闇からのプレゼント
裏社会のルートを使った非公式な物資援助。それは確かに王国を支える血液となったが、アレンには分かっていた。
狂人ハトラーの無尽蔵の軍事力を完全に叩き潰すには、武器や食糧の密輸だけでは足りない。
不干渉主義(孤立主義)を貫くこの巨大な新大陸『ステイツ』そのものを、表の戦争に引きずり込む必要がある。
政治家を裏金で動かすのは容易い。だが、民主主義の国で戦争を始めるには、何よりも『世論』という巨大な化け物を味方につけなければならない。
そこでアレンは、自身が完全に掌握している新たなシノギ――『トーキー映画』という最強の洗脳装置を全開で稼働させた。
「金に糸目はつけるな。ステイツ中のトップスター、最高の脚本家、腕利きの監督を全員かき集めろ。……海の向こうでたった一国で悪魔と戦う『孤独な英雄たち』の姿を、これでもかってくらい劇的にフィルムに焼き付けるんだ」
アレンの号令と莫大な裏金により、王国を支援するための大規模なプロパガンダ映画が制作された。
物語は、フレンテ共和国が陥落し、絶望的な撤退戦を強いられる中、孤立無援となった王国が誇り高く立ち上がる姿を描いたものだ。最高の俳優陣が惜しげもなく起用され、最新の特撮技術で描かれた迫力の戦闘シーンが観客を圧倒する。
そして、この映画を空前の大ヒットに導いたのは、他でもない。
クライマックスに据えられた、ルキウス宰相の『実際の演説』を基にした、魂を揺さぶる名シーンだった。
ステイツの巨大な映画館。満員の観客たちが息を呑んで見つめる銀幕の中で、若き宰相ルキウスを演じるトップスターが、議会の演壇に立っていた。
絶望的な戦況報告の後、重苦しい沈黙が支配する議事堂。
銀幕のルキウスは、ゆっくりと顔を上げ、カメラの向こう側にいる数千万の観客を真っ直ぐに見据えて、静かに、だが鋼のような意志を込めて語り始めた。
『――私が皆さんに提供できるものは、血と、労苦と、涙と、そして汗以外の何ものでもありません』
その言葉は、実際のルキウスが王国の議会で放ち、ラジオの電波に乗って世界中へ配信された、血の滲むような肉声の完全な再現だった。
『我々の前には、最も過酷な試練が待ち受けています。長く、暗い苦闘の月日が待っています。
我々の政策は何かと問われれば、こう答えます。陸、海、空のすべてにおいて、神が我々に与え給うたすべての力をもって、人類の歩みに暗い影を落とす、かつてない凶悪な専制体制に対して、徹底的に戦い抜くことである、と。それが我々の政策です』
銀幕のルキウスの声が、次第に熱を帯びていく。
計算機と揶揄された冷徹な宰相が、理屈や合理性をすべて投げ捨てて、ただひたすらに人間の『誇り』と『意地』を叩きつけるその姿に、客席のあちこちからすすり泣く声が漏れ始めた。
『我々の目的は何かと問われれば、たった一言で答えられます。
――勝利です』
荘厳なオーケストラのBGMが、静かに、そして力強くうねりを上げる。
『いかなる犠牲を払おうとも、勝利を。いかなる恐怖に直面しようとも、勝利を。その道がどれほど長く、苦しいものであろうとも、勝利を掴み取ることです。
なぜなら、勝利なくして、我々の生存はあり得ないからです! さあ、共に進もう! 我々の連合した力をもって!』
映画が終わるのと同時に、劇場は割れんばかりの拍手と、スタンディングオベーションに包まれた。
「王国を見捨てるな!」「悪魔ハトラーを倒せ!」
涙を流し、拳を突き上げる観客たち。それは、ステイツ全土の数千の映画館で同時に起きている現象だった。
映画館の最後列。貸し切られたVIP席の暗がりで、アレンは葉巻を燻らせながら、熱狂する観客たちを見下ろしていた。
「他人の国のために血を流すなんてまっぴら御免だと言っていた連中が、たった二時間の映画でこれだ。……世論ってのは、本当に単純で、愛すべき馬鹿どもだよ」
映画は大ヒットを記録し、ステイツ国内の空気を一変させた。
それまで「海の向こうの戦争」だと冷ややかだった市民たちが、ルキウスの孤独な抗戦に心を打たれ、王国への支援と参戦を声高に叫び始めたのだ。
この圧倒的な世論の後押しを受け、不干渉を貫いていたステイツ政府もついに重い腰を上げ、王国への大規模な公式軍事支援、そして参戦への準備を急ピッチで進めることとなる。
「……大した演説だったぜ、ルキウス。お前が感情を剥き出しにするなんて、スラムで喧嘩に負けて泣き喚いた時以来じゃないか?」
アレンは銀幕に映し出された『END』の文字に向かって、ニヤリと笑いかけた。
表の世界では決別した。だが、ルキウスが血を吐くような思いで放った言葉は、海を越え、闇の王の心を動かし、そして新大陸の数千万の民衆の心を撃ち抜いたのだ。
「物資は送ってやった。世論も作ってやった。これだけのお膳立てをして、負けたら許さねえからな」
暗闇の中で葉巻の火をもみ消し、アレンは立ち上がった。
孤軍奮闘する天才軍師への、これ以上ない極上の贈り物。
それを直接名乗ることなく裏からすべて手配し終えた闇の王は、再びネオンの輝くステイツの夜の底へと、静かに姿を消していった。
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