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生きる、何が、あっても  作者: 虹の箸
第二章 相食む。譲れないものがあるから

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見上げる星は一つ

 灰色の雲海を抜け、連合国軍の巨大な専用輸送機が極東の島国『大和国』の空へと侵入した。


 特等客室の丸窓から、王国宰相ルキウスは眼下に広がる景色を静かに睥睨(へいげい)していた。

 かつて東洋の奇跡と呼ばれ、世界を震撼させた軍事国家の首都は、度重なる無差別爆撃によって完全な焦土と化していた。


見渡す限りの焼け野原。黒く焼け焦げた大地のあちこちに、かつての繁栄の残骸である瓦礫の山が墓標のように連なっている。 


 極限まで張り詰めていた世界大戦は終わった。


 そして今、ルキウスの手には、この大和国という一国家を今後どう処分するかという『全権限』が握られていた。


 やがて輸送機は、ひび割れた滑走路へと静かに着陸する。


 分厚いハッチが開き、極東の乾いた秋風が吹き込んだ。タラップの最上段に姿を現したルキウスを、整列した無数の連合国軍兵士と、恐怖に顔を引き攣らせた大和国の政府高官たちが出迎える。


 ルキウスは、静かにタラップを降りていく。


 その靴音が一段響くごとに、大和国の運命が確定していく。


彼は今、この国の新たな『絶対者』としてこの地に降り立ったのだ。


(……この国の狂信的な軍国主義は、二度と機能しないよう徹底的に解体する。文字通り、すべての『牙を抜く』)


 冷徹な瞳で出迎えの列を見下ろしながら、ルキウスは自身の脳内に構築された戦後の新たなシステムを思考、展開していた。


 大和国の軍隊を解体し、戦争を放棄させる。だが、国そのものを滅ぼすことはしない。

なぜなら、東の雪原を制した共産主義国家『北の連邦国』が、すでに新たなイデオロギーの刃を研いで南下を始めているからだ。


 大和国は、連邦国の脅威を最前線で食い止めるための、巨大で強固な『防波堤』として再構築しなければならない。


 牙を抜き、胃袋を満たし、連合国に依存する経済の歯車として復興させる。それが、彼が描いた最も残酷で、最も合理的な戦後処理の青写真だった。

    

 同じ頃。

 首都から遠く離れた、あの『新型爆弾』が投下された地。


 黒い雨が降り注いだ廃墟の中心で、純白の法衣を纏った聖王エリアナは、今日も野戦テントの中で泥と血にまみれていた。


 彼女は終戦と同時に、周囲の猛反対を押し切って、誰よりも早くこの被爆地へと人道支援に入っていたのだ。


「……痛い、熱いよぅ……」

「大丈夫。神様が、あなたを守ってくださるわ」

 火傷とも違う、目に見えない光(放射線)に体を蝕まれ、髪が抜け落ち、血を吐いて死んでいく人々。


 エリアナは、自らが属する陣営がもたらしたこの地獄の中で、自身の無力さと罪悪感に苛まれながらも、必死に彼らの手を握り続けていた。


 治せないと分かっていても、見捨てることなどできなかった。


神が沈黙しているなら、せめて自分が彼らの痛みを分かち合うしかなかった。


 そんな折、テントの外で配られていた一枚の号外新聞が、エリアナの目に飛び込んできた。


『連合国軍最高司令官、ルキウス宰相、首都へ降り立つ。大和国の全権を掌握』


 新聞に刷られた、タラップを降りる冷徹な男の姿。


 それを見た瞬間、エリアナの心臓が激しく波打った。数十万の命を焼き払うよう命じた、あの男。


理不尽な世界を変えると誓い合ったはずの、あの幼馴染が、今この絶望の国にやってきたのだ。


「……行かなければ」


 エリアナは、血で汚れた法衣のまま立ち上がった。


 彼がこれからこの国で何をしようとしているのか。


あの時、私の言葉を切り捨ててまで選んだ結末の『答え』を、この目で確かめなければならない。

     

 首都の中心部。焼け残った堅牢な石造りの旧軍司令部ビル。


 連合国軍の最高司令官室として接収されたその部屋の扉が、鋭い音を立てて開かれた。


「ルキウスッ……!!」

 護衛の制止を振り切り、部屋に飛び込んできたエリアナ。


 豪華な執務机で書類に万年筆を走らせていたルキウスは、顔を上げ、静かにペンの動きを止めた。


 二人の視線が、戦後初めて交錯した。


 糊の効いた軍服を着こなし、国家のすべてを支配する冷徹な絶対者。


 対するエリアナは、髪を乱し、法衣の裾には被爆地の黒い泥と、人々の乾いた血がこびりついていた。


「……相変わらず、無茶をするな。聖王ともあろう者が、護衛もつけずにこんな極東の島国まで」


 ルキウスの無機質な声に、エリアナは悲痛な怒りをぶつけた。

「あなたが焼いた命よ! なぜあんな真似を……っ、何十万もの無辜の民が、今この瞬間も、あなたが落としたあの爆弾の毒に苦しんで死に続けているのよ!」 


 エリアナは机に歩み寄り、両手で強く机を叩いた。

「彼らの痛みが、あなたには分からないの!? この国を支配して、これ以上何を奪おうというの!」


 エリアナの慟哭にも近い叫びを受け止めながら、ルキウスは表情一つ変えなかった。


 彼はゆっくりと引き出しを開け、一冊の分厚いファイルをエリアナの前に放り投げた。


「……なんだと思う、それは。大和国が本土決戦のために準備していた、民間人の武装計画書と、想定される両軍の『犠牲者数の予測データ』だ」

 エリアナが息を呑む。


「もし新型爆弾を使わず、通常の上陸作戦を行っていた場合、我が軍の死傷者は百万。そして大和国の国民は……一千万人が、竹槍を持たされて機関銃の前に突撃し、死んでいた」


 ルキウスは立ち上がり、窓の外の焼け野原を見下ろした。


「僕は、最悪の数字の中から、より『マシな数字』を選んだに過ぎない。この手が数十万の血で染まっていることは自覚している。……だが、あの爆弾がなければ、君の目の前にある瓦礫の下には、さらに何千万という死体が埋まっていたんだぞ」

「それは……っ! 数字の上の詭弁よ!」

「政治とは、詭弁と数字で命を天秤にかける呪いなんだよ!」

 初めて、ルキウスの声が荒らげられた。


 氷のように冷たかった彼の声に、張り裂けんばかりの苦悩と、どうしようもない感情が入り混じっていた。


「分かっているさ……! 僕がどれだけの人間を殺した悪魔かくらい、僕自身が一番分かっている!!」

 ルキウスは窓枠を強く握りしめ、背中を震わせた。


「だが、誰かがこの呪いを背負わなければ、あの狂った戦争は終わらなかった。……僕はこれから、この焼け野原に新しい防波堤を築く。

大和国の軍隊を解体し、二度と戦争ができない『憲法』を作る。

彼らを飢えから救い、連邦国の侵略から守る盾とする」


 ルキウスが振り返る。


 その瞳の奥には、スラムの路地裏で「誰も死なない世界を作る」と誓った、あの不器用で、誰よりも優しい少年の顔が、痛々しいほどに残っていた。


「君は、僕を憎めばいい。僕が作った傷を、君がその手で癒してくれればいい。……僕は、どれほど恨まれようと、この世界を機能させるための冷たい歯車であり続ける」


 その告白を聞いた瞬間、エリアナの目から大粒の涙が溢れ出した。


 分かってしまったのだ。

 ルキウスは、悪魔になったのではない。

世界を救うために、誰よりも重い罪と地獄を、たった一人で背負い込むことを選んだのだと。


 理不尽な死を憎む心根は、昔から何一つ変わっていない。ただ、選んだ道が、あまりにも残酷で巨大すぎただけなのだ。


「……ルキウスの馬鹿」

 エリアナは、泥と血にまみれた手で顔を覆い、しゃくり上げた。 

「あなたがそこまでして創る世界なら……私が、この手で支えるわ。あなたが壊した命も、これから防波堤として使われるこの国の人々の魂も……私が、全部癒してみせる」


 エリアナは涙を拭い、聖王としての、いや、一人の幼馴染としての強靭な意志を瞳に宿して、ルキウスを真っ直ぐに見つめ返した。


「私たちはもう、同じ道は歩けないかもしれない。でも……見上げる星は一緒よ」


 焼け野原の風が、割れた窓ガラスから吹き込んでくる。


 絶対的な支配者として君臨する宰相と、すべてを救済しようとする真の聖女。


 最も深く対立し、誰よりも互いを理解し合っている二人は、灰の降る大和国において、新たな冷戦時代を生き抜くための、悲しくも力強い決意を交わしたのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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