第7話 雑魚寝の夜
「アルミラージの毛皮、状態も良いですね。ネピスの葉も規定量ちゃんと育ったものを採取ですね。虫食いなんかもなし。合わせて――」
ギルドの受付で、職員が手早く査定を進めていく。ロッテという若い女性職員で、かつては王都の冒険者ギルドで仕事をしていた。わけあって、現在はフェルンハイムに赴任しているらしい。
優花が調べた情報ではそうなっていた。
馨はその声を聞きながら、隣に立つ優花と顔を見合わせた。今日一日の成果としては、上出来と言っていい額だった。
その時、入り口の扉が乱暴に開いた。
佐藤大翔だった。
いつもの余裕ぶった態度は、そこにはなかった。青ざめた顔、乱れた髪。続いて、陽菜をはじめとした女子たちが、ぞろぞろと入ってくる。誰もが一様に、俯いたまま口を開かなかった。
(何かあったのか……)
馨の胸に、嫌な予感が走った。だが、その予感を確かめようと視線を向けた瞬間、脳裏に蘇ったのは、大翔の得意げな顔と、陽菜が浮かべたあの綻んだ表情だった。
途端に、心臓が早鐘を打ち始める。息が浅く、荒くなっていく。
(駄目だ……)
声をかけようにも、喉が固く閉じてしまったようだった。体が、拒否している。
「馨くん」
優花が、そっと馨の手を取った。
「行きましょう」
それだけ言うと、優花は馨の手を引いて、ギルドの外へと歩き出した。馨は振り返ることもできないまま、その後に続いた。
*
その夜、二人が泊まった宿は、フェルンハイムの外れにある小さな宿屋だった。
「素泊まりで、一部屋1000リカです」
宿の主人が示した金額に、馨は内心で少し安堵した。昼に食べた粗末なパンとスープが200リカ程度だったことを思えば、法外な値段ではない。
なお、リカというのは大陸共通の通貨単位である。金貨や銀貨などを使った貨幣経済があるが、それらは全てリカという通貨単位を使用していた。
「部屋は、一つで大丈夫ですか?」
主人の何気ない問いに、馨はぎくりとした。
「え、あ――」
「一部屋でお願いします」
馨が言葉を濁している間に、優花があっさりと答えてしまった。
案内された部屋には、寝台が一つしかなかった。馨は所在なく突っ立ったまま、視線をさまよわせる。
「な、なんで一部屋に……」
「え、なんで今更照れてるの」
優花はくすりと笑って、寝台に腰掛けた。
「さっき、あんなに仲良くしたのに」
「な――」
馨の顔が、一気に熱くなった。「仲良く」という言葉に込められた意味を、否応なく理解させられる。
「そ、それは……」
「もう、隠さなくていいのに」
優花は悪戯っぽく笑いながら、馨の手をそっと引いた。馨はそれ以上、何も言えなかった。
*
同じ頃、冒険者ギルドの広間では、別の一幕が繰り広げられていた。
「よし、これで結構な額になったわね」
石川真央が、換金を終えたばかりの懐を軽く叩く。阿部遥と前田千尋も、それぞれ満足げな顔をしていた。女子三人のパーティー、真央はエルフの魔法使いで、遥はプリーストと戦士、千尋は盗賊と野伏というバランスのとれた構成だった。なお、遥はクラス委員長である。
彼女たちが得たのは、薬草採取とホーンラビット狩りで着実に稼いだ成果だった。
少し離れた場所では、小林大輝を中心とした男子たちが、同じように換金を終えたところだった。こちらも、決して大きくはないが、堅実な稼ぎだった。
彼らは大翔には選ばれなかった、スクールカーストの底辺の男子生徒である。小林、加藤、吉田、山田、佐々木の5人組。彼らも余った者同士で集まって、パーティーを結成していた。
そこへ、大翔が近づいてきた。
「――なあ、金貸してくんない?」
挨拶もなしに、開口一番それだった。
「宿代、足りねえんだよ。お前らも同じクラスだろ、困った時は助け合いだろうが」
当然のような口ぶりだった。まるで貸すことが決まっているかのように。
「断るわ」
真央が即座に切り捨てた。遥も、腕を組んだまま冷ややかに大翔を見据える。
その視線に、大輝たちが気まずそうに目を伏せた。強く断りきれない空気が、彼らの間に流れる。
「――みんな、最初に貰った所持金は同じ額のはずよ」
遥が、静かに、しかしはっきりと口を開いた。
「余裕があるわけじゃない。自分たちだって、これから何があるか分からない中でやりくりしてる。貸す義理はないわ」
「そんな、固いこと言うなよ。仲間だろ」
「――ねえ」
遥の声が、一段低くなった。
「ずいぶん、人数少ないみたいだけど。いなくなった人たちは、どうしたの?」
その一言に、大翔の顔から表情が抜け落ちた。
「……別に、お前には関係ないだろ」
吐き捨てるように言うと、大翔はそれ以上何も言わず、踵を返した。
*
その夜、生き残った大翔のパーティーが泊まったのは、雑魚寝形式の安宿だった。一部屋に何人も詰め込まれ、藁を敷いただけの寝床が並んでいる。
誰も、口を開かなかった。
やがて、誰かの啜り泣きが聞こえ始めた。一人が泣き出すと、それはすぐに伝染するように広がっていく。
大翔は、そんな空気に耐えかねたように立ち上がると、陽菜の傍へと歩み寄った。
「――なあ、陽菜。ちょっと、外で二人にならないか」
「……今は、そんな気分になれない」
陽菜は俯いたまま、小さく首を振った。
大翔の誘いは、単なる気分転換ではなく、恋人たちのそれであることは理解できた。
だが、目の前でクラスメイトがスライムに飲み込まれるのを見て、さらに、見捨てて逃げてきたのに、そうした気分にはなれなかった。
むしろ、そうした誘いをしてくる大翔に嫌悪感を覚えた。
大翔は何か言いかけたが、結局それ以上は何も言わず、黙って自分の寝床に戻った。
狭い部屋の中に、誰かの嗚咽だけが、いつまでも響いていた。
それは朝まで続いた。
みな、この異常な気分で眠ることは出来なかったのである。




