第24話 愛人の屋敷
教えられた屋敷は、フェルンハイムの中でも比較的裕福な区画にあった。こぢんまりとしているが、手入れの行き届いた庭のある一軒家だった。
出迎えたのは、まだ若い女性だった。
美しいが、棘があるといえばよいだろうか。不用意に手に取れば、怪我をするようなイメージである。夜職の女性にあるような、男を破滅に向かわせるような雰囲気を纏っていた。
着ている服は、品の良い高価なものであるが、着こなせていない感じが違和感を醸し出す。
「ようこそ。セシリアと申します。この度は、護衛をお願いすることになりまして」
物腰の柔らかい笑顔だったが、その奥に、隠しきれない緊張が滲んでいるのを、馨は感じ取った。
「早速ですが、依頼の詳しい事情を伺っても?」
優花が単刀直入に切り出すと、セシリアは少し躊躇うように視線を落とした。
「ここでは人目もありますので、どうぞ中へ」
案内されて室内へと入る三人。
席に着いたところで、セシリアが口を開く。
「お恥ずかしい話なのですが――」
セシリアは、静かに語り始めた。
彼女は、この街で手広く商いを営む商人、ドナート・ヴァレンスの愛人だった。もう間もなく、七日後には、ドナートと彼の正妻との離婚が正式に成立する。そうなれば、セシリアはドナートの後妻として、正式に迎え入れられることになっていた。
「――でも、正妻の方が、それをよく思っていない、と?」
「はい……」
セシリアは、震える声で頷いた。
「風の噂で聞いたのですが……あの方は、私さえいなくなれば、旦那様が離婚を思いとどまるはずだと、そう考えているようで」
その告白に息が詰まる。
馨は思わず生唾を呑み込むが、その音が聞こえるくらい、室内が静寂としていた。
「――つまり、命を狙われてるってこと」
優花の言葉に、セシリアは青白い顔で頷いた。
「離婚の成立まで、あと七日。それまで、どうか、私の身をお守りいただけないでしょうか。離婚さえ成立してしまえば、諦めもつくことでしょう」
その必死な様子に、馨たちは顔を見合わせて頷いた。
「分かりました。お引き受けします」
馨がそう答えると、セシリアは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……!本当に、ありがとうございます」
心から安心してはいるのだが、その所作が所々、男に媚びるようであり、優花は馨が鼻の下を伸ばしていないから、ちらちらと表情をうかがった。
当の馨はそんなつもりはないのだが、
こうして、七日間の護衛依頼が始まった。
*
「浮気相手の護衛かあ」
馨がため息をつく。
屋敷の周囲を確認するため、三人は外にいた。
侵入経路の確認のためというていだが、実際にはセシリアのいないところでの会話が目的だった。
そのセシリアは屋敷の中である。通いのメイドがおり、今はそのメイドが身の回りの世話をしていた。信用できる人物だということで、警戒はしていない。
いや、サーチの魔法を使っているので、敵意、害意があれば反応するのだが、その反応が無かったので、警戒をしていないというのが正しい表現である。
ため息をついた馨の肩に、優花がポンと手を置いた。
「気持ちはわかるわよ。逆なら、不倫相手が正妻の命を狙っているっていうのなら、どんなに気が楽だったかしらね」
その言葉に、陽菜も強く頷く。
「奥さんを追い出して、愛人と再婚でしょ。許せないよ。ミレーユは、そんな愛は認めてませんから」
「そうなんだけど、断って殺されても後味が悪いしなあ」
馨は肩に置かれた優花の手に、自分の手をそっと重ねた。
「「それよねえー」」
二人が同調する。
命を狙われているのが事実であれば、この依頼を断ったことで殺されたと知った時、すごく後悔するのはわかっていた。
警察官が犯罪者であっても、命を狙われていたら守らなければならないのと似た心境である。
三人は、仕事だからと自分たちに言い聞かせ、屋敷の中へと戻った。
最初の二日は、何事もなく過ぎた。
馨たちは屋敷に泊まり込みで詰め、周辺を警戒しながら、セシリアの身の回りの世話にも付き合った。優花は植物学の知識を活かして、屋敷の庭にある植物の手入れを手伝ったりもした。
だが、三日目の夜。
事態が、ついに動いた。
「――誰か、いる」
夜半、見張りに立っていた優花が、鋭くそう呟いた。
「こちらのサーチにも引っかかった。気配、二つ。屋敷の裏手から」
馨の魔法でも、敵対反応があった。
すぐさま、寝ている陽菜を起こす。
「陽菜、敵よ」
「とうとう来たのね」
直ぐに起きると、武器を手に取る。
馨も、すぐに臨戦態勢を取った。陽菜は、緊張した面持ちで武器を構えた。
「陽菜は念のため、屋敷の中に残って。私と馨で行くから」
「わかった」
馨たちは二手に分かれ、外へと向かう。
屋敷の外では、しばらくの静寂の後、音もなく、黒装束の人影が二つ、庭先に降り立った。
月と星は雲で隠れ、彼らの存在を隠してくれた。
しかし、それが通用するのも低レベルの相手まで。
さらに、ラミアである優花には暗視という強みがあった。不眠と暗視を種族特性として保有したラミアは、夜の住人であった。
その目が侵入者を捉える。
「盗賊レベル4。雑魚ね」
優花の看破が相手の力量を見抜く。
その声に驚いた黒装束たちは、ナイフを構えた。
「気づかれたか」
一人が、抑えた声でそう呟いた。フードの下から覗く目には、隠しきれない殺気が滲んでいた。
「盗賊ギルドの、暗殺者か?」
馨が静かに問いかける。
「答える義理はない」
言葉を最後に、二人の暗殺者は、同時に動き出した。
夜の闇に紛れるように、短剣を構えた影が、二手に分かれる。
一人はセシリアの部屋がある方向へと突き進もうとする。そして、もう一人は優花へと向かった。
「――!!!」
優花が、その進路に槍を突き立てると、穂先が見事に黒装束の胸へと吸い込まれた。
即座の絶命。




