第30話 毒杯
ゴーストという情報だったが、実際に鑑定してみたらレブナントだった。
ゴーストとレブナントの違いは知性。ゴーストとは会話が成立しないが、レブナントとは会話が成立する。
そんあレブナントが聞いて欲しいというので、馨たちは一旦武器をおさめた。
その様子を見て、レブナントが語り始める。
「――私たち、三人とも……妊娠した途端、殺されたんです」
レブナントの一体が、震える声で語り始めた。
「奥様の、ご命令で……あの番頭に、毒を盛られて」
「子供ごと、殺されて……」
他の二体も、掠れた声で続いた。恨みと悲しみが入り混じった、聞くに堪えない訴えだった。
馨たちは、顔を見合わせた。誰の胸にも、同じ躊躇いが広がっていた。
(――これは、ただの討伐対象じゃない)
目の前にいるのは、モンスターではない。無念のうちに命を絶たれ、それでもなお、この世に留まり続けている、かつての人間たちだった。
「――倒すのは、簡単だけど」
優花が小さく呟いた。
「それだけでいいのかしら?」
「後味が悪いっていうか、悪いのは商会の方じゃない」
陽菜も憤慨する。
馨はしばらく考え込んだ。彼女たちは討伐対象なのか、と。
それから、レブナントたちに向き直ると、静かに口を開いた。
「俺たちに、少し時間をくれないか」
「時間……?」
「あんたたちを殺した奴らを、ちゃんと裁く方法を考えたい。ただ倒すだけじゃ、あんたたちの無念は晴れないだろう」
レブナントたちの虚ろな目に、初めて、かすかな光が宿った。
「それは是非とも。もはや、こんな身であり、冒険者の方たちに依頼などできませんし、お支払いする報酬も用意出来ませんが。よろしいのですか?」
「報酬は俺たちのターンアンデッドに抵抗しないでもらうだけでいい。保険金の受け取りを、報酬にするようなものだな」
「ホケンキン?」
聞きなれぬ言葉に、レブナントが戸惑った。
「いや、なに。君らを除霊すれば、俺たちには金が入る。抵抗しないのであれば、仕事が楽に終わるからな」
その言葉にレブナントたちは納得した。
そんな会話をしていると、馨に妙案が浮かぶ。
「考え付いた。まず、この屋敷にある死体――前の番頭の遺体を使う」
馨は自分の考えを、順を追って説明していった。
レブナントたちは、その案を受け入れることになった。
そして実行にうつる。
【クリエイトアンデッド】
クリエイトアンデッドはガルドヴェイン固有の魔法である。死体から、任意のアンデッドモンスターを作り出し、使役する魔法である。
使役の内容は、アンデッドモンスターの知的レベル次第である。ただし、アンデッドモンスターの種類は、術者のレベルによって変わってくる。術者のレベルよりも高いモンスターレベルの種族を作る場合、失敗の可能性が高くなるのだ。
馨の呪文とともに、前番頭の遺体に、新たな魂が吹き込まれた。種族はレブナント。馨のレベルならば、絶対に失敗しない種族である。
虚ろな目を開けたそれは、生前の記憶を鮮明に残したまま、馨の言葉に従順に頷いた。
「お前は、商会に戻れ。そして、繰り返し訴えるんだ。『毒殺しました』と」
命令とともに、アンデッドと化した前番頭は、ふらふらとした足取りで屋敷を後にした。
残る三体のレブナントは、その様子を見届けると、ゆっくりと馨たちの前で膝を崩した。
「これで……」
「もう、抗いません」
「私たちは、満足です」
抵抗する素振りは、もはやなかった。
が、馨はすぐにはターンアンデッドの魔法を使わない。
異変にレブナントたちが気付く。
「ああ、私たちのために泣かないでください」
「ダークプリーストなのに、お優しい方」
「どうか、子供たちの元へと」
肩を震わせ、泣いている馨に対し、レブナントたちが声を掛けた。
それは、優花と陽菜も同じ。
「私が代わりにやるわ」
「馨は無理しないで」
二人に言われると、馨は雑に涙をぬぐった。
「いいや、俺がやる。これを誰かに任せたら、一生後悔すると思うから」
そう言うと、レブナントたちを見た。
三人は頷く。
【ターンアンデッド】
馨が静かに詠唱すると、淡い聖なる光が三体を包み込んだ。悲しみに満ちていたはずのその顔が、最期には、どこか安らいだ表情に変わっていた。
三つの魂は、光とともに、静かに消えていった。
*
商会に、それは突然現れた。
「――毒殺、しました……!」
青白い肌をした前番頭のアンデッドが、ふよふよと浮きながら店内に入り込み、声を張り上げる。
「奥様の、ご命令で……あの方々を、毒殺しました……!」
店内は、瞬く間に阿鼻叫喚と化した。
「な、なんだこれは!? 死んだはずの……」
新任の番頭が、腰を抜かしながら悲鳴を上げた。
街中に、生きたアンデッドが出現したとなれば、放っておくわけにはいかない。すぐさま衛兵が駆けつけ、続いて、教会の神官たちも姿を見せた。エスタリオンに仕える者たちだった。真偽判定を得意とするその神官の一人が、アンデッドの訴える言葉に、静かに耳を傾ける。
「――嘘は、ついていないようですね」
神官の一言が、決定打となった。
衛兵は、すぐさま会頭とその妻の身柄を拘束し、厳しい取り調べを開始した。次々と明らかになる余罪。使用人への不当な扱い、複数の毒殺、証拠隠滅の数々――もはや、言い逃れのできる状況ではなかった。
大商会は、あっという間に瓦解した。
*
それから数日後。
「――あら」
冒険者ギルドの一角で、優花がふと足を止めた。
そこには、かつてあの商会で応対した、感じの悪い番頭の姿があった。だが、今は見る影もなく、みすぼらしい格好で、日雇いの仕事を求める列に並んでいる。
「あ、番頭」
馨が、小さく呟いた。前任者を心配する素振りすら見せなかった、あの冷たい態度を思い出す。
「因果、応報ってやつね」
「私たちには関係ないこと。ほっときましょう」
優花がそう言うと、二人は頷いた。
三人は、それ以上何も言わず、ただ静かにその場を後にした。
*
その夜、馨は、自分の半透明の板に、新たな数字が刻まれていることに気づいた。
――プリーストレベル6。
三体のレブナントを送った経験が、確かな力となって、彼の中に積み重なっていた。




