第21話 溝
「――それで、陽菜に助けてもらったの」
明日香が、事の顛末を話し終えると、部屋の空気が少しの間、気まずく静まり返った。
日雇いで稼いだ分、雑魚寝よりは幾分ましな相部屋。山口さくら、清水七海、池田莉子の三人が、それぞれの寝台に腰掛けたまま、明日香の話を聞いていた。
「あの、松本さんが?」
最初に口を開いたのは、さくらだった。その声には、素直な驚きよりも、どこか刺々しい響きが混じっていた。
「ふうん。木村さんと藤田くんと、パーティー組んでるんだっけ」
「うん……交渉で、うまく片付けてくれて」
明日香はもっと明るい話として伝えるつもりだったが、どうも雲行きは怪しくなっていた。
「――ずるいよね」
七海が、ぽつりと呟いた。
「男を乗り換えて、自分だけさっさといい暮らしになって」
「そうそう。私たちがこんな相部屋でひいひい言ってる間に、いい思いしてるってわけでしょ」
莉子も、同調するように頷いた。
明日香は内心で、それに頷けなかった。陽菜は、損得抜きで自分を助けてくれた。あの時の必死な顔を、忘れられるはずがない。
「クラスの女子はみんな佐藤くん狙いだったのに、自分だけ抜け駆けしてずるいよね」
「そうそう。協定みたいなもんがあったじゃない」
そんなものはどこにもないのだが、どうしても陽菜を悪者にしたいさくらたちは、あることないことを口に出す。
実際には、大翔が陽菜に告白して付き合いが始まっていたのだが、彼女たちの中では、陽菜が告白したことになっていた。
彼女たちの置かれた過酷な状況がルサンチマンを生んだ。
だが、やり玉にあげられている陽菜も、同時刻に優花にけちょんけちょんにされてへこんでいた。こちらに転移してきて、異常な興奮状態にあり、馨の心境など気にもしていなかったことを指摘され、尚且つ、それでもまた受け入れてくれた馨のことを思うと、涙が止まらなかったのである。
まあ、そんなことを知る由もない彼女たちの悪口は、深夜のファミレスの女子会のごとく、虚実入り乱れて続くのであったが。
そんな会話を聞き続ける明日香は複雑な心境であった。
(――でも)
ここで反論すれば、この空気の中で、自分だけ浮いてしまう。ただでさえ、細い繋がりで保たれている今の関係が、崩れてしまうかもしれない。
相部屋の四人は、異世界という荒波を乗り切る仲間である。相部屋は乗り合わせた船。そこで孤立するわけにはいかなかった。
だから、明日香は結局、何も言わなかった。同調しなかったのが、せめてもの良心であった。
「――ねえ、私たちも、頼んでみようかな。パーティーに入れてもらうの」
さくらが、ふと思いついたように言った。
「藤田くんたち、稼いでるんでしょ?一緒にいれば、私たちも個室の宿にうつれるんじゃない。だったら――」
そこまで言いかけて、さくらの声が、不意に止まった。
誰の脳裏にも、同じ光景が浮かんだのだろう。木々の間から降り注いだ、あの半透明の塊。取り込まれていった、仲間たちの悲鳴。
助けることが出来ず、ただ、逃げるだけだった。
「……やめとこう」
莉子が、震える声でそう言った。
「また、あんな思いをするのは、嫌」
「――そうだね」
七海も、俯いたまま同意した。
冒険に出る、という選択肢そのものが、今の彼女たちには、恐怖と隣り合わせだった。稼ぎの少なさへの不満はあっても、それを埋めるために、再び戦いの場に立つ勇気は、誰の中にも残っていなかった。
結局、その話はそれきり立ち消えになった。
だが、陽菜への複雑な感情だけは、消えないまま、部屋の空気に薄く漂い続けていた。
明日香は、その夜、寝台の中で一人、考えていた。
(陽菜、大丈夫かな)
あの日感じた感謝の気持ちを、誰にも言えないまま、明日香は静かに目を閉じた。




