第11話 みぞおちの一撃
「陽菜、スキル見せてくれる?」
宿の一室、優花がそう切り出した。陽菜は少し戸惑いながらも、頷いた。
優花は陽菜に向かって【看破】のスキルを使用した。
看破は相手のスキルレベルがわかるスキルである。【鑑定】はスキルレベルはわからず、種族、種類がわかるスキルだ。鑑定でも強い弱いはわかるのだが、それは自分と比べてではない。一般論として強いか弱いかとなる。
どちらも成功しなければ、結果がわからないのは一緒であり、高レベル相手では失敗することの方が多い。
「プリーストレベル1、信仰はミレーユ……あとは、調理、裁縫、ハウスキーパー、計算、交渉、鉄壁――」
優花はその一覧を眺めながら、鉄壁の項目で目を止めた。
「鉄壁、いいわね。ダメージ軽減系」
「これくらいしか、戦えそうなのがなくて……」
「――でも、後付けで冒険者スキルが取れるなら、鍛えれば戦士も取れるんじゃない?」
優花の言葉に、陽菜が顔を上げる。
「本当に?」
「試してみる価値はあると思う。採取のノルマを終えたら、時間を使って訓練しましょう」
「……うん、やる」
陽菜は、迷いなく頷いた。
「馨はどんなスキルを持っているの?」
陽菜が、隣に座る馨へと視線を向けた。
馨は、少し息を詰めた。
(言うか、言わないか)
迷いは、そう長くは続かなかった。陽菜を信じたい。この先、一緒にやっていくのなら、隠したままではいられない。
馨は優花を見た。優花は、それだけで何を聞かれているか分かったように、小さく頷く。
「馨くんの判断なら、私は止めない」
「――俺、ダークプリーストなんだ」
馨は、静かに切り出した。
「暗黒神ガルドヴェインを信仰してる。バレたら、多分、今みたいには一緒にいられなくなる」
「――え」
陽菜の目が、大きく見開かれた。しばらく、言葉を失ったように黙り込む。
だが、それも一瞬だった。
「――逃げるなら、一緒に逃げるから」
迷いのない返事だった。
その言葉に、優花の目が、一瞬だけ鋭く陽菜を捉えた。何かを見定めるような、険しい光。
だが、それもすぐに消え、優花はいつもの調子を取り戻していた。
「私は戦士よ」
優花は、それだけ告げた。他のことは、何も明かさなかった。看破を持たない陽菜には、それ以上の真実を見抜く手段がない。
*
その日も、三人は同じ森へと向かった。ギルドに寄れば、また面倒に巻き込まれかねない。常設の採取依頼だけで、当面は十分だった。
(ちなみに、北の方角にある別の森では、小林大輝たちのグループが、同じように薬草採取に汗を流していた。だが、そちらの様子は、この場の三人には知る由もない)
薬草を摘む合間に、茂みからアルミラージが飛び出してきた。
「――ゴッドフィスト!」
陽菜が、慌てて拳を突き出す。淡い光を纏った一撃は、確かにアルミラージを怯ませたが、仕留めるには至らなかった。
「甘い」
優花が横から槍を一突きし、動きを止めていたアルミラージを片付ける。
「これで、今日のノルマは達成ね」
優花は満足げに頷くと、槍を地面に立てかけた。
「――さあ、訓練の時間よ」
「え、今から?」
「陽菜、武器は何かないの? なければ、それ使って」
優花が指したのは、落ちていた太めの木の枝だった。陽菜は仕方なく、それを拾い上げる。
「盾は貸すわ」
優花は自分のスモールシールドを外し、陽菜に持たせた。
「じゃあ、構えて」
陽菜が慣れない様子で盾を構えた、その直後だった。
優花の足が、鋭く跳ねた。
「――ぐっ!」
陽菜のみぞおちに、蹴りが深々と沈み込む。陽菜は声も出せずに、その場に崩れ落ちた。
「陽菜っ!」
馨が、思わずヒールの詠唱を始めようとする。
「駄目」
優花が、それを制した。
「自分でかけさせて」
「でも――」
「自分でやらせないと、意味がないの」
優花の声には、有無を言わせない硬さがあった。
悶絶しながらも、陽菜は震える手で、涙を滲ませながら優花を見上げた。
「な、なんで……こんなこと……」
「――ここは、優しい世界じゃないから」
優花の声は、冷静そのものだった。
「弱ければ、簡単に死ぬ。あのスライムの時みたいに」
その一言に、陽菜の表情が変わった。
あの日の光景が、否応なく脳裏に浮かぶ。武器が溶け、仲間が飲み込まれ、大翔が振り返らずに逃げていった、あの絶望。
馨と優花もあとからスライムの惨劇を聞いて、気を引き締めていた。
「――っ」
陽菜は、涙を拭うと、震える手で自分にヒールをかけた。淡い光が、じんわりと痛みを和らげていく。
「もう一回」
優花の指示に、陽菜は真剣な眼差しで頷いた。
もう一度、蹴りを受け、また自分でヒールをかける。それを、四回繰り返したところで――
「――う……」
最後のヒールを唱え終えた瞬間、陽菜の体から、ふっと力が抜けた。そのまま、糸が切れたように倒れ込む。
「陽菜!」
馨が青ざめて駆け寄る。
「大丈夫、精神力が尽きただけよ」
優花は落ち着いた声で言った。
「トランスファーで、すぐ目を覚ますから」
優花は倒れた陽菜の傍にしゃがみ込み、自分の精神力を分け与える魔法を紡いだ。ほどなく、陽菜の呼吸が穏やかになる。
「――やりすぎだろ」
馨が、抑えた声で優花に言った。
「手を抜いたら、この子が危ないのよ」
優花は、まっすぐに馨を見返した。
「私たちと一緒に来るなら、これくらいじゃないと。甘やかしてる余裕、私たちにはないでしょ」
その言葉に、馨は口を噤んだ。反論できる材料は、なかった。
(――嫉妬も、少しあったな)
優花は、心の中だけで、そっと呟いた。陽菜が馨の傍にいることへの、消えない苛立ち。それを、正しさの言葉に隠して、少しだけ、多めに蹴りを入れてしまったかもしれない。
優花は、その自覚を、誰にも言わないまま、静かに胸の奥に押し込めた。




