第36話 蜂蜜狙いの熊
「ジャイアントホーネットってこんな森の端まで来るのか?」
馨の鑑定で説明されるジャイアントホーネットは、森の奥に生息するとなっていた。これは冒険者ギルドの資料にあったものと同じであり、彼らが訓練しているような場所で出現することはまずない。
「何かの獲物を追いかけていた……にしては、ジャイアントホーネット以外いなかったね」
陽菜も先ほどの事を思い出しながら、そう言った。彼女は倒したジャイアントホーネットを解体し、魔石を取り出していく。まだ、顔が若干引きつっているあたり、我慢しながら作業しているのがわかった。
それは優花と馨も同じである。
彼らがこの作業に慣れるまで、もうしばらくの時間が必要だった。
そんな解体作業をしながら、優花はふとある結論に達した。
「追いかけていたんじゃなくて、追われていたんだったら……」
「そっちの方が高いか」
「それなら、レベル4のジャイアントホーネットの群れが逃げるような相手が近くに――」
三人に緊張が走る。
「――何か、来る」
優花が、【サーチ】の魔法を発動させながら、鋭く呟いた。
「なにこれ、私よりもちょっと強い!?」
「レベル……7以上?」
その数値に、馨は思わず息を呑んだ。ジャイアントホーネットとは、比較にならない強さだった。
サーチで分かるのは、あくまで大まかな強弱までだ。だが、優花が自分よりも強いというのなら、それはレベル7以上である。この森で不用意に出くわしていい相手ではないことだけは、はっきりと分かった。
「一体、みたいね」
優花が、気配を数えながら言った。
しばらくして、茂みを割って現れたのは、巨大な熊の魔物だった。全身を覆う毛皮は禍々しい艶を帯び、爪は刃物のように鋭く伸びている。
「ダイアベア、か」
馨が、鑑定で得た情報を口にする。
「なんで、こんなところに……」
「――もしかして」
優花が、先ほどのジャイアントホーネットの飛来した方向を見た。
「蜂蜜、狙いかもね」
「それで、巣を襲われたジャイアントホーネットと戦いになり、ジャイアントホーネットは追われたってことか。蜂蜜だけで満足していればいいものを、追いかけてくるなんて……」
ダイアベアは、こちらを威嚇するように唸り声を上げていたが、明確な敵意というより、縄張りに踏み込んだ余所者への警戒、といった様子だった。
「相手はレベル7」
看破の結果を伝える優花。
これは優花と同じレベルである。しかし、サーチの結果でちょっと強いと出たのは、筋力と生命力が、ダイアベアの方が高いからである。ステータスの差が出た結果だった。
「一体だけなら、いける」
馨も頷いた。
「【ブレス】をかけて」
「――分かった」
【ブレス】
馨の詠唱とともに、優花の全身に、淡い光が纏わりつく。力・敏捷・器用が、一時的に底上げされていく。
「――行くわよ」
優花が変身をとき、ラミアの姿となって、槍を構えて飛び出した。
ダイアベアの太い前脚が、唸りを上げて振り下ろされる。優花はそれを紙一重で躱すと、鋭い突きを叩き込んだ。
「固い……!」
分厚い毛皮と脂肪に、刃が深く通らない。ダイアベアも、負けじと爪を振るい、優花の体を掠める。
「くっ……!」
互いに一歩も譲らない、一進一退の攻防が続いた。
「馨くん、援護を!」
「――ああ!」
馨も、剣を手に加勢に入る。二人がかりでの猛攻に、ダイアベアも徐々に体力を削られていった。
だが――
「――優花、後ろ!」
馨の叫びに、優花が反射的に振り向いた。
森の奥から、地響きのような足音とともに、二つの巨大な影が近づいてきていた。
一つは、もう一体のダイアベア。その体には、無数の傷と、緑がかった樹液のようなものがこびりついている。
そして、もう一つ――軋むような、木々が擦れ合う不気味な音とともに姿を現したのは、無数の太い根を触手のように蠢かせる、巨木そのものの魔物だった。
「――エルダートレント……!」
馨は、思わず息を呑んだ。以前資料室で見た記述にあった、この森に潜むという化物。モンスターレベルは7.ダイアベアと同等の脅威。あのダイアベアは、これと渡り合ってきたのか、それとも、これに追われるようにここまで逃げ込んできたのか――どちらとも判然としないまま、二体は揃ってこちらへと迫ってくる。
「戦いに集中していて、サーチできてなかった。さっきまで範囲外にいたのが、もう、こんな距離まで近づいているなんて……」
優花の顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。
前後を挟まれる形になった馨たちに、絶体絶命の状況が迫っていた。




