第22話 オーク
「――少し、奥まで来すぎたかしら」
アイアンタスクボアを追って森を進むうち、優花がふと足を止めた。見慣れない木々の並びに、いつもの採取エリアとは違う空気を感じたらしい。
陽菜は浮かない顔をしながら、二人の後をついてきていた。
陽菜の覗き見以来、彼女の表情はかたい。優花もそれをわかっていたので、気分を変えるために、森の奥へと進んでいたのだ。
もっとも、馨のサーチの魔法があるので、いきなり危険に晒されるということはないのだが。
「戻った方がいいか?」
馨が尋ねたその時、サーチの魔法に反応があった。
「新しいのが引っかかった。なんだろうな?」
「強敵?」
「そんなことはない。一体だけだし、俺たちよりも弱い」
「じゃあ、行ってみましょう」
優花はさらに奥へと進んでいく。
そうすると、茂みの奥から、重い足音が響いてきた。
現れたのは、豚のような顔立ちをした、二足歩行の魔物だった。丸々とした体つきに、思いのほか筋肉質な太い腕。
「――オークね」
優花が槍を構えながら呟く。
「【看破】の結果はモンスターレベル3。魔石も持ってるし、肉も豚肉みたいで美味しいのよ」
「美味しい、って……」
陽菜は引きつった顔をする。
豚のような顔立ちではあるが、手足に蹄は無く、指となっている。当然全裸であり、暗がりならば変質者かと間違いそうなものである。
陽菜の態度もむべなるかな。
「陽菜」
優花は、緊張感のない口調で軽く言うと、陽菜の方を見た。
「一人でやってみて」
「――え、私?」
「戦士レベル1になったんだし、ちょうどいい相手よ。私たちは、危なくなったら助けるから」
陽菜は、少し息を呑んでから、頷いた。
「――やる」
剣を構え、陽菜はオークへと踏み込んだ。
鉄壁を発動させ、オークの太い腕が振り下ろされる一撃を、正面から受け止める。衝撃はあったが、以前のように一撃で崩れ落ちることはなかった。
「――っ!」
その勢いのまま、陽菜は剣をオークの体に叩き込む。だが、刃は表面の脂肪に阻まれ、浅い傷しか刻めなかった。
「効いてない……!」
オークの分厚い皮膚と脂肪に、戦士レベル1の攻撃力では、まるで通用しなかった。
【ゴッドフィスト】
陽菜は剣を捨てる代わりに、神の拳で攻撃した。何度も、何度も。オークが怯むたびに、休まず連打を続ける。
剣による攻撃とは違い、オークの体にじわじわとダメージが蓄積していく。だが、それも長くは続かなかった。
「あ……」
連打の途中、陽菜の膝が、不意にがくりと落ちた。魔法を連打したせいで、精神力が底を突いたのだ。
「陽菜、下がって!」
馨がすぐさま前に出た。手負いのオークが、最後の力を振り絞るように、大きく腕を振り上げる。
馨はその一撃を紙一重で避けると、抜いた剣を一閃させた。
斬撃が、オークの首元を確実に捉える。
銀蛇の如き残像が、左から右へと軌跡を描くと、それを追うように、赤い血が飛び散る。
巨体が大きく揺らいだのち、地面に崩れ落ちた。
「――終わった、な」
馨が剣を鞘に収めながら息を吐く。
「陽菜、大丈夫か?」
「うん……ありがとう」
陽菜は精神力を使い果たした疲労感の中、それでも小さく笑った。悔しさよりも、少しの達成感の方が大きかった。
(――あれ?)
その時、陽菜は自分の体が、なにか温かいものに包まれるような感覚があった。
そして、ステータスを確認しなければという直感。
自分にしか見えない、半透明の板。そこに書かれていたのは……
――プリーストレベル2。
「――!」
思わず声を上げそうになったが、陽菜はそれを飲み込んだ。
(今のは、私だけの……)
オークとの戦闘で、直接的な戦闘技能を使ったわけではない。ゴッドフィストの連打。戦士としての戦い方ではなく、プリーストとしての戦い方だった。それが、プリーストとしての成長に繋がったのかもしれない。
そんな気がした。
「どう……した?」
馨が恐る恐る声を掛ける。
助けに入る時は余計なことを考えなかったが、普段はどうしてもおっかなびっくりになってしまう。
優花との仲良し行為を覗かれ、その後、優花との話し合いが終わって、部屋から泣きながら出てきた陽菜を見てからというもの、気まずさが天まで届く勢いで溜まっていた。
それは、恋人に不貞行為を見られたという後ろめたさではなく、家族にそうした行為を見られたような気まずさのようなものだった。
陽菜が泣いていた理由を、当人たちが教えてくれない。だから馨は、仲良しの内容を巡って言い合いになり、それで陽菜が泣いてしまったのだと思い込んでいた。まさか、自分が傷ついたことに気が付いていないことを指摘され、泣いていたのだとは想像もつかない馨。
そんな彼のせいで、陽菜もまた、勘違いをしており、馨が嫌々ながらも、自分をパーティーに入れてくれており、だから余所余所しいのだ。好意を勘違いしてはならないと、心に壁を作ってしまっているのが今。
「プリーストがレベル2になったの」
「え、本当?」
「本当みたいね」
看破を使った優花が肯定する。
「私たちも、うかうかしていると陽菜に抜かれるわね」
「そうは言ってもなあ。レベルは上がれば上がるほど、上がりにくくなっていくから」
「それなら、もう少し強い相手と戦う?その方が経験をつめるでしょ」
「危なくないか?」
「私たちが協力すれば大丈夫」
二人の会話を聞いて、胸がチクリと痛む陽菜。
馨の態度が、明らかに自分とは違う。
それでも――
(――もう少し頑張ろう。私も、力になれるかもしれない)
小さな変化だったが、陽菜の胸の中には、確かな手応えが残っていた。




