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幼馴染を守りたくてダークプリーストを選んだのに、彼女はもう寝取られていた  作者: 工程能力1.33


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第26話 調査

「――は?ドナートが、死んだ?」


 支配人室に飛び込んできた報告に、ガロンは思わず声を上げた。


「せっかくの、太い客だったのに」

「そうね。私もこの店の売り上げに協力してあげてたっていうのに。また、別の客を探さないとねえ」


 ガロン心底残念そうな声だった。それに対してヴェルミラはどこか他人事。

 ドナートは、ヴェルミラがラシェイナの神聖魔法――精力増強を、金と引き換えに施していた上客の一人だった。金払いも良く、しかも定期的に通ってくる。商売として、これほど都合のいい相手もいなかった。


「暗殺者の方も、やられちまったってさ」


 ガロンが、苦い顔で付け加えた。


「護衛についてた冒険者に、返り討ちにされたらしい」

「――護衛?」


 ヴェルミラの目が、すっと細くなった。


「その冒険者、調べて」

「ああん?そんなもの調べてどうすんだ」

「暗殺者の二人はそれなりの実力者だったでしょ。それを返り討ちにするなんて、並の実力じゃないでしょう。どこの誰か、知っておきたいの」


 ガロンは、面倒くさそうに肩をすくめたが、それ以上は逆らわなかった。


        *


「へえ、あの護衛パーティーね」


 調査を任されたのは、ジークという名の、見た目だけは整った男だった。職業は冒険者、趣味はナンパ。

 そして、それはあくまで表の顔。裏では、盗賊ギルドの情報屋として、街の噂や動向を嗅ぎ回るのが本業だった。


「あー、あれか。前に声かけた連中じゃねえか」


 以前、仲間の男が、遥たちと一緒に冒険者でナンパしようとして、失敗した相手だった。

 少し調べただけで、すぐに答えは見つかった。冒険者ギルドの受付での噂話、街角での目撃情報。断片を繋ぎ合わせれば、難しいことではなかった。


(――馨、優花、陽菜、だったか)


 ジークは頭の中でその名前を反芻した。


(にしても……あんな優男が、暗殺者二人を返り討ちにしたって? 冗談だろ。それに、冒険者になって間もねえはずだ)


 ジークの目には、馨は、女二人を連れ歩いているだけの、どこにでもいそうな若造にしか映っていなかった。優花や陽菜にしても、見た目こそ整っているものの、歴戦の風格などまるで感じられない。それに、新人冒険者で、そんな風格があるはずもない。


(まあ、まぐれか、何かの間違いだろうな。名前の出せないような誰かの手柄を譲ってもらったとかな)


 ジークは、さして重要視することもなく、その程度の結論に落ち着けた。

 ガロンから命じられたのは、護衛をした冒険者が誰なのかの確認。戦闘の内容は対象外だ。

 戦闘の内容の調査が命じられていたとしても、馨がダークプリーストで、優花がラミアなどという真実までたどり着くことは無かっただろうが。

 ちなみに、依頼者であるセシリアは、わずかばかりの金をもらって街を出て行った。だから、ジークがあの夜の事を聞くのは難しい。

 調査はここで終わった。


        *


「――で、分かったのはこれだけか」


 ジークからの報告を受け、ヴェルミラは、机の上に広げられた簡単な調書に目を通した。

 ガロンなど、元から嫌々命じられていたことなので、まったく興味を示さない。

 名前、パーティー構成、目撃された特徴。だが、それ以上の情報――彼らが本当は何者なのか、その本質に迫るものは、そこには何もなかった。


「見た目は、ただの新米冒険者風でしたけどね」


 ジークが、そう付け加える。


「――そう」


 ヴェルミラは、しばらく調書を見つめたまま、黙り込んだ。

 あの村での一件が、ふと脳裏をよぎる。ホブゴブリンを、拳の一撃で沈めたという冒険者。まさか、同一人物ではないだろうか――そんな考えが、頭の隅をかすめた。

 男女の構成は同じ。ゴブリン退治を引き受けるような新人。そんなものはいくらでもあるのだが、妙に引っかかっていた。


(――考えすぎ、かしらね)


 だが、その可能性を、完全に払拭することもできなかった。


「しばらく、気に留めておいて」


 ヴェルミラは、それだけ言うと、調書をそっと引き出しにしまい込んだ。

 この時はまだ、彼女もジークも、その名前が、後にどれほど自分たちを悩ませることになるのか、知る由もなかった。

 同時刻、馨たちの日常は、いつも通り続いていた。


        *


 そのころ、調べられているとは気づいていない馨たちは、冒険者ギルドの資料室にいた。

 資料室は、冒険者が必要な知識を提供してくれる場所である。

 もっとも、全部の情報が揃っているわけではないが。


「――今日は、こっちを読んでみましょう」


 優花が棚から引っ張り出してきたのは、革張りの分厚い書物だった。表紙には、五つの紋章が円を描くように刻まれている。

 紋章は、神を表す聖印であった。


「宗教史?」

「知識は武器だから。この世界がどんな神様に支えられてるか、知っておいて損はないわ」


 馨は椅子に腰掛けると、その本を開いた。

 書物によれば、この世界には五柱の大神がいるという。


 法と秩序を司るエスタリオン。豊穣と生命のミレーユ。知識と技巧のヴォルケイン。運命と死のネフィアル。そして――強さこそが公平であると説く、暗黒神ガルドヴェイン。


 神代の昔、この五柱の神々は、二つの勢力に別れて、大きな戦を繰り広げた。ガルドヴェインの説く「力による公平」という思想が、他の四柱の神々には受け入れがたいものだったからだ。エスタリオン、ミレーユ、ヴォルケイン、ネフィアルの四柱が結束し、ガルドヴェインと相対した。また、小神、あるいはマイナーゴッドと呼ばれる神々も、それぞれに従って戦った。

 その戦いには、神々だけでなく、エンシェントドラゴンと呼ばれる古の竜たちも参戦していたという。


「――竜まで戦ったのか」


 馨が呟くと、優花が頷いた。


「ええ。でも、ドラゴンの中にも二派あったみたい」


 邪竜と呼ばれる一派は、ガルドヴェイン側について暴れ回った。一方、通常のエンシェントドラゴンたちは、その邪竜に一方的に攻撃されたことで、やむを得ずエスタリオン陣営に加わったに過ぎなかったという。


「つまり、竜たちは別にガルドヴェインが嫌いだったわけじゃなくて……」

「巻き込まれただけ、ってことね」


 優花が苦笑した。

 結果として、五柱の神々は互いに深く傷つけ合い、いずれも肉体を失うに至った。今、この世界の神々は、声と加護のみの存在として、信仰する者たちに力を貸している。


「――この国だと、信仰の比率はこうなってるわね」


 優花が、別のページを指し示した。ラウンヴェルト王国内での信仰の統計が、簡単な図表としてまとめられていた。

 最も多いのはミレーユ。次いでヴォルケイン、エスタリオン、そしてネフィアルと続く。


「ガルドヴェインは載ってないんだな」

「当然でしょ。隠れて信仰されてるものが、統計に出るわけないもの」


 優花の声が、少し低くなった。彼女自身が、その"隠れた信仰"に片足を突っ込んでいるようなものだ。


「――エスタリオンは、意外と人気ないのね」


 陽菜が統計の数字を見て意外そうに呟いた。「遵法と平等」という、いかにも聞こえの良い教えを掲げているはずなのに。


「原理主義的な神官が多いらしいわ。杓子定規っていうか……融通が利かない人が多くて、一般の人からは、ちょっと敬遠されてるみたい」

「なるほどな」


 理念そのものは正しくとも、それを厳格に押しつけられれば、誰だって息苦しく感じるものだろう。馨は、そんな想像をした。


「ねえ、これ知ってた?」


 優花が別の項目を指し示した。「マイナーゴッドの誕生」という見出しが目に入る。


「大神とは別に、優れた功績を残した者が、死後にマイナーゴッドとして祀られることがあるんですって」

「人間が、神様になるのか?」


 その説明に、馨は目を細めた。

 人間が神になるなど、にわかには信じられなかった。


「人間だけじゃないみたい。ドワーフの伝説的な鍛冶師が、鍛冶の神として信仰されてる例もあるし、機織りの技術を極めた人間の女性が、機織りの神になった、なんて話もあるわ」

「すごいな……」


 馨は、素直に感心した。生まれではなく、生き様や功績によって神格を得られる。この世界には、そういう道も用意されているらしい。


        *


 資料の最後の方には、注意書きのような一文があった。


「――ダークプリースト以外は、信仰を偽ると神の力を失うこともある、って」


 優花が、その一文を読み上げる。


「絶対じゃないみたいだけどね。命に関わるような状況なら、大目に見てもらえることもあるって」

「ダークプリーストは、例外なのか」

「暗黒神の教えが『強さこそ正義』だから、じゃないかしら。誰に何を偽っていようと、生き延びて力を示せば、それこそが証明になる、みたいな」


 優花の言葉に、馨は妙に納得してしまった。ガルドヴェインらしい、と言えばガルドヴェインらしい理屈だった。


「――色々、勉強になったな」


 馨がそう言うと、優花は満足げに微笑んだ。


「でしょ。この世界のこと、少しずつでも知っておかないとね」


 窓の外は、いつの間にか夕暮れに染まり始めていた。三人は本を棚に戻すと、資料室を後にした。


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