第35話 無属性の魔導書
「――これ、無属性の魔導書ね」
あの洞窟から持ち帰った戦利品の中に、優花はそれを見つけていた。革張りの古びた本には、見慣れない魔法陣が描かれている。
ページをめくると、その内容は自然と頭に入ってきた。転移の際に与えられた言語読解能力の賜物。あるいは、魔法使いスキルのおかげ。
そのどちらかなのかはわからなかったが、内容を理解できるということだけははっきりとわかった。
「で、この魔導書の所有権は、私たちに有るわけだけど――」
「倒した側に所有権がある、ってやつか。売るのか?」
魔導書は高価なものである。
印刷技術の無いこの世界では、書籍は全て高価なものである。
さらに、そこに専門性が加わった魔導書となれば、庶民が手を出せるような価格ではない。
売れれば、当面の生活には困らなくなる。しかし、優花は売るという選択をしない。
「そう。せっかくだから、二人で覚えましょう」
馨は頷いた。ちょうど、二人とも新しい属性を身につけたいと思っていたところだった。
が、すぐに馨の表情が曇る。
「あー」
「どうしたの?」
「いやー、人を殺したのって二回目なんだけど、所有物を自分のものにしても罪悪感がないなーって思って」
「郷に入っては郷に従え。この世界の価値観に慣れたってことでしょ。日本の感覚を持ったままだと疲弊するだけよ」
「あー、それはわかる。法律とかがあんまりなくて、強ければいいみたいな感じ。だから、倒した相手のものは自分のものなんだよね」
と陽菜。
「ガルドヴェインの強い奴が正しいってのも、あながち間違いじゃないってことか」
「まあ、それだけだと社会が成り立たないから、法律ではなく、宗教的価値観で縛りましょうってことなんでしょうけど。もっとも、この世界には、本当に神様がいるんだけどね」
お前のものは俺のもの。俺のものも俺のものという、どこかのガキ大将みたいな理論が、そこそこまかり通ることに、若干の違和感のあった馨であったが、優花に言われた通り、そういうものだと納得することにした。
「こいつを俺たちのものにするのは納得した。これから無属性の取得のため、練習するんだけど、魔法使いのレベルも上がるといいな」
「どうかしらね。私も馨もこの前レベルが上がったばかりでしょ。陽菜がスキルを取得する方が早かったりしてね」
実は、この時すでに、優花はモンスターとしての総合レベルが、7にまで達していた。前回の依頼で、高レベルのダークエルフを倒したことで、経験値が貯まったのである。これで、人間に擬態した状態でも、戦士レベル5、魔法使いレベル4相当の力を発揮できるようになっている。
しかし、優花には不満があった。
「――でも、プリーストのレベルは、全然上がらないのよね」
優花が、口吻を尖らせて言った。
「陽菜や馨に、そっちは任せきりだから、かしら」
実際、パーティーの中で回復や支援の役割は、専ら陽菜が担うようになっていた。優花自身は、前衛としての戦闘に力を注いでいる。役割分担が進んだ結果、彼女のプリーストとしての成長だけが、緩やかに足踏みしているようだった。
「――それより、無属性の練習をしよう」
馨が話を戻すと、優花も頷いた。
二人は、西の森の外れで、魔道書を片手に、地道な特訓を始めた。
*
「――ロック、アンロック、この辺は簡単ね」
優花が、手近な木箱に施錠と解錠を繰り返しながら言った。馨も、マジックシールドやディスペルといった基礎を、順調に習得していく。
「――ちょっと、驚いたんだけど」
優花が、ふと呟いた。
「新しく覚えた属性でも、ちゃんと自分の魔法使いレベル分の呪文が、最初から使えるのね」
「言われてみれば、そうだな」
馨も、少し複雑な気分になった。属性を新しく覚えても、一から積み上げ直す必要はなく、既に到達している魔法使いレベルに応じた呪文が、すぐさま使用可能になる。
「――なんか、ちょっとチートっぽいな、これ」
馨が苦笑すると、優花もくすりと笑った。
「まあ、これくらいの役得は、許してもらいましょ」
*
特訓を続けていたその時、不意に、羽音のような音が響いてきた。
サーチを使っていなかったことで、羽音が聞こえる距離までの接近を許してしまっていた。
「――来る」
木々の合間から、巨大な蜂の群れ――ジャイアントホーネットが、次々と姿を現した。一体一体の巣穴を刺激してしまったのか、群れをなして、こちらへと殺到してくる。
「数が多いな」
「ちょうどいい、無属性を試してみるわ」
優花は、覚えたばかりの呪文を意識に呼び起こした。
【マジックストーム】
無属性のエネルギーが、蜂の群れを飲み込むように広がっていく。
次々と、ジャイアントホーネットが力なく地面へと落ちていった。単体のレベルは4程度、群れとはいえ、既にレベルを重ねた馨たちの敵ではなかった。
マジックストームで討ちもらしたジャイアントホーネットを、馨と陽菜のゴッドフィストで撃ち落とす。
「――やった、な」
馨が息をついた。
「新しい魔法、いきなり実戦投入できたわね」
優花が、満足げに微笑んだ。
だが、この森での平穏は、ここまでだった。




