世界大戦3(交わる野心)
数日後。
王都の中心にそびえ立つ、堅牢な石造りの巨大な建物。神聖な乳香の匂いが漂う大教会とは正反対の、鉄と血、そしてきつい煙草の匂いが染み付いた軍の最高中枢――参謀本部。
エリアナは、重武装した軍の護衛に囲まれながら、無機質な長い廊下を歩いていた。
「エリアナ殿。貴女の提出された『前線医療システムの改革案』について、上層部も大変興味深く読ませていただきました。本日はぜひ、細かい構想を直接お伺いしたい」
案内されたのは、作戦会議室として使われている分厚い防音扉の奥だった。
室内に足を踏み入れた瞬間、エリアナは物理的な質量すら伴うような、肌を刺す重圧を感じた。そこには、無数の勲章を胸に提げた歴戦の高級将校や参謀たちが、巨大な円卓を囲むように座り、もうもうと紫煙を燻らせていた。
本来、教会の――それも若い聖女候補が、軍の作戦会議室に足を踏み入れるなどあり得ないことだ。
彼女の提案は、軍の兵站と人的リソースの運用を根本から覆す規模のものである。しかし、開戦からわずかな期間で想定以上の死傷者を出し、慢性的な兵力不足に陥っていた軍上層部は、わらにもすがる思いでこの場を設けさせたのだろう。
将校たちの目は、純粋な信仰対象を見るものではなく、「この小娘の絵空事が、本当に使い物になるのか」と値踏みするような、油断ならない猛禽のそれだった。
「よく来てくれた、聖女殿。さっそくだが――」
上座に座る、顔に深い刀傷のある老将軍が口を開きかけた、その時だった。
「――実に合理的で、兵站の無駄を省く素晴らしい『戦術』だ。ぜひ、詳しく聞かせてもらおうか」
将軍の言葉を遮るように、円卓の最も奥から声が響いた。
将軍たちの後ろに控えるように、深い影の中に座っていた『一人の若き将校』が、手元の書類からゆっくりと顔を上げたのだ。
その瞬間、エリアナの心臓が、肋骨を突き破るかと思うほど大きく跳ねた。
隙のない軍服。胸元には、その若さには到底不釣り合いな高位の階級章が鈍く光っている。
そして何より、一切の感情を排した氷のように冷たく、底知れぬ深淵のような瞳。スラムの泥水の中で共に凍え、身を寄せ合った少年の面影を残しながらも、その男は完全に『国家の死神』としての凄みを纏っていた。
「お待ちしておりました、聖女殿」
数人の歴戦の参謀たちを従えるように着座していたのは、今や軍の頭脳として冷酷に戦争を支配する参謀長補佐――ルキウスであった。
エリアナは、一瞬だけ息を呑み、ドレスの裾を強く握りしめた。しかし、すぐに完璧な『聖女の微笑み』を貼り付け、優雅に一礼してみせた。
「お招きいただき感謝いたします。……ええ、お話ししましょう。我が国の尊い命を、一つでも多く繋ぐための『戦術』を」
ルキウスの口元に、彼らにしか分からない、ひどく冷たくて皮肉めいた微かな弧が描かれた。
慈愛や神の奇跡ではなく、明確な『戦術』として医療を語る彼女の提案書を見た瞬間、ルキウスはそこに自分と同じ極限の合理主義と、野心の匂いを嗅ぎ取っていたのだ。
光の聖王を目指して泥に塗れる女と、極限の合理主義で国家の血肉を冷徹に削り取る男。
世界大戦という最大の盤面の中枢で、交わるはずのなかった二つの野望が、今、正面から交わろうとしていた。
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