第19話 通じている目
「――よっしゃあ!」
大翔は、卓上に積み上がったチップを見て、思わず声を上げた。
盗賊ギルドが裏で回している賭場、その片隅。今夜は、珍しく神がかったツキが回ってきていた。手持ちの有り金を張ったサイコロ勝負が、面白いように当たり続けている。
(今夜は、いい夜になりそうだな)
このまま勝ち逃げして、あの気になっていた娼館に繰り出すか。頭の中で、既に段取りを組み立て始めていた。
だが、その皮算用は、長くは続かなかった。
「――衛兵だ!衛兵が来たぞ!」
叫び声とともに、店の入り口が乱暴に打ち破られた。鎧を纏った衛兵たちが、次々となだれ込んでくる。
「動くな!全員、その場に――」
「うわあああ!」
店内は、一瞬で阿鼻叫喚と化した。客も、ディーラーも、我先にと逃げ惑う。
「く、くそっ……!」
大翔も、慌てて立ち上がった。積み上がったチップに一瞬未練が湧いたが、それを回収している時間などなかった。
「捕まってたまるかよ!!」
身体強化を使い、窓を蹴破ると、大翔は裏路地へと転がり出た。追ってくる衛兵の声を背中に聞きながら、無我夢中で入り組んだ路地を駆け抜ける。
何度も角を曲がり、息が切れる頃には、ようやく追手の気配も遠のいていた。
「――はあ、はあ……」
物陰にへたり込みながら、大翔は荒い息を整える。
「くそ、危なかった……」
命拾いした安堵に、大翔はしばらく動けずにいた。
だが、ふと冷静になった頭に、一つの事実が浮かび上がってくる。
(――あの、チップ)
卓上に積み上がっていた、あの大量のチップ。回収せずに逃げてきてしまった。
「あ……」
大翔は、自分の懐を探った。手元に残っているのは、賭場に入る前に持っていた、わずかな端金だけだった。
「――マジかよ」
珍しく訪れた大勝ちは、結局、掛け金ごと賭場に置き去りになった。
差し引きすれば、見事な赤字だった。
「くっそおおおおお!!」
誰もいない裏路地に、大翔の悲痛な叫びが、虚しくこだました。
*
「――賭場の件、片付いた」
支配人室で、ガロンが億劫そうに報告した。
報告相手はヴェルミラである。ヴェルミラはこの娼館で、秘密裏に製造した媚薬の効果を確認していた。
ガロンとしては、一刻も早くいなくなって欲しい相手だったが、そうも言えずに心の中で願うだけであった。
賭場の件というのは、前回明日香を狙った二人の逮捕から発覚し、摘発された賭場のことである。
「捕まった二人と、あの店主の自白で、賭場そのものが割れちまった。まあ、想定の範囲内だ」
「娼婦の調達をやっていたのは、あの二人だけってことで片付いたの?」
ヴェルミラが、机に頬杖をつきながら尋ねる。
「そこは上手くやった」
ガロンは、にやりと笑った。
「あの二人は、女衒みたいな真似をして、勝手に一儲けしようとしてただけだって話にしてある。娼館とは無関係、ってな」
「――なるほど」
「衛兵の中にも、こっちの息がかかった奴がいるからな。その筋から流れてくる情報は、確かだ」
ガロンは余裕たっぷりに肩をすくめた。
盗賊ギルドは、当然各所に賄賂をばら撒いていた。役人や衛兵は、一度受け取ってしまえば、後は抜け出せなくなる。なにせ、渡したことをばらすぞと脅せば、彼らは失職を恐れていうことをきくようになる。
平身低頭で近づき、相手の油断したところでいっきに喰らう。盗賊ギルドの常とう手段だった。
「多少の駒は失ったが、こっちの本体には傷一つついちゃいねえよ。しかし、狙った女に冒険者の知り合いがいて、反撃されるとはな」
ヴェルミラは、それを聞きながら、静かに目を細めた。
「運が悪いわね」
「あ?」
「最近のことを振り返っていたのよ」
ヴェルミラは、それ以上は何も言わず、視線を窓の外へと向けた。
あの村の一件といい、今回の件といい――この街には、想定していなかった"何か"が動いている気配がある。それが何なのか、まだ姿形は見えない。ましてやそれが、同じ冒険者によるものだとは、思いもよらなかった。
だが、遠からず、正体を突き止めることになるだろう。ヴェルミラは、そんな予感を胸の奥にしまいながら、静かに変身の魔法を纏い直した。




