第16話 写本と著作権
フェルンハイムの北側に広がる森で、遥、真央、千尋の三人は、いつも通りの採取作業に精を出していた。
「松本さん、新しいスキル取ったんだよね」
薬草を摘みながら、真央がぽつりと切り出した。
「戦士のスキル、後付けで取ったって話よね。聞いたわ。訓練していたらいつの間にか取れていたって」
「私たちも、のんびりしてられないわね」
遥が、手を止めずに応じた。まだ、誰の力もこの世界の基準では駆け出しの域を出ない、初期値のレベルのままだった。それでも、初心者じゃないだけ恵まれている。ゼロからスキルを身に着けるとなると、日本でもかなりの時間を要することであり、それはここでも一緒。だが、着実に力をつけている優花たちの話を聞くたびに、焦りにも似た感情が湧いてくる。
「広く浅く、色々取っておくのが、今のところの方針よね」
千尋が、周囲を警戒しながら言った。戦士でも魔法でも、どんな場面にもある程度対応できるように――それが、三人で決めた当面の目標だった。
回復役は全員が目標。今は遥だけしか回復魔法を使えないが、もし、遥が気絶するような場面があったら、誰も回復させることが出来なくなってしまう。それを防ぐためにも、全員がプリーストのスキルを持とう。罠の発見や、敵の感知も同様だ。一人しか出来ないというのはリスクが高い。
「――そういえば」
遥がふと思いついたように口を開いた。
「私、ヴォルケイン様の加護で完全記憶が使えるでしょう。あれを使えば、写本の仕事もできるんじゃないかしら」
「写本?」
「この世界、本って印刷技術がないから、恐ろしく高いのよ。手で書き写す写本の仕事、結構な稼ぎになるらしいわ」
千尋が興味深そうに目を輝かせた。
「じゃあ、本屋で立ち読みして、内容を記憶して、それを写本すればいいってこと?」
「――それ、著作権的にどうなの?」
真央が、思わず眉をひそめた。
「――著作権?」
千尋が首を傾げる。
「この世界に、そんな概念、ありそうにないけどね」
地球上でも著作権という概念が生まれたのは、印刷技術が出現したことと、一般大衆の識字率が上昇したのに伴ってである。本を手書きで作っている社会では、本を複製するコストが高額すぎて、制限をかけるほどのものでもないので、著作権で知的財産を守るという必要が薄いのだ。
フェルンハイムがまさしくそれである。なので、著作権という概念は無かった。
「まあ、それもそうか……」
真央も納得半分、釈然としない様子で頷いた。
三人がそんな話をしていた、その時だった。
「――あ」
千尋が、茂みの奥に何かを見つけて足を止めた。
するすると這い出てきたのは、細長い蛇だった。灰褐色の体に、黒い縞模様が走っている。
「蛇……」
陽菜たちのように毒々しい魔物とは違う、どこか見覚えのある姿だった。
「グラススネークね。毒はないはずよ。一匹だけなら、今の私たちでも問題なく倒せるわ」
遥が鑑定を使いながら告げた。
彼女の使った鑑定は、馨が持っているスキルではなく、ヴォルケイン信者固有の魔法である。なので、取得にキャラクターポイントを使ってはいない。そして、看破のように対象の強さを見ることも出来る。
「アオダイショウみたいな見た目ね」
千尋が少しほっとしたように言った。
「それと、肉が美味しいらしいわよ」
遥が鑑定結果を読み上げながら付け加える。
「売る?」
「――ううん、自分たちで食べましょう」
真央が、あっさりと答えた。
「私も、賛成」
千尋も頷く。異論を挟む者は、誰もいなかった。
「――ちょっと前の日本じゃ、蛇を食べるなんて、考えられなかったわよね」
遥が、くすりと笑いながら言った。
「本当にね。でも、こっちに来てから、食への抵抗感、大分薄れた気がするわ」
真央も、苦笑しながら同意した。
「エルフって肉を食べるイメージがないんだけど」
千尋がちらりと真央を見た。
「この世界に元からいるエルフは知らないけど、私は肉も食べたくなるわよ。前世が関係しているのかしらね」
「――さ、逃げられる前に」
「そうね。無駄話をしている場合じゃなかった」
遥が素早く得物を構えた。
三人は顔を見合わせると、今晩のごちそうを求めて、蛇へと向かっていった。




