第25話 返り討ち
優花の槍が、暗殺者を軽々と屠った。
「――チィ」
暗殺者の一人が、舌打ちをする。しかし、足を止めずに、屋敷へと入り込もうとしていた。
「行かせない」
馨がその進路に立ちはだかる。雲がかかり、暗視なしには相手の見えぬ闇。
【キンドル】
馨が魔法を使うと、炎が目の前に出現する。松明の代わりに使う、火属性のレベル2の魔法であった。
お互いの顔が見える。
「――エルフが、邪魔を」
暗殺者のどす黒い色をしたナイフが、影のように鋭く突き出される。だが、馨はそれを最小限の動きで受け流すと、隙のできた懐へと、迷いなく踏み込んだ。
【ゴッドフィスト】
神の拳が、暗殺者の鳩尾に深々とめり込む。声にならない呻きとともに、その体が地面へと崩れ落ちた。
「片付いた」
馨は、荒い息を整えながら、優花の方へと視線を向けた。
そちらでは、優花が、槍を引き抜いているところだった。
「終わった、か」
馨が辺りを警戒しながら呟いた。
サーチによる索敵も、新たな反応は無い。
「ええ。少なくとも、今夜は」
優花が、槍を下ろしながら頷く。
その顔には戦闘時間の短さとは不釣り合いな疲労があった。
それは、馨も同じ。いや、馨は少し震えていた。
「人間相手だと、やっぱり思うところがあるな。相手が殺そうと向かってきているから、戦っている時はそうでもなかったけど、終わって死んだ姿を見ると……」
「でも、私たちがまだ、まともな人間でいられているってことよ。ボニーアンドクライドみたいな犯罪者でもないしね」
優花はそう言うと、震える馨を優しく抱き寄せた。
「どう?落ち着く?」
「うん。もう少しこのままでいて」
星明りすらない宵闇。静かに抱き合う二人を見る者はいなかった。
しばらくして、二人は屋敷に戻った。
そこでは、陽菜に守られたセシリアが不安そうな顔で出迎えてくれた。
「あ、あの、皆様は……ご無事、ですか?」
「ええ、大丈夫です」
優花が、安心させるように微笑みかけた。
二人の暗殺者は、翌日通報で駆けつけた衛兵に引き渡された。盗賊ギルドとの繋がりが疑われるが、死んでしまっているため、その真相は永遠にわからない。
それからの四日間は、静かに過ぎていった。正妻の方も、これ以上の手出しを諦めたのか、それとも次の一手を練っているのか、目立った動きはないまま、約束の七日目を迎えた。
*
「――今日で、依頼も終わりですね」
馨がそう言うと、セシリアは少し落ち着かない様子で頷いた。
「はい……今日、旦那様が迎えに来てくださる予定です」
だが、昼を過ぎても、夕方になっても、ドナートは姿を見せなかった。
代わりに屋敷を訪れたのは、初老の男だった。ドナートの店で長く番頭を務めているという人物だった。
「――セシリア様。折り入って、お話が」
番頭の顔には、隠しきれない疲労と、複雑な色が浮かんでいた。
「旦那様は……お亡くなりになりました」
「――え?」
最初、セシリアはその言葉を理解できず、しばしの沈黙があった。
その後、セシリアの顔から、血の気が引いた。
「一体、何が……」
番頭は、重い口を開いた。
「旦那様は……セシリア様の他にも、屋敷のメイドに手をつけていらっしゃいました。その方にも、いずれ本妻に迎えると、口約束をなさっていたようで」
「そんな……まさか、その女と!死んだなんて嘘なんでしょ!!」
今度は怒り出すセシリア。
彼女は捨てられたと感じたのだ。
番頭は冷静に言葉を続ける。
「しかし、セシリア様との結婚が正式に成立するとなれば、その約束を反故にせざるを得ません。旦那様がそう告げた途端、メイドの方は逆上なさって……」
番頭は、言葉を選ぶように、一度言葉を切った。
「――旦那様を、刺し殺してしまわれました」
室内に、重い沈黙が落ちた。
セシリアは、しばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて、なんとも言えない表情で、小さく笑いを漏らした。
「――そう、ですか」
その声には、悲しみよりも、どこか乾いた諦めのようなものが滲んでいた。
馨たちは、何も言えないまま、その様子を見守るしかなかった。
(――自業自得、ってやつか)
馨は内心でそう呟いた。二股をかけ続けた挙句、自分の欲深さに刺し貫かれる。あまりにも、皮肉な末路だった。
こうして、七日間の護衛依頼は、幕を閉じた。
*
何はともあれ、依頼自体は成功し、セシリアのサインをもらって、冒険者ギルドへと戻ってきた三人。
受付にはロッテがいた。彼女に依頼を無事に終えたことと、ことのあらましを話す。
すると、ロッテの表情が明るくなった。
「軽々しく、妻と別れるから結婚しようなんていう奴は、刺されて当然なんですよ。あーあ、あいつも誰かに刺されないかなあ」
そう言いながら処理をしていくロッテに三人はドン引き。
処理が終わると早々に冒険者ギルドを出た。
宿に戻る道すがら、ロッテを思い出しながら、馨が口を開く。
「ロッテさんって、昔何があったんだろうね……」
「聞いてみたいけど、絶対に地雷よね……」
「なんとなく、想像はつくけど……」
ロッテの過去を想像する三人であった。




