第10話 個室と相部屋
三人が次に泊まったのは、これまでよりいくらか上等な宿だった。稼ぎに余裕ができたこともあり、部屋割りも少し変わった。
「馨くんとは同じ部屋、松本さんは個室ね」
優花が、当然のようにそう告げる。陽菜は怪訝そうに眉を寄せた。
「……ちょっと待って。木村さんと私、女同士なんだから、一緒の部屋でよくない?」
「え、なんで?」
優花は不思議そうに首を傾げてみせた。
「私、馨くんと仲良しだもの」
「仲良し……?」
陽菜には、その言葉の本当の意味までは分からなかった。だが、含みのある言い方に、何か引っかかるものは感じたらしい。
それでも、陽菜は諦めなかった。
「馨、今夜は私の部屋に来ない? 積もる話も、あるでしょ」
「――え」
馨が言葉に詰まる。陽菜が優花の吸血衝動や搾精衝動のことなど、知る由もない。だからこその、屈託のない誘いだった。
「都合が良すぎない?」
優花の声が、すっと冷たくなった。
「男の人、コロコロ変えて。ついこの前まで大翔くんの隣にいたのに」
その一言に、陽菜の顔がかっと赤くなった。反論しかけて、しかし言葉を飲み込む。
(ここで揉めたら――)
行き場のない自分の立場を、陽菜は嫌でも自覚していた。この二人に見放されれば、また一人になる。それだけは、耐えられそうになかった。
「……分かった。個室でいい」
「そう。それと私の事は優花でいいわ。同じパーティーだから、名前で呼び合いましょう」
「ええ、わかったわ」
陽菜は俯いたまま、それだけ言うと、あてがわれた部屋へと引っ込んでいった。
*
夜が更けた頃、馨と優花の部屋には、静かな空気が流れていた。
「――なあ」
馨が、天井を見つめたまま、ぽつりと切り出した。
「もし、陽菜にバレたら、どうなるんだろう」
優花は馨の腕にそっと頭を預けたまま、少し考えるように黙った。
「言いふらされたら――逃げましょう」
「逃げる?」
「隣のドレスガルド王国。バルグレイブっていう街があるの」
優花は静かに続けた。
「資料室の本で読んだんだけど、あそこは盗賊ギルドの息がかかった、いわゆる悪徳都市。だからこそ、ダークプリーストだろうとラミアだろうと、誰も気にしないみたい。あ、盗賊ギルドっていうのは、マフィアみたいなものね。各国の裏社会を取り仕切っているらしいわ」
「そんな街が……」
「私たちみたいなのには、案外都合がいい場所かもね」
優花は小さく笑ったが、その声にはどこか、諦めにも似た響きが混じっていた。
「羊のマークの旗を掲げていたりする?」
「それはないわよ。なんで?」
「いや、俺は左手から精神力を使ってエネルギーを打ち出しているから……」
「サイコガンじゃなくて、ゴッドフィストだけどね」
優花がくすくすと笑う。
「冗談が言えるようで安心したわ」
「ありがとう。今俺がここに居られるのは、優花のおかげだから」
「うん」
優花は陽菜と自分、どっちが大切と聞きたかったが、今それを聞いてしまえば、この関係が壊れてしまうきがして、聞き出せなかった。
彼女も、馨が陽菜の元に行ってしまうのが不安だったのだ。
独占欲が余計なことを口にさせる。
「ねえ、初めての時ってどんな感じだった?」
直球の質問に馨はどぎまぎする。
咄嗟に出てきた言葉が、
「童貞は一刻も早く捨てよっていうし、なんか、世界が広がった気がした」
である。
それを聞いた優花が笑い出した。
「それ、三島由紀夫の『不道徳教育口座』の話よね」
「え、そうなの?ネットでなんか見たフレーズなんだけど、三島由紀夫なんだ」
「ええ。他には女から金を搾取すべしとかあるわよ」
「あーすごい不道徳だよね」
それを聞いた馨も笑い出した。
この時、優花は敢えて処女・非処女を問題にすべからずというのを伏せた。
そして、もう一度仲良くするのであった。
*
一方、個室にあてがわれた陽菜は、ベッドに突っ伏していた。
馨。あの、いつも自分の傍にいた、頼りないくらい優しいだけの幼馴染み。
その馨が、もう自分のものではなくなっている。それも、木村優花などという、かつて教室の隅で見向きもしなかった相手に。
(どうして……)
悔しさなのか、悲しさなのか、自分でもよく分からない感情が、胸の中でぐちゃぐちゃに渦を巻いていた。
枕に顔を押し付けると、堪えきれない嗚咽が漏れた。
(馨は家族みたいなもの。いつまでも一緒にいてくれると思っていたのに)
まことに身勝手な理論である。
陽菜からしてみれば、馨は家族のような存在であり、恋愛対象とはならないが、それでも大切な存在である。
戻ってくればいつでも出迎えてくれるはず。
そう思っていたのに、気が付けば女とくっついていた。自分が部屋に誘ったのに、あの優花という女の部屋に行ってしまった。
(私の事を大切にしてくれないの……)
その悔しさから涙が止まらなかった。
誰にも聞かれないよう、声を殺しながら、陽菜はいつまでも一人、枕を濡らし続けた。




