに近い。
「くそ、この野郎……!!」
デルマもかなり苦戦しているようで、彼の援護は期待できそうになかった。
このまま触手を避けることだけに集中すれば、何とか理乃の呪文発動まで持たせられるかもしれない。
そう思ったのも束の間、スライムは俺の予想を超える行動に出た。
触手の何本かを地面に突き刺し、その力で巨体を前へと引っ張り出したのである。推進力を得た巨大スライムは、先ほどまでとは比べものにならないほどの速さで俺たちに接近してくる。
残った触手も常に俺たちを狙っており、迫り来る巨体と触手の二つを意識して戦わなければならなくなった。理乃との距離も大分近づいてきている。このままだと不味い……。
二本の触手が俺に襲い掛かる。一本目は何とかかわせたが、二本目の触手をかわしきることは敵わず、攻撃が掠ってしまった。それだけで俺の身体は吹き飛ばされる。小さい身体を生かして触手の攻撃をかいくぐっているデルマと違い、俺はいい的だったことだろう。
盾で攻撃を受け止めるものの、衝撃を殺しきることはできなかった。盾は俺の手から離れ、遠くの地面まで転がっていった。
弾き飛ばされた俺は、地面を数度転がる。【闇紅布のクロスアーマー】は耐火性だけでなく防御力にも優れていたので、大したダメージを食らうことはなかったが、それでも今の俺にとって事態は深刻だ。
八方ふさがりの状況に、俺はなすすべをなくした。触手をかわすことも辛くなってきて、どんどん後ろへと追い込まれていく。
このままじゃ、理乃の呪文が発動する前に全員やられてしまう。
「どうすればいい……!?」
考える。
何かこの状況を挽回する策はないのかと。
考える。
が、巡る思考は俺の動きをさらに鈍らせるだけだった。
気づいたときには、視界を埋め尽くすほどの触手が俺に向かって伸ばされていた。
なすすべなく、俺はその攻撃を受けようとしていた。しかし、俺の背後で、俺のことを信じてくれている少女の存在を思い出し、俺は奮い立つ。
諦めるわけには行かない。
「諦めて……っ! たまるか……っ!!」
決死の覚悟で〈叢雨突き〉を発動させる。限界だった俺の肉体は、それを通り越して目にも留まらぬ激しい突きを繰り出す。
〈大岩斬り〉と同じく、突きが放たれるたびにそれが衝撃となり飛ばされているのがわかった。
触手はあっという間にばらばらになり、地面に落ちた。何とか迫り来る”死”を退けることは出来たが、俺の体力は既にそこをつき、今までのように触手を避けることさえ不可能な状態に陥っていた。
巨大スライムは大した痛手も受けていないようで、別の触手を俺に向けて放ってくる。
理乃の呪文はまだ発動しない。
「なん、だ……?」
だが俺は、自分に向かって伸ばされる触手を、信じられないものを見るような目で見ていた。
まるで止まっているかのようなスピードで触手は俺へと向かってくる。触手が遅くなったのではない。俺の集中力が触手のスピードを圧倒している……。
あくびが出るほどの時間を要して俺の元まで到達した触手。俺は手首を軽く捻る動きだけで剣を操り、それを切り裂いた。
今までとは明らかに違う点がもう一つあった。
それは、剣と言う武器に対する俺の考え方である。今まで俺は、この件と言うものをどこか信頼できずにいた。それは、俺の時代では銃火器が一般的であり、剣などは使用されていなかったからである。
だが今の俺は、この剣と言う武器に全幅の信頼を置いている。それ一本さえあれば、どんな敵でも切り伏せ、どんな状況でも切り抜けられるような、そんな感覚を味わっている。
――迫り来る触手をもう二本切り裂いたところで、ようやく”その時”が訪れた。
「二人とも下がって……っ!!」
俺の隣を理乃が駆けていく。彼女の両手には何か莫大なエネルギーが宿っているのが感じられた。
デルマが俺の元まで交代してきて、俺の身体を抱えて後ろに下がる。
「派手にぶちかませっ!!」
デルマが叫ぶ。
スライムの元まで辿り付いた理乃は両手を地面についた。彼女を中心にして白い光がスライムもろとも辺りを飲み込む。
「これで終わり……!!」
理乃の声が聞こえる。
「――〈ホワイト・エンド〉ッッ!!!」
途端、白い炎が巨大スライムを飲み込んだ。炎は渦となり火の粉を散らす。スライムの身体は再生することなく、炎によって消滅させられていった。
やがて光がおさまり、炎も消えていく。
「理乃……理乃……っ」
薄れていく光の中に、俺は理乃の姿を探した。スライムが死んだかどうかより、彼女の安否が心配だった。
不意に体が軽くなった。疲れが嘘のように消え、今まで以上の活力が体全身を巡っているのが感覚でわかる。
これは、レベルアップの感覚である。
立ち上がり、俺は駆け出す。
最後まで残っていた靄のような白い光が、小さな粉のように分散し、そして消えていく。
それは冬の日に見る雪のようで、とても幻想的だった。
暗闇を背景に、少女が立っている。
「――理乃!!」
「代一……っ!!」
駆け寄ってくる理乃を俺は優しく抱きしめる。
「良かった、良かった……」
「代一……私、やったよっ……代一のこと、守れた……!」
「ああ、ありがとう……理乃」
満面の笑みを浮かべる理乃の頬を優しく撫でる。
巨大スライムに勝てたのは間違いなく彼女のおかげである。俺は彼女と守ることを誓ったが、彼女は俺に守られるだけではなく、同時に俺のことを守ってくれる存在でもあったのだと言うことが今はっきりとした。
「代一……泣かないで……!」
理乃が無事だった安堵からか、俺の瞳からは涙がこぼれだしていた。
「理乃こそ、泣いてるよ」
「嘘……泣いてないもん……!」
「泣いてるでしょ、ほら」
彼女の頬を流れる涙を指で救う。潤んだ理乃の瞳はまるで宝石のような美しさを秘めていて、俺は思わずどきりとした。
理乃の唇に視線が吸い寄せられる。
そっと、理乃が瞼を閉じた。
俺は感情のままに、彼女に顔を近づけ――
「……お前ら」
デルマの声に、急に現実に引き戻される。彼は怒りに肩を震わせていた。そして俺たちにこう叫ぶ。
「いちゃつくのも大概ににしやがれってんだ!! ここは〈深獄〉だぞ! 気を抜けば簡単に死ぬ運命だ! なのにお前らと来たらいちゃいちゃいちゃいちゃ……!! いい加減場をわきまえやがれ――っ!!!」
俺と理乃はきょとんとして顔を見合わせる。そしてどちらともなく笑い出す。名残惜しいが、俺は理乃の身体を離した。
そして二人でデルマの元に行く。
もし俺と理乃が二人きりだったから、ここが魔物の巣窟であることも忘れて彼女を愛でていた事だろう。
そういう意味では、この三人のパーティは非常にバランスがいいのかもしれないな、なんてこと、俺は思ったのだった。
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