第4話 告白
アルミラージを一体仕留めたあとも、二人はしばらく森の中を歩き回った。薬草を摘み、時折現れる小さな獲物を優花が難なく片付ける。その度に、馨は目を見張った。
(速い……)
優花の動きは、およそ戦士としての心得を今日覚えたばかりとは思えないほど滑らかだった。踏み込みも、槍の返しも、まるで何年も鍛えてきたかのように迷いがない。馨は自分の目が、その動きの半分もまともに追えていないことに気づいていた。
(もしかして――優花も)
脳裏に浮かんだのは、自分と同じ選択肢だった。あの一覧の隅にあった、特別な力。もし優花も同じものを選んでいたのなら、この身のこなしにも説明がつく。
(隠してるのは、俺だけじゃなかったのか)
そう考えると、不思議と気持ちが軽くなった気がした。
三体目のアルミラージを優花が仕留めたところで、馨は自分の手元の半透明の板に視線を落とした。空間魔法の欄、「収納拡大」の文字。試しに触れてみると、掌の上に見えない口が開くような感覚があった。
「――これでいいのか」
馨は倒れたアルミラージの死骸を持ち上げ、その見えない収納口へと押し込んだ。ずぶり、と音もなく死骸が消える。
隠す必要はない。そう思っての行動だった。優花も自分と同じ立場なら、今更こんなことで驚きはしないはずだ。
だが、隣で優花が息を呑む音が聞こえた。
「――え」
振り返ると、優花が目を丸くしてこちらを見ていた。手にした槍の先が、わずかに揺れている。
「馨くんも……ラミアなの?」
「――は?」
馨は素で聞き返した。
「ラミアって、何?」
優花の顔に、戸惑いの色が広がっていく。
「え、待って。知らないの? でも、収納って――」
言いかけて、優花は何かに気づいたように口をつぐんだ。視線が宙をさまよう。
しまったと後悔したが、時すでに遅し。
「……そっか。男の人には、そもそも選択肢に出ないんだよね」
独り言のような呟きだった。馨には何のことか分からず、ただ困惑して優花を見つめ返す。
優花は小さく息を吸うと、まっすぐに馨を見た。覚悟を決めて口を開く。
「私、ラミアなの」
「ラミア……」
「上半身は人間だけど、下半身が蛇の種族。女性しか選べない種族で――だから、馨くんは知らなくて当然」
淡々とした口調だったが、その手は無意識にか、自分の腕を強く掴んでいた。
「魔物として扱われることも多い。迫害される。誰かに知られたら、今みたいに普通に話してももらえなくなるかもしれない」
優花はそこで、試すように馨を見据えた。
「馨くんは、誰かに言う? 私がラミアだって」
その目には、覚悟のようなものが滲んでいた。答え次第で、何かが決定的に変わってしまう。そんな緊張感があった。
馨は少しの間、黙っていた。それから、静かに口を開いた。
「言わない」
「……どうして、即答できるの」
「俺も、同じだから」
馨は自分の手のひらを見つめながら、続けた。
優花だけに秘密を話させるのはフェアじゃないと感じた。
「俺、ダークプリーストなんだ。暗黒神を信仰してる。これも、知られたら――多分、同じことになる」
「え……」
「陽菜を守りたくて選んだんだ。少しでも強くなれれば、この世界でも守れるかもしれないって。でも」
声が、自分でも驚くほど乾いていた。
「もう、意味なかった。陽菜には、最初から大翔がいたんだから」
自嘲めいた笑いが、勝手に口の端からこぼれた。誰を守るために選んだ力も、守るべき相手にはもう届かない。滑稽だ、と思った。
その時、不意に体が温かいものに包まれた。
優花が、馨を抱きしめていた。
「……優花?」
「ずっと、好きだった」
押し殺したような声だった。
「前世からずっと、馨くんのことが好きだった。言えなかったけど……ずっと」
優花の腕に、力がこもる。
「私がラミアを選んだのも、馨くんを守りたかったから。だから――一人で自分を責めないで」
馨は、何も言えなかった。ただ、優花の体温だけが、じわりと伝わってくる。
突然の告白に戸惑う馨。
実は、優花は転移前から馨の事が好きだった。早朝や放課後の誰もいない教室で、馨の椅子のにおいをかいだり、音楽で使う笛をなめたりしていたのである。
勿論それは秘密だが。
暫くの沈黙。だが、優花の様子が、不意に変わった。
抱きしめる腕が震え出す。整った顔に、うっすらと汗が滲む。息が、少しずつ荒くなっていく。
「優花……?」
「ごめ……なさい。これ――」
優花は言葉を切り、腕の中の馨をきつく抱きしめ直した。その瞳の奥に、これまで見たことのない色が揺れていた。
「搾精、の――衝動が」
搾精欲求、ラミアを選択した際のデメリットの一つである。ラミアの種族的特徴として、メリットに不眠がある。デメリットは搾精欲求と吸血欲求。
この二つがあるので、人の中に隠れて生活するのが難しいのである。このふたつの欲求には抗うのが難しく、行動にでることでラミアだとばれる確率が上がるのだ。
優花の変身がとけ、蛇の下半身が出現する。
馨はまさしく、蛇に睨まれた蛙であった。




