世界大戦2(看護、衛生革命)
スラムの泥水の中で、エリアナは嫌というほど見てきた。
人が死ぬのは、ナイフで腹を刺されたその瞬間だけではない。むしろ、本当の死神はその後からやってくる。
傷口から入り込んだ泥。不潔なボロ布による止血。そして、手当てが数時間遅れたことによる化膿と高熱。
どんなに屈強な男でも、傷口に入った僅かな菌が引き起こす感染症によって、数日のうちに苦しみ悶え、無惨に命を落としていく。スラムにおいて『清潔な水と布』は、下級の回復魔法よりもはるかに価値のある命綱だった。
翻って、現在の王国軍の医療体制はどうだろうか。
それはまさに、スラムの惨状を何万倍にも拡大しただけの地獄だった。前線で受傷した兵士は、泥に塗れたまま荷馬車に無造作に詰め込まれ、遥か後方の野戦病院へと何日もかけて送られる。
当然、その過酷な搬送の間に大半の兵士が失血や感染症で命を落とす。そして、運良く辿り着いた後方の施設もまた、血と排泄物、そして死臭にまみれた不潔極まりない環境だった。医師たちは血に塗れた手で次の患者の傷を縫い、シスターたちはただ祈りを捧げるだけ。
「祈りだけで人は救えない。必要なのは、誰でも回せる『システム』よ」
自室の机に向かい、羽ペンを走らせながらエリアナは冷徹につぶやいた。
奇跡の力を持つ彼女が前線に行けば、確かに数十人、数百人の命は即座に救えるかもしれない。だが、数万の兵がぶつかり合う世界大戦において、個人の魔力などコップ一杯の水に等しい。
エリアナの計画は明確だった。
第一に、後方の医療施設に『徹底した衛生管理』を導入すること。煮沸消毒した布の使用、負傷者の症状別隔離、そして清潔な水による環境整備。
第二に、受傷して後方へ送られるまでの間、最前線で即座に止血や応急処置のみを行う『衛生兵』という新たな兵科を創設すること。彼らに高度な魔法は必要ない。ただ『死なせないための初期処置』だけを徹底的に叩き込み、各部隊に配置するのだ。
もしこの『命を繋ぐシステム』を確立し、無駄に死んでいくはずだった数万の兵士の命を救うことができれば、どうなるか。
助かった兵士たちと、無事な帰還を待ちわびていた家族からの絶対的な支持と信仰は、すべてエリアナという個人のものになる。
軍部からの絶大な信頼と、国家の根幹を成す民衆からの熱狂的な支持。それらを両手に収めれば、もはや『貴族の血筋』というカビの生えた権威を盾にする枢機卿どもなど、ひとたまりもなく吹き飛ばせる。
(私を前線に追いやったこと、後悔させてあげるわ)
彼女はその確信と圧倒的な野心を胸に、軍で使われる専門用語――『兵站』『人的リソースの維持』『継戦能力の向上』という言葉を巧みに散りばめた具申書を書き上げ、すぐさま軍の最高中枢である『参謀本部』へと提出した。
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