光と影2
ステンドグラスから差し込む極彩色の光は、スラムの路地裏には決して届かないほど眩しく、そして酷く冷たかった。
神の愛を説くはずの大教会。しかし、特待の聖女候補として引き取られたエリアナを待っていたのは、神聖な祈りの日々ではなく、むき出しの悪意と陰湿な階級社会だった。
「泥水をすすって生きてきたスラム上がりの薄汚い娘が、次代の聖女だなんて」
「魔力量が少しばかり多いだけで、教養の欠片もないくせに。教会の品位が落ちてしまいますわ」
他のシスターや、高貴な血を引く貴族出身の聖女候補たちからの嫉妬は凄まじかった。
すれ違いざまの挨拶は冷笑とともに無視され、食堂で配給される粗末なスープには、わざとらしく泥や虫が沈められていた。
夜遅くまで熱心に書き込みをした祈祷書は、ある日無惨に引き裂かれ、泥靴で踏み躙られた状態で廊下にばら撒かれていた。
だが、エリアナは一人、自室の硬いベッドで破られた祈祷書のページを拾い集めながら、密かに冷たい笑みを浮かべていた。
悲しみも、絶望もない。あるのは底冷えするような静かな怒りと、呆れだけだった。
(……馬鹿みたい。本当に、下らない)
カビたパン切れ一つを巡って殺し合い、冬の寒さに凍えながら寝込みを襲われるのが当たり前だったスラムの生存競争。それに比べれば、彼女たちの陰湿ないじめなど、安全圏から石を投げるだけの児戯に等しかった。
こんなちっぽけな悪意で、私の心をへし折れるとでも思っているのだろうか。
脳裏に、かつて肩を寄せ合った二人の少年の顔が浮かぶ。
ルキウスは、ゴミ捨て場で拾った欠けたチェス駒を転がしながら言っていた。
『盤面を支配したければ、まずは駒の価値を知ることだ。誰が一番の弱点で、誰が一番の権力を持っているかを見極めろ』
アレンは、血に塗れたナイフを冷たい水で洗い流しながら言っていた。
『生き残るためには、綺麗事なんて捨てちまえ。使えるものは全部使え』
二人の言葉を胸に、エリアナは反撃の盤面を整え始めた。
彼女が最初の「手駒」として目をつけたのは、修道院の予算と物資の管理を独占している強欲な会計司祭だった。彼は裏で寄付金を横領しているという黒い噂が絶えず、同時に、慢性的な重度の腰痛に悩まされていた。
ある夜、エリアナは痛みに呻く司祭の執務室を密かに訪れた。
彼女は自身が持つ膨大な魔力を惜しみなく行使し、彼を長年苦しめていた腰の病巣を、奇跡の光で瞬く間に完治させた。
「おお……! 痛みが、ない! 素晴らしい、君は本物の聖女だ!」
歓喜に打ち震え、涙を流して感謝する司祭。しかし、彼がエリアナの手を取ろうとした瞬間、彼女は修道女の清廉な微笑みを浮かべたまま、懐から一束の羊皮紙を差し出した。
「司祭様。神の奇跡は無償ですが、私の沈黙は有償です。……孤児院への慰問金、ずいぶんと帳簿の数字が合わないようですね?」
冷や水を浴びせられたように硬直する司祭の耳元で、エリアナは甘く、そして氷のように冷たい声で囁いた。
「私の力となっていただけますか?そうすれば、この不都合な真実を語り得るものは、これから先もずっと沈黙を守り続ける運命にあります。」
聖なる奇跡と、破滅を約束する絶対的な弱み。アメとムチで首輪をつけられた司祭は、その夜、エリアナの忠実な手駒となった。
そこからは、ずっとエリアナのターンだった。
数日後、エリアナのスープに泥を混ぜて嘲笑っていたシスターの部屋に、突然、異端審問官たちが踏み込んだ。
彼女のベッドの裏から、教会で禁忌とされる黒魔術の呪具が見つかった。
「違う! 私は知らない! 誰かの罠よ!」
泣き叫び、床を這いつくばりながら連行されていくシスター。司祭の強い進言もあり、彼女は『異端の疑いあり』として、環境の過酷な辺境の修道院へと左遷されることが即座に決まった。
その騒ぎを廊下の端で見つめながら、エリアナは胸の前で両手を組み、痛ましくて見ていられないというように目を伏せた。
「ああ、神よ。迷える彼女の魂に、どうか救済を……
その慈愛に満ちた聖女の祈る姿に、周りの修道女たちは心打たれた。
しかし、祈りのために伏せられた長い睫毛の奥で、エリアナの瞳は獲物を仕留めた毒蛇のように、残酷に嗤っていたのだった。
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