第32話 寄生虫の研究
「――は? 街中に、動くアンデッド?しかも、レブナントが」
支配人室に届いた報告に、ヴェルミラは目を丸くした後、思わず噴き出した。
「イカれたダークプリーストが、クリエイトアンデッドでも使ったんじゃない。傑作ね」
まさかそれが、自分がずっと気にかけていた"あの冒険者"に繋がる話だとは、この時のヴェルミラには思いも寄らなかった。
ひとしきり笑った後、スッと目が細くなる。
「で、うちがそれを把握してないってのも問題ね。自然発生したならいいけど」
ガロンはまじめな表情で、それにこたえる。
「なんでも、冒険者がゴーストを除霊した屋敷があって、以前、そこに向かったやつだったらしいな」
「なんでそれが?」
「さあ。冒険者がその屋敷に住み着いたゴーストを除霊しただけで、他は知らないってことらしいぜ」
馨たちはクリエイトアンデッドのことを言えなかった。
だから、番頭の死体を見つけたというのは内緒にしてある。除霊も陽菜がやったこととしており、聞き取りはあったものの、ミレーユの神官が同行できる話でもないので、それ以上は何もなかった。
結果、何故番頭がレブナントになったのかは不明のままなのだ。情報が命の盗賊ギルドなのに、衛兵が調べた以上のことはわからないとは、なんとも情けないし、職務怠慢であると、呆れるヴェルミラ。
ヴェルミラはガロンに侮蔑の視線を向けるも、それ以上何も訊くことが無いので、話題を変えた。
「まあ、それはそれとして――」
ヴェルミラは、机の上に小瓶を一つ置いた。中には、怪しく発光する紫色の液体が満たされている。
「これ、新しく作ったた媚薬。夜蝶亭で使ってみたら?」
「ああ、出来たのか」
ガロンが、胡散臭そうに小瓶を手に取った。
ヴェルミラがフェルンハイムの近郊の村を支配下に置こうとした理由。それは媚薬の製造にあった。フェルンハイムで媚薬を売りさばく。生産地は消費地に近い方が良い。そんな理由だった。
村を支配下に置くのは失敗したが、媚薬の方は完成していた。
「娼婦が疲れて、サービスが悪くなった時用よ。これを飲ませれば、しばらくは元気に働けるわ。まあ、もって30分くらいだけど」
「効果時間、短すぎねえか」
ガロンが渋い顔で言った。
「即効性があって、中毒性は弱いのよ。ま、快楽を覚えれば、中毒になるでしょうけど。お友達価格の、一瓶一万リカでどう?」
「これじゃ、経費ばっかり嵩んで割に合わねえよ」
「――そう言うと思った」
ヴェルミラは、含みのある笑みを浮かべた。
「実は、もっと効率的な方法も研究してるの。寄生虫を使った方法よ」
「寄生虫?」
「女の胎内に寄生させる虫。男の精液を餌にするタイプ。餌を確実に得るために、宿主を発情させ続ける能力を持たせてあるの。勿論、精液を食べるから、女は妊娠しない」
あまりにも平然とした説明だった。
女性であれば嫌悪するような話だが、女性であるヴェルミラはそんな感情が見えなかった。
ガロンは今更ながら、目の前のダークエルフを女だと思うのを止めた。
「駆除できるのは、プリーストの魔法、キュアパラサイトだけ。並の虫下しじゃ、びくともしない。一度胎内に入ったら、効果はほぼ永続。卵を採取出来れば、追加費用はかからない」
「そりゃ、都合がいいな。で、試してみたのか?」
ガロンが、下卑た笑みを浮かべた。
「勿論。ただ、まだ改良の余地があるのよ」
ヴェルミラの声に、わずかに苦い色が混じった。
「発情が止まらないせいで、最終的には宿主が衰弱して死んでしまうの。そこを、何とかしないと」
「研究、進んでんのか?」
「フェルンハイムから半日ほどの場所に、施設を作ってあるわ。攫ってきた女を使って、日々改良中よ」
ヴェルミラは事務的な口調でそう言うと、報告書を手早くまとめ始めた。
「完成すれば、あなたのところの経費も、大分浮くはずよ」
「そりゃ、楽しみだ。ま、完成したら少子化で、領主は悩むかもしれねえがな」
ガロンは、下品な笑い声を上げた。
実に恐ろしい計画が進められていた。
しかし、支配人室の外では、フェルンハイムの日常が、何も知らないまま続いていた。
*
一方、ヴェルミラたちが話題にしていたレブナントのことであるが、衛兵も当然調べていた。
フェルンハイムの衛兵長官、アルブレヒト・ローデンスは、自分の机で馨たちへの聞き取り当時の事を思い出す。
馨たちへの聞き取りは、拍子抜けするほどあっさりと終わった。
「――倒したのは、ゴーストで間違いないと」
「はい。屋敷の奥に一体だけ。青白い、女の姿をした……」
馨が淡々とそう答える。優花と陽菜も、口裏を合わせるでもなく、ごく自然な調子で頷いた。
アルブレヒトは、羊皮紙にペンを走らせながら、時折視線を上げて三人の様子を窺った。長年の勘というものは、時に理屈より雄弁だ。だが、瞳の揺れも、声の震えも、後ろめたさを示すものは何一つ見当たらない。
(――嘘をついている顔じゃ、ないな)
少なくとも、目の前の三人に限って言えば。
「番頭殿の遺体は?」
「見当たりませんでした。そもそも、私たちは番頭の顔を知りません。死体があったとしても、番頭であるかないかは判断が出来ませんね」
馨の返答に、アルブレヒトは小さく頷いた。それ以上、突っ込んで聞くべき点は見当たらない。冒険者ギルドの依頼票にも、しっかりと「ゴースト」と記載されていたことは、既に確認済みだった。
「ご協力、感謝する。以上で結構だ」
礼を言って三人を帰した後、アルブレヒトは調書を整えながら、ペンを置いた。
これで、書類上は片が付いた。
商会の会頭夫妻の悪行は明るみに出た。前番頭の死も、彼が屋敷に赴いた際にゴーストに襲われた不幸な事故として処理できた。誰も困らない、綺麗な結末だ。
――だというのに。
(――どうにも、収まりが悪い)
長年の勘が、静かに、しかし執拗にざわめいていた。
商会に現れ、「毒殺しました」と訴え続けたという、あのアンデッド。証言によれば、生前の姿形を保ち、意志を持って言葉を発していたという。それはつまり――レブナントだ。ゴーストなどでは、断じてない。
(――なら、あれは、どこから湧いて出た?)
依頼票にも、冒険者たちの証言にも、屋敷にいたのはゴーストだったと、一貫して記されている。だとすれば、番頭が命を落としたのは、そのゴーストの手によるものだったはずだ。
単に殺されただけの人間が、あれほど強い意志と明晰な記憶を保ったまま、レブナントとして蘇るものだろうか。
いや、あり得ない。
アルブレヒトは、冒険者時代の記憶を辿った。レブナントというアンデッドが生まれるのは、余程の無念、あるいは執着が伴う場合に限られる。ただ殺されて、それで終わり――というだけでは、生まれようがない存在だ。
(――となれば、考えられるのは一つ)
ガルドヴェインを奉じるダークプリーストの固有魔法――クリエイトアンデッド。死体から、望む種族のアンデッドを作り出し、使役する術。あれが、意志を保ったまま「毒殺しました」と訴え続けたのだとすれば、その筋書きこそが、最も辻褄が合う。
だとすれば。
(――この街に、それなりの力を持ったダークプリーストがいる、ということか)
アルブレヒトは、調書を綴じる手を止めた。
商会の悪事が暴かれたこと自体は、喜ばしい。だが、それを暴いた"何か"の正体が分からないまま見過ごすのは、あまりに危険だった。
誰が、何の目的で――
考えを整理しながら、アルブレヒトは静かに執務室の窓の外を見やった。
フェルンハイムの空は、いつも通り、何事もなかったかのように晴れ渡っていた。




