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幼馴染を守りたくてダークプリーストを選んだのに、彼女はもう寝取られていた  作者: 工程能力1.33


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第18話 食堂の裏で

「おはようございます」


 橋本明日香は、いつも通りの時間に食堂の裏口をくぐった。フェルンハイムに来てから始めた、この店での日雇い仕事にも、ようやく慣れてきたところだった。

 エプロンを身に着け、厨房に顔を出そうとしたところで、明日香はふと足を止めた。

 店の奥、事務室代わりの小部屋から、押し殺した声が漏れ聞こえてくる。


「――だから、待ってくれと言ってるんだ」


 店主の声だった。いつもの朗らかさとは似ても似つかない、追い詰められたような響き。


「待てと言われて、はいそうですかとはいかねえんですよ、旦那」


 もう一人の声は、明日香の知らない男のものだった。ねっとりとした、耳障りな口調。

 この男、実は盗賊ギルドが運営する賭場の付け馬だった。


「賭場の借金、利子だけで首が回らなくなってきてるでしょう。このままだと、店を差し押さえることになりますが」

「そんな……もう少し、もう少しだけ待ってくれれば」


 明日香は、扉の隙間からそっと中を覗き込んだ。店主が、顔面蒼白で頭を下げている。対する男は、にやにやと笑いながら、店主を見下ろしていた。


(何、これ……)


 息を潜めていると、男の視線が、ふと厨房の方――ちょうど明日香が立っている方向へと向いた。


「――そういえば」


 男は、値踏みするような目で、こちらを一瞥した。


「あそこの日雇いの子、なかなか可愛いじゃないですか」

「……は?」

「旦那。ちょうどいい話があるんですよ」


 男は、下卑た笑みを浮かべながら、声を潜めた。


「あの子を、うちの方で"面倒見てやる"ってのはどうです?そうすれば、借金、棒引きにしてもいいって話、上から聞いてるんですがね」

「棒引き……本当か!!」


 店主の目に、一瞬、縋るような光が浮かんだ。だが、すぐに我に返ったように首を振る。


「い、いや、それは……」

「別に、今すぐ返事しろとは言いませんよ」


 男は、余裕たっぷりに肩をすくめた。


「ただ、考えといてください。旦那が首を縦に振ってくれれば、こっちも無理な取り立てはしなくて済む。お互い、楽になれる話だと思いますがね」


 男はそう言い残すと、笑いながら店を出ていった。

 残された店主は、しばらくその場に立ち尽くしたまま、動かなかった。

 扉の隙間から、その様子を見ていた明日香は、まだ何が起きているのか、正確には理解できていなかった。

 ただ、店主が自分を見る目に、これまでとは違う、後ろめたいような色が滲んでいることにだけは、なんとなく気づいていた。


        *


 異変が起きたのは、その日の昼時だった。

 店が最も混み合う時間帯、明日香は両手に料理を乗せた盆を運んでいた。


 ――と、その足元に、誰かの足が、すっと差し出された。


「あっ――」


 躱す間もなく、明日香の体は大きく前のめりに傾いだ。盆の上の料理が宙を舞い、そのまま、近くの席に座っていた一人の客の上へと降り注ぐ。


「――は? な、なんだこれは!?」


 声を荒げたのは、身なりの良い服を着た男だった。スープと肉汁が、丁寧に仕立てられたはずの上着に、無残に染み込んでいく。


「も、申し訳ございません……!」


 明日香は、真っ青になって頭を下げた。だが、足を引っかけたはずの人物――先ほど事務室にいた、あの付け馬の男は、素知らぬ顔でそそくさと店の奥へと姿を消していた。


「これ、特注品なんですよ。分かってるんですか!」


 男は、わざとらしいほど大げさに、被害を訴え続けた。店主が慌てて駆けつけ、平謝りに謝罪する。


「も、申し訳ございません、すぐに弁償させていただきますので……!」

「弁償? 当然でしょうね。それと、その制服も、こちらの落ち度で汚したわけですから、店の方で弁償してもらわないと」

「この娘がお支払いいたします」


 思いがけない一言に、明日香は耳を疑った。


「え……」

「契約書、読んでないのか?お客様の服などを汚したら、弁償するっていう項目があったはずだが。それに、店の制服も。貸与しているのだから、当然弁償だ」


 その通りだった。契約を交わした時、確かにそんな条項があった。だが、それは自分の不注意で汚した場合の話だと、明日香は思い込んでいた。


「わ、私、わざとじゃ……足を、引っかけられて」

「言い訳は結構だ。とにかく、客の服と、制服と――両方の弁償、してもらうからな」

「じゃあ、私の服の代金はこちらで」


 男が突きつけてきた金額は、明日香の日雇いの稼ぎでは、到底追いつかないものだった。

 店主は、何も言えないまま、ただ俯いていた。助けようとする素振りすら、見せなかった。


「そんな!無理です!」


 明日香は震える足でエプロンを外すと、そのまま店を飛び出した。


        *


 涙で前がよく見えないまま、明日香は当てもなく走り続けた。


「――きゃっ」


 通りの角で、誰かに勢いよくぶつかる。


「ご、ごめんなさ――」

「明日香ちゃん?」


 顔を上げると、そこにいたのは陽菜だった。ちょうど、依頼の帰り道で、馨たちも一緒だった。


「どうしたの、そんなに泣いて」


 陽菜の問いに、明日香は堰を切ったように、これまでの経緯を話し始めた。付け馬の存在、店主の借金、そして、法外な弁償金のことを。

 話を聞き終えた陽菜の表情が、次第に険しくなっていった。


「――それ、絶対おかしい」


 陽菜は、明日香の手をしっかりと握った。


「一緒に、お店に戻ろう」

「でも……」

「まかせて。私、【交渉】のスキルを持っているの。相手を論破するのは得意だから。それに、心強い用心棒もいるしね」


 そう言って、馨と優花を見た。

 見られた二人は首肯する。

 こうして、明日香は説得され、店に戻ることになった。


        *


 店に戻った陽菜は、まっすぐに店主のもとへと向かった。

 その場には、店主、付け馬、被害者の客がいた。店主が謝罪している様子はなく、付け馬と客の距離は近かった。

 陽菜が明日香から聞いていたのとは、少し違った雰囲気である。


「あれ?私に足をかけた客が一緒に?」


 明日香の疑問が陽菜の耳に届く。疑念が確信に近づいた。

 陽菜はさながら舞台女優のように、自分の胸に左手を当て、右手は手のひらを上にして、前に突き出した。


「弁償金、私たちが肩代わりします」


 その申し出に、店主は驚いたように顔を上げた。だが、喜びよりも先に、動揺の色が浮かんだ。


「い、いや……それは、その……本人の誠意、というものも、必要でしょうし……」

「誠意?」


 陽菜は、店主の言葉を静かに繰り返すと、視線を、まだ居座っていたあの"被害者"の男へと向けた。


「――それ、本当ですか?お金さえ払えば、それで解決する話ではないと」


 客は一瞬、言葉に詰まった。反射的に、店主の方を睨みつける。

 その視線のやり取りだけで、陽菜には十分だった。


(――繋がってる)


「それに」


 陽菜は、努めて冷静な声で続けた。


「これは明日香から冒険者ギルドを通した依頼として、正式に処理させてもらいます。もし不足があれば、最終的にはギルドが立て替えることになりますから」


 その一言に、付け馬の顔色が変わった。


「――ふざけるな」


 男が低く唸るように呟いた。


「ここまで、してやったのによ……!」


 付け馬の手が、懐に伸びる。

 鈍い光を放つナイフが、抜き放たれた。それに呼応するように、"被害者"を装っていたもう一人の男も、同じように刃を構える。


「陽菜、下がって!」


 馨が素早く陽菜の前に立ちはだかった。優花も既に動いていた。

 迫る優花にナイフで攻撃する付け馬。

 だが、それも一瞬のことだった。


【ゴッドフィスト】


 馨の魔法が、迫ってきた付け馬を一撃であっさりと倒した。

 さらに、優花の拳が、もう一人の男の腕を打ち、ナイフを弾き飛ばした。

 二人とも、盗賊レベル3程度の実力だった。馨たちの相手には、到底なりえなかった。


「――先に刃物を抜いたのは、そっちですよね」


 優花が地面に崩れ落ちた二人を見下ろしながら、冷静に言い放った。


        *


 衛兵に突き出された二人からは、この一件だけでなく、他にもいくつもの余罪が見つかった。恐喝、詐欺まがいの取り立て、盗品の売買――積み重なった罪状に、フェルンハイムから相応の報奨金が支払われることになった。

 店主は、震えながら何度も頭を下げていたが、違法な賭場に出入りしていたことが発覚し、さらに、男らと共謀して、明日香を娼館に売り払おうとしたことで、罪を償うこととなった。


 全てが明らかになり、その報告のため、馨たちは明日香のもとを訪れていた。


「――ありがとう、陽菜。それに、皆さんも」

「気にしないで」


 陽菜は小さく笑った。


「明日香ちゃんが、無事でよかった」


 その言葉には、これまでの陽菜からは感じられなかった、確かな芯の強さが滲んでいた。


「また、仕事先探さないとなあ。折角慣れたのに。陽菜は凄いね。あんなことがあったのに、冒険者を続けているんだから」


 あんなこととは、スライムの一件である。

 今回のようなことがあっても、明日香は日雇いをやめて、冒険者に戻るつもりは無かった。


「支えてくれる人がいるから」

「羨ましい限りね。あーあ、私にもいい人現れないかなあ」


 二人のそんな会話を聞きながら、死角から優花は馨の服を軽く引っ張ったのだった。


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