血塗れの襲名
冷たい秋の雨が、王都の古い共同墓地を黒く濡らしていた。
ヴィットーリオ・ファミリーを一代で築き上げ、絶対的な覇王として君臨した老ドンがついに病に倒れ、この世を去った。
ファミリーの息がかかった教会での厳かな葬儀を終え、漆黒の棺が、ゆかりの者たちの手によってゆっくりと一族の墓所へと運ばれていく。
弔問客として参列していたのは、王都の裏社会を牛耳る他の五大ファミリーのドンと、その幹部たちだった。
表向きは哀悼の意を示すために黒い傘を差して並んでいたが、彼らの眼の奥には、ドンの死を好機と捉えるギラついた野心が隠しきれずに溢れていた。
彼らは絶対に認めるつもりはなかった。スラムの泥水から拾われた得体の知れない若造――アレンが、最大派閥のドンを襲名することなど。
棺が深い土の穴へと静かに降ろされる。
喪主として最前列に立つアレンは、黒い外套に身を包み、雨に打たれながら無表情にその光景を見下ろしていた。
その時。背後で、泥を踏む微かな足音がした。
アレンの背中に、冷たく重い銃口が押し当てられた。
「悪く思うな、アレン」
背後から聞こえたその声に、アレンは少しだけ目を伏せた。
振り向かずともわかる。声の主は、かつて孤児だったアレンに銃の撃ち方からマフィアとしての振る舞いまで、すべてを一から叩き込んでくれた古参の幹部――いつも葉巻を咥えていた、あの恰幅の良い太っちょロレンツォだった。
「俺は、親父さん(ドン)には命を懸けて忠誠を誓った。……だが、どこの馬の骨とも知れねえお前さんに誓ったわけじゃない」
ロレンツォの声には、確かな殺意と、ほんのわずかな哀愁が混じっていた。
他ファミリーのドンたちが、傘の下で冷酷な笑みを浮かべる。
彼らはヴィットーリオの内部工作を済ませ、この古参幹部を買収してアレンを暗殺する手筈を整えていたのだ。
親父の棺の前で、最も信頼していた身内に背中を撃たれる。
これほどマフィアの終焉にふさわしい舞台はない。
だが、銃口を突きつけられたアレンの心境は、氷のように凪いでいた。
「……そうか。あんただったか」
アレンは、雨音に溶けるような静かな声で言った。
怒りも絶望もない。ただ、裏社会の冷酷な掟をすべて受け入れた男の、底知れぬ静寂だけがあった。
「長い間、ありがとう。……あんたに教わったことは、一生忘れない」
「あばよ、若!」
間髪入れず、太っちょロレンツォの銃が火を噴いた。
轟音。銃弾がアレンの黒い外套を撃ち抜く。他ファミリーの幹部たちが勝利を確信した、その瞬間――。
――バサッ。
銃弾が貫いたはずのアレンの体は、実体を持たない影のように揺らぎ、地面に崩れ落ちた『外套だけ』を残して、文字通りその場からフッと「消滅」した。
「なっ……!?」
太っちょロレンツォが驚愕に見開いた目の前で、アレンの姿が煙のようにかき消えたのだ。
息を止めている間、あらゆる者の認識から完全に外れるという、暗殺者としてのアレンの至高のスキル。極限の緊張感の中で、彼は銃が火を噴くコンマ一秒前にその能力を発動させ、死角へと滑り込んでいた。
「どこへ行った!? 探せ!」
パニックに陥り、他ファミリーの幹部たちが懐から銃を抜こうとした。
だが、遅すぎた。
彼らが囲んでいた広大な墓所の四方。立ち並ぶ墓石の陰や、枯れ木の裏から、先程まで姿を見せなかったヴィットーリオ・ファミリーの完全武装した精鋭たちが、音もなく一斉に姿を現したのだ。
そして、他ファミリーのドンたちが集まるど真ん中、最も安全なはずの彼らの背後の『影』から、アレンがゆっくりと姿を現した。
その手には、巨大なドラムマガジンを備えた漆黒の短機関銃が握られている。
「……残念だよ。もう少し賢い連中だと思っていたが」
アレンの冷たい声が、死神の宣告のように響き渡る。
他ファミリーのドンたちが恐怖に顔を引き攣らせ、命乞いをしようと口を開きかけた。
「皆様、地獄でまた会おう」
ダダダダダダダダダダダダッ――!!
アレンの指が引き金を引いた瞬間、嵐のような銃声と凄まじい閃光が、雨の墓地を真昼のように照らし出した。
四方を取り囲んだ部下たちの銃撃と、アレン自身による機関銃の乱射。それは戦闘ではなく、一方的な『処刑』であった。
太っちょロレンツォが血飛沫を上げて倒れ込む。野心を抱いていた他ファミリーのドンたちが、幹部たちもろとも、鉛玉の雨を浴びて泥まみれの地面に次々と沈んでいく。
哀れな悲鳴は銃声に掻き消され、黒い傘がボロボロに引き裂かれて宙を舞う。石畳を流れる雨水は、瞬く間に真っ赤な血の色に染まっていった。
銃声が止んだ。
硝煙の匂いと、濃密な血の匂いが立ち込める墓地には、ヴィットーリオ・ファミリー以外の生きる者は誰一人として立っていなかった。
カチャリ、と空になった弾倉を外し、アレンは静かに銃を下ろした。
彼の足元には、王都の裏社会を二分していたすべてのライバルたちの骸が転がっている。
「……親父。これで少しは、静かに眠れるだろう」
アレンは、開かれたままの棺の中で眠る老ドンに向かって、深く首を垂れた。
ドンの葬儀という厳かな舞台は、敵対勢力を一網打尽に誘い込むための、アレンが仕掛けた完璧な『死の罠』だったのだ。
降り続く冷たい雨の中。
部下たちが畏敬の念に打たれ、「ドン.アレン」と一斉に片膝をついて頭を下げる。
恩師を撃ち、同業者を皆殺しにした血の海の上で、スラムの泥水から這い上がった青年は、ヴィットーリオ・ファミリーの『新ドン』を襲名すると共に、王都の裏社会のすべてを完全に掌握した、闇の王として戴冠したのだった。
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