第十話
「あの、何か用ですか?」
無言で俺たち睨むノーム族の男に聞く。
男は答えず、ずかずかと大またで歩き近づいてくる。
俺は理乃を守るように立ち、男と向かい合う。
「……お前ら」
酷くしゃがれた声で男が言う。
「その手に持ってるのは俺の武器だな……?」
「え、これ……ですか?」
俺が【土斑族のクレイモア】を差し出すと、男はそれを奪うようにしてとった。
そして今度は理乃に睨みをきかせる。
「……ごめんなさい」
そう言いながら、理乃も武器を差し出した。
「あの、すいません。勝手に使ったりして。でも緊急事態だったから」
「ふん……」
男はもう用は済んだとばかりに踵を返しその場から立ち去った。
俺は理乃と視線を交わし、そして互いに首を傾げる。ノーム族の男たちは、デルマもそうだが皆朗らかで気の良い人であるような印象だった。しかし先ほどの男はそれとは丸っきり逆の性格をしているようである。
「……そういう人もいる」
「まあ、そういうことかな」
そう納得することにして、俺たちは歩き出す。
ノームの地下空間は巨大な空洞と無数の洞窟で形成されているようだった。
恐らく、ノームたちの住処となる空洞が領土内の地下にいくつも存在していて、それを繋ぐように洞窟が存在しているのだろう。
面白いのは、全くの暗闇であるはずの地下世界に、光が満ちていると言うこと。
光を発しているのは地面そのものだった。土を手に取りそれを観察する。細かな粒子一粒一粒が発光している。
「不思議だな……」
一体どういう原理で光っているのだろう。
理乃も不思議そうに光を眺めている。
先へと進む途中、何件かの石造りの建物の横を通り過ぎた。それらの建物の中にはノームたちが住んでいるのだろう。だが今はその姿は無い。ノームの女たちは多分、一箇所に集まって男たちの帰りを待っているのだろう。そして今頃、無事スプリガンを退けたことを祝福しあっているに違いない。
ノームたちは非常に気さくな種族で、よく通る声ではっきりと喋る。だから、きっとこの地下世界も、普段は活気に溢れているのだろう。
「あれ、見て……」
理乃が言う。
「うわ、凄いな」
と、俺は感嘆の息を漏らした。
空洞内の壁に巨大な横穴がある。光る土により視界は確保されているものの、おくまで見通すことはできないほどに大きい。
もしかすると、これは別の空洞に繋がるトンネルなのかもしれない。ノームの領土内にあるのがデルマたちの村だけだということはありえないだろうし、となると他にも集落が存在しているはず。
これだけ巨大な空洞が何個も存在していると考えると、俺はこの世界の壮大さ、その一面を垣間見たような気分になった。
「……素敵な場所」
「ああ。地上にはない雰囲気があるね。何と言うか、神秘的だよ」
前方に巨大な建造物が見えてくる。
見上げてしまうほどに巨大なその建物は巨大な大岩をくりぬいて作られたものらしかった。
建物らしい継ぎ目が全く見えないからである。
建物の中からノームたちが姿を現す。
喧騒がここまで届いてきて、静かだった地下空間が一気ににぎやかになる。
あそこに族長と言う人もいるのだろうか。そろそろ挨拶に行ったほうがいいかもしれない。
さて、ノームの女性は一体どんな顔をしているのか。
俺は正直とても楽しみである。
もし可愛かったら、頭とか撫でさせてもらおうかな。
「代一……?」
何故だろう。
いつもと変わらぬ理乃の平淡な声に、言いようの無い恐怖を感じる。
「な、なんでもないよ……」
「……ふん」
理乃は「口にしなくてもわかるんだからねっ」と、ぷいっと視線を逸らせることで俺にそう告げてきた。
彼女は他人の心を敏感に感じ取ることが出来るらしい。理乃の近くでは変なことは考えられないな、と俺は深く反省した。
ノームの集団に近づいていく。
見覚えのあるおっさん顔の中に、別の顔立ちが見えてくる。
「あれが……」
ノームの女性たちと対面する。
何だか期待はずれだった。と言うのも、男の方はそろいも揃ってむさい顔立ちをしているのだが、女性の方は人間と同じように、若く見える人もいればふけて見える人もいる。残念ながら、人形のように可愛い美少女を拝むことはできないようだ。
顔だけでは言えば理乃も人形にように整った可愛らしい顔をしている。けれど、彼女の身長は俺の首くらいまであるので、人形と言うよりは女神と言った方がしっくりくる。
いや、本物の女神なんて見たことはないんだけど。
「おいヨイチ! こっちだ!」
デルマが人ごみの奥のほうで、こちらに手を振っている。
彼の隣に立つノーム族の女性を見て、俺は驚愕した。
まさに美女である。体が小さいため、人間的美的感覚で見ると何だかアンバランスだが、顔だけ見れば凄まじい美女だ。
デルマめ、あんな綺麗どころを落していたなんて。ちっさいおっさんだと侮っていた。きっと、ノームの中ではデルマは結構男前なのだろう。俺は人間の中だと地味だ。ノームと比べても地味だ。悔しい。
デルマのところまで歩く。途中でノームの子供だと思われる、さらに背の小さい少年少女が現れて、俺と理乃はすっかり囲まれてしまった。多分、人間を見るのが珍しいのだろう。理乃の方を見てはきゃっきゃと笑い声を上げ、暫くして俺のことに気がつきあ……。と声を漏らす。
おい、俺は影も薄いのか。俺だって人間だぞ。大きいんだぞ。子供相手にそんなことを言っても空しいだけだから、ぐっと堪えて我慢する。
ノームたちに会えたことは嬉しいが、そのせいで俺が地味だと言う事実が発覚したのは何だかやるせない。
この世界で色んな人に会うたびに、俺は地味だと言い続けられるのだろうか。
理乃が俺の手をぎゅっと握ってくる。はっとして彼女の方を見ると、まるでわが子に向けるような優しい目をした彼女と視線が合わさった。大丈夫、私は貴方のいいところをちゃんと知ってるよ。見たいな事を視線に乗せて送ってくる彼女に、俺は情けなくも目を潤ませそうになってしまった。
子供たちからやっと解放され、俺たちはデルマの元にたどり着く。
嫁さんと思われる女性と二人並んでいる彼は、何だかいつもより凛々しく見えた。
これが夫の風格と言うやつか。
「紹介する、こいつは俺の嫁のレオリナだ。レオリナ、この地味な人間がヨイチ、別嬪な方がリノだ。スプリガンを退けるのに成功したのはこいつらのおかげでもあるんだ」
何だか話し方もいつもと違う気がする。いつもはもっと、何とかだぜ! みたいなはっちゃけた話し方をしていたはずだ。
「まあ!」
とレオリナさんが俺と理乃を尊敬の眼差しで見る。美人で見つめられて嫌な気はしない。だけど理乃、手の皮をつねるのは止めてくれ。地味に痛いです。
「お二人はお強いのですね。凄いわ」
「いやいや、俺なんて」
「ご謙遜なさらないで。この人ったら、貴方のことをすごく褒めてたのよ。あいつは見所のある男だってね」
へぇ、デルマがそんなことを言っていたのか。
俺がちらりと彼の方を見ると、気まずそうに視線を逸らされた。照れなくてもいいのに。
「……理乃さん、素敵な男性と出会えて良かったですね」
「っ……はい」
俺がデルマに視線を送り続けていると、レオリナさんと理乃が小声で何かを話していた。
理乃の顔が若干赤くなっている。一体何を話したのだろうか。
「お父さん」
突然声が聞こえてきて、建物から飛び出してきた陰がデルマに飛びついた。
ノームの少女だ。まだ中に残っていたのか。そんなことを思っていた俺だが、その少女の顔を見て全身に電流が走ったような感覚に陥った。
まさに、そう……。俺の求めていた可愛らしさがそこにはあった。小さな体、整った顔、しかしところどころには子供らしさも残っている。
本当にお人形のようである。見ていて心が温かくなる。ああ、今の俺は満ち足りている。
……いや、待て……。あの少女はなんと言ってデルマに飛びついた……? まさか、まさかだが、お父さん……なんて言ってなかったか?
いや、そんなはずはない。きっと豆腐屋さんの聞き間違いだろう。
「……どう見ても親子」
俺の心を読んだかのように理乃が言う。
俺だってわかっていたさ。だけど、認めたくないものだってあるんだ。まさか美人な嫁さんがいるだけでなく、可愛い娘までいるなんて。デルマは間違いなく勝ち組だ。人生幸せ組みだ。男として彼には乾杯である。
「くそ……っ」
「……?」
思わず悪態をつく俺。
そんな態度を見て、理乃が不思議そうに首を傾げる。
ああ、理乃は誰かを妬んだりすることなんてないんだろうな。彼女はきっと純粋で清い心を持っているから。
そう、俺とは違って……。
「代一、大丈夫?」
「……ごめん、理乃。俺が間違っていたよ。まだ俺の人生は始まったばかりじゃないか。顔が地味だからって、幸せになれないと決まったわけじゃない……!」
「頭、大丈夫?」
辛辣な理乃の言葉に思わず頭を垂れる。
何だかここ最近、急激に俺の素が現れ始めてる気がする。このままじゃ理乃に見放されかねない。
気をつけよう、本当に。
「……デルマ、仲の良い家族風景はもう十分だから」
娘である少女を抱き上げて楽しそうにしているデルマと、満面の笑みの娘、そしてそんな二人を微笑ましげに見つめるレオリナさん。
もう本当におなか一杯だ。
「何て顔してやがるんだヨイチ……」
娘をレオリナさんに預けたデルマが俺に近づいてきて言う。
「これからお前を族長に紹介する。だからほら、もっとしゃきっとしやがれ」
「……ああ。わかってる」
「リノは、大丈夫だな。ヨイチをしっかり見張っててくれよ。今のこいつはとんでもない失態をおかしそうだ」
「うん……任せて」
「よし、じゃあ行くぞ」
デルマが踵を返し、巨大な建物の入り口へ向かおうとする。
そのときだった。
「その必要は無い」
建物の奥から声が響いてきた。
辺りがしんと静まり返る。ノームの子供たちでさえ、騒ぐのを止めて声の方に注目している。
かつ、かつと足音が響く。暗闇をバックに建物の中から現れたのは、人目見てわかるほどに高齢の、老いたノームだった。
太い髭は色素が抜けて白くなっており、瞼はほとんど閉じられていて、わずかな隙間から白い目がのぞいている。
「族長様……!」
ノームの男数人が声を漏らす。
なるほど、あの人が族長様なのか。改めて見ると、非常に厳格な雰囲気を纏っているのがわかった。
彼の前では一言発すだけでも一苦労だろう。俺などでは、萎縮して全く喋れないかもしれない。
族長は一度立ち止まると、段差になっている部分をゆっくりと跨ごうとした。が、途中でバランスを崩し倒れそうになる。
「親父……っ!」
そう叫んだデルマが間一髪のところで族長を支える。
「くそ……、無理しやがって。何で出てきやがった! 動ける身体じゃねえだろうが……!」
デルマは族長の息子だったのか。
それにしても、族長はかなり疲弊した状態であるらしい。転びかけたときも、段差に躓いたと言うよりは、足を上げることが出来なかった、と言うような感じだったし。
「こちらへ……来るのだ……っ」
族長は掠れた声で言う。彼の視線は俺たちの方に向けられていた。いや、性格には俺だけを彼の視線は射抜いていた。
デルマの方を見ると、彼は小さく頷いた。
俺は理乃を伴って族長のもとへ歩く。周囲の視線が俺たちに突き刺さり、一歩歩くそれだけの行為に重大な責任が伴っているような気がする。額から汗が一筋流れ落ちる。
「おお……間違いない……」
俺が寄ってきたのを確認した族長は、すがるように俺の腕を掴み、そして何かを確信したように言った。
間違いない? 何のことだ。
その疑問を口にすることは出来なかった。族長の表情はいかにも苦しそうで、だがそれを覆すほどの決意が感じられる。
「お主に……〈深獄〉への立ち入りを許可する……行くのだ、そして、我らノームを……救って、くれ……」
族長はそう言うと、全てを成し遂げたかのように満足気な表情を浮かべ、そして動かなくなった。
俺は呆然と、信じられないものを見る思いで族長の死を眺めていた。この場で一体何が起きているのか、それを理解することさえできなかった。
族長は初対面である俺に何を託した……? 一体どんな願いを、俺はたくされたのだろう……。
がん、と乾いた音は響く。
族長の亡骸を抱えるデルマが、地面を思い切り殴りつけていた。
「くそ……っ。本当に死んじまうなんて……!!」
さらに二度、彼は拳を地面にたたきつけた。
肉親の死。それはどれだけの悲しみをもたらすものなのだろう。脳の奥がずきりと痛んだ。その痛みの原因はわからない。
にぎやかだったノームたちも、今だけは誰一人言葉を発していなかった。
辺りには痛いほどの沈黙だけが存在している。
涙を一筋流したデルマが、静かに黙祷を始めた。
それに続いて、一人、また一人と天に召された族長を慈しみ、祈りを捧げる。
俺と理乃もそれにならい、静かに目を閉じた。
沈黙は暫くの間続いた。




