第23話 ナンパ
「――陽菜、プリーストレベル2になったんだ」
冒険者ギルドの一角で、馨がそう切り出すと、遥が興味深そうに顔を上げた。
「本当に?どうやって?」
「毎日の訓練と、仕事の成果、かな」
陽菜が、少し照れくさそうに答える。
「私たちだってそれなりに仕事はしているんだけどねえ。疑うわけじゃないけど……」
遥が眉をひそめると、優花が横から補足した。
「私が看破で確認したから、間違いないわ」
「なるほどね」
遥は納得したように頷いた。
「この前、戦士のスキルを取得したわけでしょ。そのまま戦士が伸びていくと思ったけど、戦士より先に、プリーストが上がったのね。何か理由がありそうだけど、思い当たることはある?」
「多分、普段からプリースト系のスキルを使う頻度が高いからじゃないかしら」
優花が考えながら続けた。
「戦士は陽菜にとって後から取得したスキルだし。次のレベルまで必要な経験が、プリーストにはそれまでの積み重ねたものがあった、戦士はゼロから積み重ねていかなければならなかったっていう違いかもしれない。想像だけどね」
「――正直、まだよく分からないことだらけね。せめて、経験値が可視化されてくれていればねえ」
遥が腕を組んで小さく息を吐いた。
「使えば伸びる、ってことだけは確かみたいだけど」
「今のところは、それしか言えないかな」
馨がそう答えたところで、不意に、聞き覚えのない声が割り込んできた。
「――お、随分と別嬪さん揃いじゃないか」
振り返ると、身なりの整った、いかにも自信満々といった様子の男が立っていた。ちょうど、大輝たちが護衛依頼でフェルンハイムを離れている今、この場に男は馨一人だけだった。
一見するとハーレムパーティー。ならば、ちょっかいをかけてみようという輩も出てくる。この男はそのたぐいだった。
「そんな優男連れてないでさ、俺たちと組まないか?もっと稼がせてやれるぜ」
男は、馨を一瞥すると、値踏みするように鼻で笑った。
「――戦士レベル2だけよ、この人」
優花がすかさず淡々と告げた。
「へえ」
遥がそれを聞いて即座に判断を下す。
「――なら、遠慮しとくわ」
「おいおい、何を小声で言っているんだ?遠慮なんてする必要はないぜ」
レベルという概念は、この世界の人間には無い。男も例に漏れず、優花と遥の会話の内容を理解できなかった。
「大して強くなさそうって言ったのよ」
「今の私たちでも、すぐにでも届きそうな強さだってね」
遥は冷静に男を見据えたまま続けた。
「それに、あなたがどれだけ強くても関係ない。あなたの目的、仲間探しっていうより――恋人か、娼婦の代わりでも探してる感じにしか見えないから」
その一言に、男の顔がぴくりと引きつった。だが、すぐに気を取り直したように、視線を陽菜へと移す。
「――なら、君は?一人くらい、話が分かる子がいてもいいだろ」
馨はその瞬間、心臓が急に締め付けられるのを感じた。
(――また)
大翔が、陽菜に馴れ馴れしく声をかけていた光景が、否応なく脳裏に蘇る。息が、浅くなっていく。
陽菜ならば、こんな男にはついていかないと思う反面、もし万が一という疑念が胸を締め付ける。
入試の合格発表前のような緊張感で、陽菜の口が開くのを待つ。
「馨くん」
優花がすぐに気づいて、馨の体をそっと抱き寄せた。
「――私が、いるから」
その声と体温に、馨は少しずつ、呼吸を取り戻していった。
一方、陽菜は男をまっすぐに見据えて、はっきりと言い放った。
「行くわけ、ないでしょう」
迷いのない拒絶だった。
「――ちっ。時間の無駄だったな」
男は、忌々しげに舌打ちすると、捨て台詞を残してその場を去っていった。
陽菜がしてやったりという顔で振り返ると、そこには真っ青な顔で、優花に抱えられている馨がいた。
「大丈夫?」
そう声を掛ける陽菜。
(今度はしっかり気づけた)
そう思ったが、すぐに苦しさがこみあげてくる。
(ああ、私が他の男と会話するだけでこんなに。大きな傷を負わせちゃったのね……)
自然と馨の手を握る。
「大丈夫?」
もう一度訊ねると、馨は弱々しく頷いた。
それを見ていた優花の腕に力が入る。盗られてはなるまいという気持ちがそうさせた。
が、すぐに力を緩める。
そんな光景を見た遥は、切り上げるべきだと判断。
「じゃあ、私たちは行くね。なた、何かあったら情報交換をしましょう」
と言って立ち去った。
*
「――気分転換に、依頼でも見に行きましょ」
優花の提案で、三人は依頼の掲示板へと向かった。
その中に、新しく貼り出されたばかりの依頼書があった。
「――護衛依頼、期間は七日間か」
馨が内容を読み上げる。
「依頼主は……若い女性?」
「フェルンハイムにある屋敷にいて、その期間中は外に出ない予定、だって」
優花が付け加えた。
「報酬も、悪くないわね」
屋敷から一歩も出ないというのなら、危険もそう大きくはないはずだ。それでいて、報酬は水準以上だった。
「――受けてみるか」
「うん」
三人は顔を見合わせて頷くと、その依頼書を手に、受付へと向かった。
「護衛依頼、承りますね」
ロッテが手早く手続きを進めていく。
「依頼者様のお屋敷は、こちらです」
地図を受け取った三人は、教えられた道筋を辿り、フェルンハイムの一角にある、その屋敷へと足を向けた。




