第3話 森の薬草
優花に手を引かれるまま、馨は武具屋の店内に立たされていた。
「鎧は……無理ね。これくらいしか買えないか」
優花が並んだ商品を一つ一つ確かめながら呟く。馨はまだ、頭の芯がぼんやりと痺れたままだった。目の前の商品を見ているようで、実際には何も見えていない。
「馨くん、これでいい?」
差し出されたのは、木の盾と、一本の槍だった。柄は木製で、穂先だけがわずかに鋼でできている、お世辞にも上等とは言えない代物だ。店主が「入門用にはこれくらいがちょうどいい」と愛想笑いを浮かべている。
「あ……うん」
馨は生返事をして、言われるままに代金を払った。優花は自分の分の装備を別に買い求め、それ以上は何も言わずに会計を済ませた。
武具屋を出たあとも、馨の足取りはどこか覚束なかった。優花は特にそれを咎めることもなく、ただ黙って隣を歩き、西の門へと向かった。
門番に軽く会釈をして街を出ると、街道の先には緩やかな丘が広がり、その向こうに森の緑が見えた。
「あそこ」
優花が指差した先、街道から少し外れたところに、木々の茂る一角があった。
「アルミラージの縄張りだけど、薬草もたくさん採れる場所なの。ギルドが常時買い取ってくれるから、資金稼ぎにはちょうどいいわ」
「アルミラージ……?」
「角の生えた兎。常設の討伐依頼が出ているの。見た目は可愛いけど、意外と素早いから油断しないでねって注意書きにあったわ」
優花はそう言うと、迷いのない足取りで森の中へと入っていく。馨は半歩遅れて、その後ろをついていった。
しかし、途中で大翔と陽菜のことを考えてしまい、足が止まった。
(今頃、二人は――)
自然と涙があふれてくる。
そして嗚咽。
優花も馨の異変に気付く。
「どうしたの?」
「ずっと一緒にいるのが普通だと思っていたのに……」
「松本さんのこと?」
「うん」
「佐藤くんと付き合っているの、知らなかったんだ」
「知っていたの?」
驚いた表情で優花を見る馨。
「ええ。放課後、教室で残っていた男子に、裸がどうのとか言っていたわ。気持ち悪くて、どこかに行って欲しいと思っていたの」
「は、裸……」
そこから想像できる、大翔と陽菜の関係に、馨は崩れ落ちる。慌てて優花がそれを支えた。細腕なのに、馨を簡単に片腕で支える優花。失意の馨はその異変に気付かない。
「少し休みましょうか」
「うん」
それからしばらく、二人の間には会話は無かった。
そして、馨の気持ちが落ち着いたことで、再び歩き出した。
しばらく歩くと、優花は屈み込んで、地面に生えた見慣れない草に手を伸ばした。
「これ、ネピスの葉。傷薬の材料になるの。乾燥させてから煎じると熱冷ましにもなる」
「よく知ってるな……」
「植物学と薬学、取ってあるから」
優花はさらりと答えて、根元から丁寧に葉を摘み取っていく。手つきに迷いがない。
「馨くんはどんなスキルをとったの?」
そう訊かれて、馨は悩む。ダークプリーストのことは明かせないが、どういう言い訳をすればよいかまでは考えていなかったのだ。
「言いたくなければ、それでもいいわ」
優花は馨が言いたくなさそうなのを察してそう言ったが、馨は慌てて
「鑑定があるんだ」
と返答した。
「馨くん鑑定持っているんだ。使ってみたら?説明が出ると思う」
「あ、ああ」
言われるままに、馨は目の前の草に意識を向けた。頭の中に、ぼんやりとした情報が滲むように浮かび上がってくる。
――ネピスの葉。傷薬・解熱剤の材料。
「……本当だ」
優花の言った通りの説明が、そのまま浮かび上がってきた。馨は少しだけ、口元が緩むのを感じた。陽菜のことで塞ぎ込んでいた頭の中に、久しぶりに別のことが入り込んできた気がした。
「こっちのは?」
馨は近くに生えていた別の草を指差す。優花がのぞき込んで、
「それはただの雑草。売り物にはならないわね」
「そうか……」
鑑定をかけてみると、確かに「食用にも薬用にも適さない野草」とだけ表示された。馨は小さく笑った。何もかもが分からない世界で、たった一つでも「分かる」ことが増えるのは、思っていたより気持ちが軽くなるものだった。
二人でしゃがみ込み、薬草を探しては摘む作業を繰り返す。優花が見つけたものを教え、馨が鑑定で確かめる。その繰り返しの中で、馨の意識は少しずつ、陽菜と大翔の姿から離れていった。
不意に、茂みの奥でがさりと音がした。
優花がすっと立ち上がり、槍を構える。
「アルミラージ」
白い毛並みに、額から一本の角が生えた兎が、茂みから飛び出してきた。見た目に反して、その動きは矢のように速い。
だが、優花の反応はそれ以上だった。
踏み込みと同時に、槍の穂先が一直線に伸びる。粗末な作りの武器とは思えないほど、鋭く、迷いのない一突きだった。
アルミラージは声を上げる間もなく、地面に沈んだ。
「……仕留めた」
優花は槍を引き抜き、何でもないことのように呟く。馨はただ、その様子に見入っていた。
「木村さん、強いんだな」
「これくらいなら、大丈夫。あ、優花でいいよ。私も名前で呼んじゃっているし」
優花は小さく微笑んで、倒したアルミラージを手早く回収する。その横顔を見ながら、馨はようやく、少しだけ息がつけるような気がした。




