泥と光
大戦末期。世界を焼き尽くした炎は、いよいよ最後のクライマックスを迎えようとしていた。
王都の地下深く、王国連合軍・最高作戦司令室。
壁一面を覆う巨大な大陸地図を前に、実質的な最高司令官となったルキウス准将は、冷たく透き通る瞳で戦略地図を見下ろしていた。
枢軸国軍は最後の力を振り絞り、国境地帯に堅固な最終防衛線を敷いていた。彼らは連合国軍が「突破口」となる一点に兵力を集中させ、大規模な主攻を仕掛けてくると予想し、その後方に膨大な予備兵力を待機させていた。
「敵は、我が軍の主力がどこを攻めてくるか、血眼になって探っています」
副官の報告に、ルキウスは懐中時計の秒針を見つめたまま、氷のような笑みを浮かべた。
「無駄な努力だ。なぜなら、一点突破主攻など存在しないのだから」
ルキウスが立案し、連合国全軍に下した作戦。それは、当時の軍事常識を根底から覆す、あまりにも狂気的で、かつ完璧な暴力のシステムだった。
時計の針が、作戦開始の『ゼロ・アワー』を指す。
ルキウスは静かに死の宣告を下した。
「全線、同時攻撃開始。……旧世界に引導を渡せ」
直後、数百キロにも及ぶ広大な前線の『すべて』が、一斉に火を噴いた。
通常、軍事作戦において戦力は一箇所に集中させるのがセオリーだ。だがルキウスは、膨大な連合国軍の兵力と魔導兵器を数百キロの戦線に均等に配置し、数十箇所から同時に、かつ寸分違わぬタイミングで絶断的な猛攻を仕掛けたのだ。
「どこだ!? 敵の主攻はどこだ!?」
枢軸国軍の司令部は大パニックに陥った。
東からも、西からも、中央からも、すべての防衛線から「敵の猛攻あり、防衛線崩壊の危機!」という悲鳴のような通信が殺到する。
どこに予備兵力を投入すればいいのか。どこが本命の攻撃なのか。
判断を迷い、予備兵力を右へ左へと右往左往させている間に、ルキウスの完璧な計算によって統制された連合国軍は、脆弱になった防衛線を次々と食い破っていった。
敵の思考が麻痺した瞬間を狙い、ルキウスの希少スキル『軍師』が発動する。
『――枢軸国軍の対応の遅れを、確定する』
それはもはや、戦争ではなく巨大な重機による『解体作業』だった。
予備兵力の投入先を迷わされた枢軸国軍は、各個撃破され、巨大な包囲網の中に完全に飲み込まれた。退路を断たれ、空からの爆撃と陸からの蹂躙を受け続けた枢軸国軍は、このたった一つの作戦によって約百万人とも言われる壊滅的な打撃を受けた。
帝国軍の主将は自決し、枢軸国は軍事的な作戦継続能力を完全に喪失。
ここに、世界大戦は連合国軍の勝利をもって終わりを迎えたのであった。
数日後。王都の空に、平和の到来を告げる教会の鐘が鳴り響いた。
紙吹雪が舞い、歓喜に沸く民衆たちが通りを埋め尽くしている。
だが、狂騒に包まれる王都の裏側で、実質的にこの国を統べる三人の若き支配者たちの瞳に、浮かれた色は微塵もなかった。
「……戦争を終わらせるのは、力と計算だ。だが、戦争が終わった後の平和を維持するのは、それ以上に難しく、残酷な事態になる」
参謀本部の窓から歓喜の群衆を見下ろしながら、ルキウスは軍服の襟を正した。
共通の敵が消えれば、次は連合国同士での覇権争いが始まる。復員兵の失業、暴動、敗戦国への賠償。非合理な感情が渦巻く『平和』という名の『奇跡』を、完璧なシステムで統制する。
ルキウスの総参謀長としての本当の戦いは、まさに今この瞬間から始まるのだ。
一方、王都の中央病院。
エリアナは、運び込まれる最後の傷病兵たちの手当てを指揮していた。
「ここからが本番よ。壊れた街を直し、孤児たちを救い、二度とあのような悲劇を起こさせないための『ゆりかご』を世界に敷き詰める。……光の聖王の戦いは、これから始まるの」
血に塗れたシーツを交換しながら、彼女の眼差しはすでに、戦後の荒廃した世界を救済する遠い未来を見据えていた。
そして、王都の最も深い闇の中。
「平和ってのは、戦争以上に金と欲望が渦巻く狂った盤面だ。ルキウスの法や、エリエの道徳からこぼれ落ちる連中を、どこの誰が束ねてやるってんだ?」
薄暗い葉巻の煙の中、アレンは莫大な闇物資の流通ルートを示す地図にナイフを突き立てた。
敗戦国の闇市、軍事物資の横流し、そして新たな利権。
戦後のカオスをヴィットーリオ・ファミリーの力で完全に裏から支配し、幼馴染たちの創る「表の世界」を底辺から支え抜く。裏社会の王の眼光は、獰猛に輝いていた。
スラムの泥水の中で、一つの毛布を分け合った三人の孤児。
一人は、国家のすべてを合理で統制する冷徹な【歯車】となった。
一人は、世界中の弱者を慈愛で包み込む真の【聖王】となった。
一人は、光の届かないすべての闇を支配する【番犬】となった。
それぞれの道は交わらず、時に国家を揺るがすほどの摩擦を生むかもしれない。
それでも彼らは戦い続ける。夜明けの来ないスラムの子供たちを、理不尽な死から救うという、あの日交わしたたった一つの誓いのために。
泥と光に塗れた彼らの、平和という名の『永遠の戦端』が、今、静かに幕を開けた。
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