第29話 商会の依頼
「――アンデッド退治、か」
冒険者ギルドの掲示板を眺めながら、馨が呟いた。
「屋敷の中限定なら、私たちの実力を他人に見られる心配もないわね」
優花が、ちょうどいい依頼だと言わんばかりに頷いた。依頼主は、フェルンハイムでも名の知れた大商会の会頭。内容は、その所有する屋敷に出現する、女の姿をしたアンデッドの討伐だった。
「アンデッドっていっても、種類は不明なんだよね?」
心配そうな陽菜。依頼にはゴーストっぽいと書いてあった。ゴーストであればモンスターレベル2――モンスターレベルは看破しなければわからないので、キャラクターは資料で見た情報で弱いという知識しかない――であり、馨たちの敵ではない。
しかし、なんのスキルも無い人間の目撃情報とあっては、正確性に欠ける。陽菜が心配しているのはその点だった。
「プリーストが三人いるのよ。大丈夫でしょ」
優花はさほど心配していなかった。馨のプリーストレベルは5。陽菜が2。優花も1だが取得済み。ターンアンデッドの連打で除霊すれば勝てると考えていたのである。
三人は依頼票を持って、受付へと移動した。
そこには、いつも通りロッテがいた。
「――女のゴースト、ねえ」
受付でロッテが依頼票を確認しながら、ふと遠い目をした。
「あそこ、会頭が愛人を囲ってた屋敷ですよ。多分、その愛人の怨念でしょうね」
「愛人……」
「男なんて、体目当てでしかないくせに、心から愛してるなんて平気で嘘つくんですから」
ロッテの声に、妙な実感が滲んでいた。馨たちは、思わず顔を見合わせ、少し引き気味になった。
「……ロッテさん、何か、あったんですか」
馨が恐る恐る尋ねる。
その問いに優花と陽菜は戦慄した。
((地雷!!))
恐る恐る、ロッテの表情を確認する二人。
――そこには鬼がいた。
しかし、ロッテは我に返ったように、いつもの明るい笑顔を取り繕った。
「あら、なんでもないですよ。それより、依頼、受けます?」
「――受けます」
馨も地雷を踏んだことを一瞬で理解し、短く返答すると、それ以上何も言わなかった。
こうして、馨たちは依頼を引き受けることになった。
*
「――ロッテさん、何かあったのかな」
商会へと向かう道すがら、陽菜がぽつりと呟いた。
「気になるよな」
「詮索するのも、悪い気がするけど……」
「馨はもう少し空気を読んだ方がいいわね」
「あー、それは思った。すっごく怖かったんだからね」
「ごめん……」
二人に怒られて、反省する馨。
しかし、一言の謝罪だけで許されるはずもなく、その後、依頼主の商会につくまで、みっちりとお説教が続いたのであった。
*
商会の建物は、フェルンハイムの中心部にある、堂々とした造りだった。だが、応対に出てきた番頭の態度は、その立派な外観とは正反対だった。高慢ちきという言葉が辞書から出てきたような人物であった。
「――ああ、冒険者か。手続きはこちらだ。文字も読めぬだろうがな」
ぞんざいな口調、値踏みするような視線。とても商売人らしい愛想の良さは感じられなかった。
「依頼内容は、掲示板にあった通りだ。屋敷の場所は、こちらの地図を見ろ。文字ではなく、絵なら大丈夫だよな?」
依頼側なので、命令口調なのはわかるのだが、どうも一言一言が鼻につく。
しかし、そうした感情をなるべく表に出さないように、と気をつける三人。
「アンデッドの種類は、分かっていますか?」
馨が引きつった笑顔で訊ねると、番頭は面倒くさそうに首を振った。
「屋敷を見に行った者が、そう証言しただだ。調べるのがお前らの仕事だろう」
「では、その方は?せめて、直接話を聞いてみたいのですが」
「――帰ってきておらぬ。だから、お前らのような冒険者を雇ったのだ」
番頭の見下した目。しかし、その後に厭らしい笑みがこぼれる。
「おかげで、私が繰り上がりで番頭になった、というわけです」
途端に丁寧語となった。
そして、その口ぶりには、同僚を心配する様子など微塵も感じられなかった。
棚から牡丹餅、ペニーズ・フロム・ヘブン。
思わぬ幸運、それを自慢するとなると、態度が柔らかくなる。
気持ち悪い。それが三人の感想であった。優花は話題を変える。
「屋敷には、どういった方が住んでいたんですか?」
優花が尋ねると、番頭は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「――関係者が、住んでいただけです。詳しいことは、私も存じ上げません」
愛人、という言葉は、最後まで出てこなかった。
「それでは、現地を見てきますね」
「うむ。頼んだぞ」
*
商会を出たところで、優花が小さく息を吐いた。
「何度ぶん殴ってやろうかと思ったことか」
優花の握った拳がプルプルと震えていた。
「気持ちはわかる。そうしたなら、止めようとしなかった自信はあるよ」
「その後、ヒールをかけない自信も」
馨と陽菜も頷く。
「我慢できた私たち、偉い」
「じゃあ、解散ってことで」
「駄目よ。依頼の失敗はその後に響くから」
そんな冗談を言った後、優花が真面目な顔に戻る。
「――ギルド、ちゃんと裏取りしてたのね」
「ロッテさんが愛人のことを知ってたのは、そういうことか」
馨も、感心したように頷いた。依頼を右から左に流すだけでなく、きちんと事情を調べた上で紹介してくる――冒険者ギルドという組織の、地道な仕事ぶりが垣間見えた気がした。
番頭からは愛人という言葉は出てこなかったが、言い淀む態度から、表ざたにはしなくない関係者だったというのは想像がついた。
「――せっかくだし、近所で少し聞き込んでみましょうか」
優花の提案で、三人は商会の近隣で、それとなく話を集めることにした。
「ああ、あの商会の奥様ね。そりゃあもう、大変な嫉妬深さで有名よ」
「会頭様は会頭様で、若い娘が大層お好きでねえ。使用人にまで手をつけてるって、専らの噂だよ」
聞けば聞くほど、あまり良い話は出てこなかった。
「屋敷を見に行くか」
「そうね」
噂話に辟易した三人は、ゴーストの出る屋敷へと向かった。
*
教えられた屋敷は、静まり返っていた。長らく人の出入りがないのか、庭は荒れ、蔦が壁を這っている。
扉を開けて中に入ると、饐えたような臭気が鼻をついた。
「――これ」
陽菜が、青ざめた声を上げる。
玄関ホールの奥、男の死体が横たわっていた。既に事切れて久しいことは、一目で分かった。
「前の番頭、か……」
馨が、静かに呟いた。
その時、屋敷の奥から、ゆらりと三つの人影が現れた。
白い装束を纏った、女の姿をした存在。だが、生きた人間とは明らかに違う、青白く沈んだ肌の色をしていた。
【鑑定】
馨が意識を集中させると、頭の中に情報が浮かび上がる。
――レブナント。
【看破】
優花も、同時にスキルを発動させた。
「レベル4。三体とも」
馨たちは、静かに武器を構えた。
だが、レブナントたちは、こちらを襲ってくる素振りを見せなかった。虚ろな目が、じっと三人を見つめている。
「――聞いて、ください」
その中の一体が、掠れた声を絞り出した。
人ならざる姿でありながら、そこには、確かな理性の光が宿っていた。




