第31話 堕落
佐藤大翔という男は、転移してからというもの、転移前の輝かしい人生は見る影も無くなっていた。
スライム討伐でケチがついたのが始まり。日雇いの仕事を続けることも出来ず、賭場に出入りするようになった。そして、賭場での大負けから、大翔の転落は坂道を転げ落ちるように加速していった。
返せない借金。取り立てにやってきたのは、以前よりもさらに柄の悪い男たちだった。
「――話は聞いてるぜ、坊主」
路地裏に連れ込まれ、殴られ、蹴られた。
戦士レベル2に加え、身体強化のスキルを使えば、多少なりとも抵抗は出来ただろう。しかし、盗賊ギルドという組織をちらつかせられては、抵抗するのは命にかかわると理解できた。
だから、抵抗しようという気など、とっくの昔にどぶに捨てた。
「金がねえなら、体で払ってもらうか」
男たちは、下卑た笑いを浮かべながら、そう告げた。
「日雇いでもさせるのか?」
地面を這いつくばりながらそう言うと、男たちはげひゃひゃと笑った。
「そんな上等な仕事、てめえにはまわさねえよ」
「何だと?じゃあ……」
「ついて来ればわかるぜ」
男の一人が、大翔の髪の毛を雑につかむと、上に引っ張って立ち上がらせた。
これからどうなるかわからない恐怖が沸き起こるが、抵抗すれば痛い目にあうだけ。だから、黙ってついていくことにした。
*
それから、大翔の日々は一変した。
夜な夜な、着飾らされ、望まぬ客の相手をさせられる。屈辱に歯を食いしばりながらも、大翔はその状況に、少しずつ慣れていくしかなかった。
やがて、一人の常連客がついた。恰幅の良い、裕福な商家の婦人だった。前世はガマガエルかというような外見。どう見ても体重は大翔よりもある。だが、金払いは良く、大翔にとっては、数少ない"稼げる"相手だった。
(――ちょろい)
内心では、そんな軽蔑を隠しきれなかった。金のためとはいえ、心の底からその関係を楽しんでいるわけではなかった。借金さえ返しきれば、二度と相手などするものかと、内心で吐き捨てる。
だが、そんな気持ちとは裏腹に、相手を楽しませるため、精一杯の接客をした。
そして、ついには彼女の信頼を得る。
「お店の外でも会えないかしら」
そう誘われた。
だが、店には厳格な決まりがあった。店外でのデートは、固く禁じられている。それでも、婦人にせがまれるまま、大翔は禁を破ってしまった。
全ては金のため。少しでも早く、借金を返済したい一心で、夫人のちらつかせた特別なお小遣い欲しさに、店外デートを請けてしまったのである。
運の悪いことに、その現場を、婦人の夫に見られてしまったのだ。
「――貴様! 妻に何をしている!」
激昂した夫の怒声。大翔は、着の身着のまま逃げ出すしかなかった。
夫は盗賊ギルドとの付き合いもあり、その伝手で店に苦情が入る。夫人はしばらく謹慎となり、大翔は暇になった。
太客を失い、店の規則を破った罰として、ペナルティが課される。こうして大翔の借金は、さらに膨れ上がった。
*
「お前には、別の仕事をしてもらう」
盗賊ギルドの下働きの男が、そう告げた。
「体を売るより、こっちの方が向いてるだろ」
渡されたのは、粗末なナイフだった。
「強盗、だ」
大翔は、抵抗しようとした。だが、既に逃げ場はどこにもなかった。莫大な借金と、盗賊ギルドという組織の重圧。もはや、選択肢など残されていなかった。
「――手始めは、これだ」
示された住所は、あの、かつての太客の屋敷だった。
(――あのばばあの家か)
大翔の胸に、じわりと歪んだ感情が湧き上がった。金のためとはいえ、屈辱に耐えて相手をしてやったのに、結局、あの女のせいで全てが台無しになった。そんな逆恨みじみた怒りが、腹の底で燻っていた。
*
夜更け、屋敷に忍び込んだ大翔は、寝室で眠る婦人の姿を見つけた。
手にしたナイフが、月明かりに鈍く光る。
(――金さえ、奪えば)
そう自分に言い聞かせながらも、大翔の中で、押し込めていた憎悪が、堰を切ったように溢れ出した。
目を覚まし、悲鳴を上げようとした婦人に、大翔は無我夢中でナイフを振り下ろした。一度、二度、三度
――理性は、とうに置き去りにされていた。
気づけば、婦人はもう、声を上げることすらなかった。
主人や住み込みの使用人の方は、別の男が処理をしていた。
荒い息を吐きながら、大翔は屋敷中を漁り、金目のものをかき集めた。手には、返り血が、まだ生々しく残っていた。
窓から外に出た大翔は、月に照らされた自分の手を、しばらく無言で見つめていた。
もう、そこに、かつての爽やかなサッカー部主将の面影は、欠片も残っていなかった。




