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第十一話


 族長の弔いはひっそりと行われた。

 ノーム族では土葬が主流であるようで、その根幹にはノームと言う種族特有の考え方があるらしかった。


「俺たちの祖先は土から生まれたのさ。だから、寿命を終えるとこうして土に帰るんだ」


 デルマは族長の亡骸を土に埋めるとき、寂しげな笑みを浮かべながらそう語った。

 岩を削って作られた墓石は精巧な剣を形作っており、切っ先を下にして地面に深々と突き立てられている。族長の亡骸のおさめられたその場所を、何よりも尊い場所であるように見せる立派な墓石であると俺は思った。


 族長の埋葬が終わった後、ノームたち全員が集まって食事を開始した。大人たちは酒を飲み、料理を手当たり次第に喰らう。

 埋葬が終わった後は大いに飲んで大いに笑う、と言うのがノームたちの風習であるらしい。

 族長の死を乗り越えようとするように、大人たちは馬鹿騒ぎをし、子供たちは元気な声で歌を歌っていた。


 俺と理乃だけがその場に取り残されたように、沈黙を貫いていた。

 正直に言うと、さきほどまで暗く沈んでいた雰囲気だったのに、いきなり大騒ぎの宴会が始まって、その変化についていけなかったのだ。

 だがデルマは、他のノームたちとは少し様子が違っていた。レオリアさんを隣に座らせて、彼も酒を飲んでいるのだが、ときおり俺の方を向いて深刻そうな顔で何かを考え込む素振りを見せるのだ。


 族長の言葉の意味を、俺はまだ考えている。

 〈深獄〉と言う場所については、デルマから既に説明されていた。


 ノームの地下空間は、その先祖たちによって作られた世界であるのだと言う。

 巨大な空洞がいくつも存在し、複雑な横穴が至るところに伸びている。横だけでなく、下にも穴は続いており、その複雑さゆえにノームであってもその全貌を把握していない。

 つまり、ノームの管理の及ばない空洞やトンネルがいくつも存在しているのだ。

 そして、その中のいくつかには魔物が住み着いてしまっている。魔物の生息している一体が〈深獄〉と呼ばれているというわけである。


 立ち入るだけでも命を危険に晒すことになる〈深獄〉だが、そこに立ち入り命を落すノームの数は決して少なくないのだと言う。

 その理由が、〈深獄〉に眠っている先祖たちの秘宝の数々である。


 ノームの先祖は今よりも高度な技術を持っており、それを駆使して数々の武器、道具などを発明していた。

 地下世界の奥深くにそれらは隠されたが、時が過ぎてノームの技術力は低下し、地下世界を自由に移動することも出来なくなった。

 今や宝とされている、地下深くに眠るそれらだけが、ノームの先祖の技術力を証明する唯一のものだとされている。

 その価値は莫大で、それゆえに宝を手にしようと数々のノームが〈深獄〉に挑み、そして散っていった。


 何と、デルマは一度〈深獄〉に入ったことがあるのだという。そのころの彼は若く、自分の力を過信していた。

 帰り道もわからなくなり、魔物によってつけられた傷により動くことさえ出来なくなった彼は、もう自分は死ぬのだと思い始めていたらしい。

 だが、唯一〈深獄〉の上層部分の地形を把握している族長が彼の救出に駆けつけてくれて、最悪の事態に陥ることはなかったのだと言う。


 族長の言葉を思い出す。

 彼は俺に〈深獄〉へ行くよう言い残して死んでいった。しかし、そこで何をするのかは全く不明だ。

 ノームを救う、と言う言葉の意味もわからない。


「ねぇ……」


 理乃が俺の頬を撫でた。

 彼女の指先はひんやりとしていた。


「……このまま逃げちゃう?」

「え……?」

「代一が危険な目にあう必要なんて無いよ……? だから、ここから逃げよう……」


 俺はどんな顔をして彼女の言葉を聴いていたのだろう。

 確かに、俺がノームたちのために危険を犯す必要なんて全く無い。逃げる。それもいいのかもしれない。

 けれど……。


「それもいいかもな」


 それは俺の言葉ではなかった。

 俺と理乃はノームたちが騒いでいる場所から少し離れた、大きな岩場の影だった。

 現れたのはデルマである。彼は小さな体でぴょんと岩場の上からジャンプし、俺たちの前にその姿を晒した。


「デルマ……」

「リノの言うとおり、お前に強要することはできねぇよ。ましてやそれが、命を落すかもしれないって危険なことならな」


 だけど、と彼は続ける。


「逃げるかどうかを決断するのは、今からする話を聞いてからにしてくれないか? それからでも遅くはないだろうぜ。宴は朝まで続くだろうからな」


 理乃がデルマを睨んでいる。彼が俺を言いくるめようとしていると考えているのだろうか。普通に考えれば、この状況で本当に信じられるのは理乃だけである。彼女と俺は人間で、それ以外は異種族であるのだから。

 理乃が信じられないと言うわけではない。彼女のことは心の底から信頼している。

 けれど、俺はそれ以外を切り捨てることは出来なかった。デルマだって、信頼に足る人物だと思い始めていたのだ。


「……聞くよ」


 俺が呟くと、理乃がしゅんとして目を伏せた。

 俺はそんな彼女の手を握る。俺自信の不安を和らげたいと言う思いもあったし、決して君のことを蔑ろにしたわけじゃないんだ、と言う気持ちを込めての行動だった。


「ありがとう。お前が理解のある人間で助かったよ」


 その言い方に何か含みを感じたが、デルマはそこには触れず、さらに話を進めていく。


「親父は一月ほど前から自分の死を悟っていた。そして、自らの死期が近いと理解した親父は、俺にあるものを託した。それが〈深獄〉への道順とその中間地点までの完璧なルートだ。最初俺は、どうして親父が俺にそんなことを教えるのかわからなかった。親父が言うには、その知識が必要になるときが迫っているとのことだった」


 一息入れ、さらに続ける。


「俺たちの村だけでなく、ノーム族全体を揺るがす悪が迫っていると親父は行っていた。そしてそれを打ち破るだけの力を持った英雄も、いずれこの村を訪れる、と。

 前者はおそらく、千年樹のスプリガンのことだろうと俺は思っている。スプリガンが森から出られる以上、この村は決して安全な場所とはいえなくなった。そして後者だが、英雄とはずばりお前のことだよ、ヨイチ。親父は最後の最後でそれを確信していた」


 デルマの言葉に俺の頭の中で複雑な思いがぐるぐると回る。俺はそんな大それた人間ではないし、ましてや英雄なんかでは決してない。だが族長さんは、俺のことを英雄だと確信していたと言う。一体俺に何があるのか。俺は〈深獄〉で何をすべきなのか……。


「何で……代一なの……?」


 理乃が震える声で言う。彼女の一声一声に、俺の心は何か強い感情に震える。


「どうして……? 何で代一がそんな危ないことをしなくちゃならないのよ……英雄なんて、誰か別の人がなればいい……! 私は……代一がいなくちゃ……っ」


 ――生きていけない――


 理乃の言葉を聴いて、俺の心臓が一際強く脈打った。その時、ある考えが閃いた。

 もしかしたら……。と言う思いが俺の頭の中を侵食していく。


「……そう、いうことか……」

「代一……?」


 呟いた俺に、理乃が反応する。デルマはじっと腕を組み、俺の言葉を待っている。


「どうして俺がこの世界にやってきたのか……。その理由がもし、ノームたちに迫った危機を取り払うためなのだとしたら……たぶん、辻褄が合う」


 注目すべきは、俺が一人でなかったという点である。俺と一緒にこの世界にやってきた少女、理乃。俺は彼女を守ろうと決意したが、それさえも”そう想定されていた”ことだとすれば。


「……俺一人だけなら、逃げることも出来たろうね……だけど、俺には理乃がいる。絶対に、死んでも守りたい人が」

 

 理乃の体がびくりと震える。俺は彼女の身体を優しく抱きしめる。そして耳元で言う。


「もしこの世界を空の上から見てる神様がいるなら……。そいつはきっと、俺が逃げないために、理乃を俺と一緒にこの世界へと送ったんだ」


 理乃がいる限り、俺は彼女を守るため、どれだけ凶悪なモンスターが敵であっても、それに立ち向かうことになる。

 死の運命に見舞われたとしても、必死でそれを乗り越えようとする。理乃の存在が、結果的に俺を強くするのだ。


「代一……だめだよ……」


 理乃が力なく俺の背中に腕を回し、泣きそうな声で言う。

 それまで俺たちの様子を傍観していたデルマが、低い声を響かせてこう問いかけてきた。


「で、どうするんだヨイチ。お前は逃げるか? それとも、俺たちノームを救うために立ち上がってくれるのか」


 俺は鋭い視線をデルマに向ける。


「俺はノームを助ける気なんてさらさらないよ」

「……じゃあ、お前は逃げるのか」

「いいや、逃げもしない。デルマ、俺は戦うよ。ノームのためじゃなく、自分と理乃のために。困難の一つや二つ乗り越えられなくちゃ、俺はこの子を守れないし、この子とずっと一緒にいられないからね」


 小さく微笑んだ俺に、驚きに目を見開くデルマ。


「結果的に、それがノームを救うことになるかもしれないけど、そんなのは知らない。全然興味ないよ」

「く、くく……おいなんだそりゃ」


 必死に笑いを押し殺そうとするデルマを後目に、俺は腕の中で震えている理乃に告げる。


「――好きだよ理乃。だから俺に、君を守らせて欲しいんだ」


 それが彼女にとって酷な言葉であると言うことは、重々承知の上での決断だった。

 それでも、もし彼女が頷いてくれたなら、俺はきっと誰にも負けない。

 そう思えるからこそ、理乃が好きだと心の底からそういえるんだし、決断に生じる迷いだって消し去れた。


 数秒の沈黙。

 そして顔を上げた理乃は、確かな決意を秘めた目で俺を見つめ、そして口を開く……。

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