第33話 夜警
「――しばらく、地味な依頼にしましょう」
冒険者ギルドの掲示板の前で、優花がぽつりと言った。
「レブナントの一件があるから、か」
「アンデッド絡みは、もう暫くお腹いっぱいよ」
優花が、げんなりした顔で肩をすくめる。心情も理解も超えた、後味の重い経験だった。誰も、あの結末をもう一度繰り返したいとは思わない。
「それに、アルブレヒトさんの目もあるでしょ。あんまり目立つ依頼ばっかり受けてると、また呼び出されそうだし」
陽菜の言葉に、馨も頷いた。あの聞き取りの後、上手く誤魔化せたとはいえ、あの衛兵長官の鋭さは、素人目にも十分伝わっていた。
何度も同じようなことをすれば、馨がダークプリーストだと気づくかもしれない。そうなれば、フェルンハイムにいることは出来なくなる。
いずれ出ていくかもしれないが、今はまだ、この世界に慣れるためにも、拠点を移すつもりはなかった。
だから、目立たないようにしようというわけである。
「じゃあ、なるべく初心者向けの依頼にするか」
三人は、改めて掲示板を見渡した。
「これは?『野菜・家畜泥棒に困っています』」
優花が指さしたのは、簡素な依頼票だった。
フェルンハイムから半日程度の村で、野菜や家畜を盗まれる被害があるので、犯人を捕まえてほしいというものだった。
「畑の野菜や、鶏小屋が荒らされる被害が続いているって。夜間の見張りと、犯人の確保が依頼内容ね」
「家畜泥棒か。地味っちゃ地味だな」
馨が、依頼票を手に取って読み返す。
「動物じゃなくて、家畜や作物を狙ってるってことは、モンスターより人間、または小規模な盗賊の可能性が高いんじゃない?」
優花の分析に、陽菜も頷く。
「うん。もし強いモンスターや野盗の集団だったら、家畜より村人を襲うはずだもんね」
「そうそう。わざわざ夜な夜な野菜や鶏だけ盗んでいくって、なんか、こう……せこいというか、追い詰められてる感じがするのよね」
「盗賊ギルドみたいな、組織立った悪事って感じでもなさそうだしな」
馨も、その見立てに同意した。命に関わる依頼でもなく、レブナントのような後味の悪さも予想しにくい。まさに、今の三人が求めていた依頼だった。
「よし、これにしよう」
「賛成」
「私も、それでいいと思う」
三人は顔を見合わせて頷くと、依頼票を手に、受付へと向かった。
心なしか、残念そうなロッテが受付処理をしてくれる。三人はすぐに村に向かうことにした。
道中、馨がロッテの顔を思い出す。
「ロッテさん、俺たちが不倫関係の依頼じゃないから不満そうだったな」
「あー、やっぱりそんな感じしたよね」
馨の感想に陽菜が同調した。
「私たち、不倫専門の探偵ってわけじゃないのにね」
優花はそう言うと、馨をちらりと見た。
不倫という言葉で、過去のトラウマを刺激しないか心配だったが、特に変わった様子もない。
ひとまず安心し、そのまま移動を続けた。
*
村に到着すると、さっそく村長を訪ねる。
「家畜泥棒、ですか」
村長の話を聞きながら、馨は頷いた。
「はい。夜な夜な、畑の野菜や、鶏小屋が荒らされていくんです。獣の仕業にしては、随分と手際が良くて」
依頼内容は単純明快だった。夜間の見張りをして、犯人を捕らえること。
話が終わると、被害のあった畑と、鶏小屋に案内された。
そこでは足跡は消えており、どんな規模で、どちらから来たのかはわからなくなっていた。
そこで、夜まで待って、待ち伏せすることにした。
「――野伏がいれば、罠でも仕掛けられるんだけど」
優花が、少し困ったように言った。三人の中に、そうした斥候向けのスキルを持つ者はいない。
「地道に、見張るしかないな」
「私、寝なくても平気だから。夜通し見張るわ」
優花が、あっさりとそう申し出た。ラミアである彼女には、不眠という種族特性がある。さらには暗視。暗がりを見通せるので、これほど夜の警備に適した種族はいない。アンデッドならば、また別だが。
「俺と陽菜が、交代で寝ればいいんだな」
「うん。何かあったら、すぐに起こすから」
こうして、三人は村外れの畑の陰に身を潜め、夜警を始めた。
*
深夜。虫の音だけが響く静寂の中、優花はじっと闇を見つめていた。
馨と陽菜は、交代で仮眠を取っている。今は陽菜が眠り、馨が優花の隣で目を光らせていた。
「――来た」
優花が、小さく呟いた。
畑の向こうから、複数の気配が近づいてくる。月明かりに照らされたその姿に、馨は息を呑んだ。
先頭にいたのは、褐色の肌をした、美しい顔立ちの女――ダークエルフだった。その後ろに、数体のゴブリンを従えている。
馨は陽菜をそっと起こす。
「――野菜と、鶏を」
ダークエルフが短く命じると、ゴブリンたちが手早く畑を漁り、袋に詰めていく。慣れた手つきだった。
(――足がつきそうなやり方なのに)
馨は、内心で首を傾げた。村から堂々と食料を盗んでいけば、いずれ気づかれるのは目に見えている。それでも続けているということは、余程差し迫った事情があるのかもしれない。
優花が、静かに詠唱した。
【サーチ】
空間魔法の探知が、闇の中でも彼らの気配を鮮明に捉える。
【シャドウサイト】
馨も闇属性の魔法で、暗闇の中の視界を確保した。
二つの魔法がなければ、この追跡は成立しなかっただろう。ダークエルフは、明らかに気配を殺すことに長けていた。並の追跡者なら、とうに見失っていたはずだ。
しばらく後をつけると、一行は森の奥にある、岩肌に開いた洞窟へと吸い込まれていった。
「――ここが、根城みたいね」
三人は、顔を見合わせ、静かに頷き合った。
洞窟の奥からは、かすかな明かりと、うめき声のようなものが漏れ聞こえてくる。
(――中に、何かいる)
「中に、敵対的ではない反応が複数あるわ」
優花の言葉に緊張が走る。真っ先に思いついたのは誘拐。その人たちを盾にされると、少々やりにくい。
馨は剣の柄に手をかけながら、慎重に足を踏み入れた。




