光と闇4
廃礼拝堂の冷たい石床で、アレンが片膝をつき、エリアナの震える手に額を当てたあの夜。
交わるはずのなかった光と闇は、互いの最もどす黒い暗部を共有し、強固な『共犯関係』を結んだ。
「……祈り以外のすべては、俺が片付けてやる」
そのアレンの言葉に、エリアナは静かに涙を拭い、聖女の仮面の下に隠していた冷徹な相貌を取り戻した。
「ありがとう、アレン。……標的は、ボルドー枢機卿よ」
「ボルドーだと?」
その名を聞いた瞬間、アレンの目の色が、懐かしい幼馴染を見るものから、裏社会で生きる暗殺者のそれへと鋭く変わった。
「ええ。次代の聖王を決めるコンクラーベを勝ち抜くためには、どうしても彼を社会的に抹殺し、その私兵を排除しなければならないの」
エリアナは冷たい月光の下で、淡々と語り始めた。
理由は三つあった。
一つ目は、彼が教会内部の『武力』を独占していること。ボルドー枢機卿は異端審問局や聖堂騎士団を束ねるトップであり、エリアナがこれから仕掛けるであろう裏工作にとって、彼の持つその猟犬たちは最大の物理的脅威だった。彼が大勢を支配する前に、教会の『牙』を抜く必要があった。
二つ目は、彼が『血統主義』の象徴にして、すべての黒幕であること。
「数ヶ月前、私に陰湿な行為を繰り返し、追放された貴族出身の聖女候補がいたわ。彼女はボルドー枢機卿の遠縁にあたる娘だった」
スラム上がりの平民が聖女となることを最も忌み嫌い、裏でいじめを扇動していたのは間違いなく彼だ。
自分を底辺の泥と見下す傲慢な貴族派閥の根源を絶つ。でなければ底辺から成り上がる自分には勝ち目が無い。
静かに理由を語り終えたエリアナを見つめ、アレンは外套の奥で低く喉を鳴らして笑った。
「なるほどな。お前がその古狸を狙う理由はよくわかった。……だが情報が足りてないぜ、聖女様」
「え……?」
「ボルドー枢機卿が、その私兵たちを養うための莫大な資金をどこから得ているか、知ってるか?」
アレンは立ち上がり、廃礼拝堂の祭壇に腰掛けた。
「あいつは、俺たちヴィットーリオ・ファミリーと敵対しているマフィアと裏で結託してる。表向きは神の愛を説きながら、裏では魔石や違法薬物の密輸ルートを牛耳ってる大悪党さ」
エリアナは息を呑んだ。教会の腐敗は察していたが、そこまで裏社会と深く繋がっていたとは想定外だった。
「だから、エリエ。この依頼は俺にとっても都合がいい」
アレンの口元に、凶悪で、けれどどこか少年のような無邪気な笑みが浮かぶ。
「俺があいつの私兵を皆殺しにして、密輸ルートと魔石を根こそぎ奪い取れば、うちのファミリーは裏社会で一気に覇権を握れる。お前は邪魔な政敵を排除できて、俺はシノギを拡大できる。完璧な取引だ」
教会の権力闘争と、裏社会の抗争。
本来なら決して交わらない二つの盤面が、二人の幼馴染の手によって、今、完全に一つに繋がったのだ。
「……ふふっ」
エリアナの口から、自然と笑いが漏れた。神に仕える身でありながら、恐ろしい暗殺計画を前にして、不思議と心は弾んでいた。
「なら、役割分担ね。アレンは彼の私兵と密輸ルートを潰してちょうだい。枢機卿本人の命は取らないで。私が教会の会議で、彼の裏の顔を証拠付きで突きつけて、社会的に完膚なきまでに破滅させるから」
「わかった。警備の突破と証拠集めは任せろ。俺のスキルと、最近開発した新技術を使って、誰にも気づかれずに懐に潜り込んでやる」
互いの能力と立場を最大限に利用し合う、冷酷で完璧な連携。
「頼りにしているわ、アレン」
「ああ。地獄の底まで付き合ってやるよ、エリエ」
ステンドグラスの破片から差し込む月明かりの下。
聖王の座を狙う女と、裏社会の頂点を目指す男は、互いの野望のために静かに手を結んだ。それは、後に国家をも巻き込む巨大な破滅へと向かう、三人の歯車が確実に狂い始めた瞬間だった。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




