闇の王の決意
終戦から間もない、南国の島。
ステイツの裏庭とも呼ばれる、太陽と葉巻と歓楽の都――ババナ。
海を見下ろす最高級ホテルのペントハウスは、完全な密室と化していた。集められたのは、ステイツ全土、そして古いヨーロッパ大陸から海を渡ってきたマフィアのボスたち。
後に裏社会の歴史において伝説となる極秘の頂上会合、通称『ババナ会議』である。
「時代は変わった。泥臭い密造酒や、ストリートの小銭稼ぎはもう終わりだ」
巨大な円卓の上座。
最高級のハバナ・シガーを燻らせながら、闇の王アレンは集まった老獪なボスたちを見据え、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「これからの我々は、ただのギャングじゃない。国境を越え、政治と経済の裏側を完全に支配する『多国籍企業』に生まれ変わる」
アレンが提示した新たなシノギは、二つの太い柱から成っていた。
第一の柱は、『労働組合の完全支配』である。
「港湾、運輸、建設。国家の血流となる巨大な組合のトップに、俺たちの息のかかった人間を送り込め」
アレンの計画はこうだ、組合を私物化し、『ストライキ』という名の合法的な脅迫状を盾にして、巨大企業や国家から天文学的な資金を巻き上げる。
物流を握るということは、国家の首根っこを掴むということだ。
もし、ルキウスが表の政治で動かせない強欲な企業や、エリアナの支援物資を滞らせるような不届きな業者がいれば、アレンが裏から「ストライキ」を起こして合法的に社会的に抹殺し、二人の道を密かに切り拓くことができる。
そして第二の柱。戦後の裏社会に最も莫大な利益をもたらすことになる、漆黒の錬金術。
「『ヘロイン』の国際密売ネットワークだ」
ボスたちが息を呑む。
大戦の混乱と、新たに始まった東西冷戦。アレンはその国家間の対立という『巨大な死角』を突いた。
中東の乾いた大地で栽培されたケシを、東の連邦国と西の連合国の諜報員たちが暗躍する地中海ルートをすり抜けて、マリセイユで高純度のヘロインに精製する。そして、自らが掌握した港湾組合のルートを使って、堂々とステイツ国内へと密輸するのだ。
後に『フレンテ・コネクション』と呼ばれることになるこの巨大なサプライチェーンは、世界中から文字通り湯水のようにブラックマネーを吸い上げ、ヴィットーリオ・ファミリーの資金力を国家予算のレベルにまで引き上げる土台となった。
会議が終わり、ボスたちが自らのシマへと散っていった後。
アレンは一人、バルコニーに出てカリブ海の青い海を見下ろしていた。
「……表の世界は、お前らに任せるぜ」
潮風に吹かれながら、アレンは遠く離れた極東の大地で国を再建するルキウスと、被爆地で祈りを捧げるエリアナの姿を思い浮かべていた。
極限の合理性で世界を統制しようとするルキウスの法。
慈愛で世界の傷を癒やそうとするエリアナの光。
だが、人間という生き物は、法だけでは縛れず、祈りだけでは救われないほど、底知れぬ『欲望』を抱えた醜い生き物だ。
光が強くなればなるほど、必ずその足元には濃く、深い闇(影)が落ちる。
「お前らの創る綺麗で脆い世界を、誰が底から支えるってんだ?」
アレンは、悪びれる様子もなく、獰猛で不敵な笑みを深く刻んだ。
「平和の裏で蠢く人間の汚え欲望も、暴力も、絶望も。……俺が全部、この真っ黒な胃袋で飲み込んで、お前ら二人を守るための『最強の力』に変えてやるよ」
労働組合を顎で使い、世界の麻薬ルートを牛耳る。政治家ルキウスが手を汚せない汚れ仕事を処理し、聖女エリアナの祈りを妨げる者を物理的に排除するための暴力と資金力。
闇の王は、誰にも知られることなく、幼馴染たちのために生贄となり、世界を喰い尽くす決意を固めた。
太陽の降り注ぐハバナの海に向かって、アレンは琥珀色のラム酒が入ったグラスを掲げ、ただ一人、乾杯の杯を干したのだった。
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