第8話 ウェルカムサービス
教会を出てから一昼夜走りストロベ関に着いた。
田舎道から街道に出たあと猛スピードで駆けてきたので馬も人もボロボロであった。ブランは揺れる馬車に打ちのめされ尻が痛くなっていた。MMRで彼の遺品であるY字架に触るとこの時の内心は ── 尻の肉が取れるかと思った ── だそうだ。
イレーヌも馬車を降りたときは小鹿のように震えていたが、それでも関所の役人と話し、馬の交代の手続きとゼシカに関する情報収集をした。
役人との会話が終わると尻を浮かせる形で壁にもたれ掛かっていたブランに声をかけた。
「やはり公女の捕縛は間に合いませんでした」
「そうですか」
「何台か関を通った馬車はあったそうです。そのうちの一台が公女の馬車でしょう。食事と仮眠を取ってから追いかけます」
「寝て大丈夫なんですか?」
「追いついても気力体力不足で捕物が失敗すれば意味ないです」
「ああ、それはそうです」
ブランはイレーヌの実際的な判断に感心した。
関所の施設で食事と排便と三時間の睡眠をして、明朝出発した。
三時間の睡眠だがブランの身体は軽くなっていた。小生の年齢になるとこうはいかぬ。若さとは最高の魔術である。
気力がわいてきたブランはイレーヌに頼んで彼女が持ってきていた本を読んでいた。吸血鬼の更なる情報、ラスタニア王国について、乗り込むかもしれないダルムレン城について…… 頭に入れておきたい知識はたくさんあった。
吸血鬼の情報を読んでいたとき、ふとウルガンが別れぎわに言っていた台詞を思い出した。
「そういえばリンゼ・シェトランってどういう吸血鬼なんですか? 決して闘うなと忠告頂きましたが」
ブランへの対抗心から眠いのを我慢して本を読んでいたイレーヌが、本を閉じながら答えた。
「おそらくは世界最強の一個体です。様々な国や組織が何度も暗殺を試みましたがすべて返り討ちにしています」
「返り討ち…… どのような戦術を取るんですか?」
「あなたと同じ生体倉庫で亜空間から武器を取り出して投擲してきます。また水術の達人でもあり防御が堅いです。接近戦でもショートハルバードというハルバードの柄が短いものを小枝のように振るってきます」
ハルバードは長柄武器の一種で斧頭と槍先とかぎ爪で構成されている。なのでショートハルバードは斧頭と槍先とかぎ爪からなる片手斧のような物だ。
(斧頭だけでも重いのに槍先とかぎ爪がついてるのか。かなりの重量だ。もらわないように気をつけないと)
おお、聡明であられるご客人はお気づきだろう。ブランはウルガンの警告を無視してリンゼとの闘いをシミュレートし始めている。
黙考するブランを見てイレーヌが声を強めて言った。
「総統も仰っていましたがリンゼに会ったら闘わないでください。一人でどうこう出来る相手ではないのです。もしリンゼと出会ったらこの作戦は終わりです。手ぶらで撤退しても総統は納得されると思います」
「わかりました」
ブランは軽く返事をしたが撤退しようとは内心思っていなかった。怪物を殺せる機会があるなら殺す。それがこの当時のブラン・マルティスの行動様式であった。
イレーヌはブランの " 軽さ " に引っかかるものを感じていたが一応了解し、リンゼの外見について話し始めた。
「続いてリンゼ・シェトランの外見を説明します。まず身長ですがブランさんより頭半分高いぐらい。実年齢は300歳以上ですが、顔は10代のように若いです。髪は白に近い薄紫色、瞳の色は吸血鬼なので赤です。繰り返しますが、こんな個体を見かけたら逃げてください」
「実年齢300歳以上なのに10代のような外見ですか」
「はい」
「不老を気取り、世の理に反している。──まさに怪物ですね」
「……ええ、怪物です」
この時ブランは怪物、すなわちリンゼへの敵意を深めていた。イレーヌは不穏なものを感じていたが、ブランが間違った発言をしたわけではないので何も言えなかった。昨日できたばかりの急造チームなのだ。深いコミュニケーションは不可能だった。
一度テーバという町で小休憩を挟んだあと、一行は再びダルムレン城へ向けて進んだ。再び尻が痛くなってきている。
テーバを出て二時間経った。空は日が沈み月が浮かんでいる。道中、御者にダルムレン方面に進む馬車を警戒してもらっているがまだ見つかっていない。ブランが素朴な疑問を口にする。
「公女の馬車を追い越してる可能性もあるんじゃないですか?」
「可能性はあります。ダルムレンまで行って見当たらなかったら、城の前で監視しましょう」
「了解です」
「イレーヌさん、そのダルムレン城が見えてきましたぜ」
御者が馬車内に向けて声をかけてきた。イレーヌとブランが馬車から身を乗り出す。すると篝火に照らされて長い城壁が見えてきた。ダルムレン城の長城部分だ。城壁の両端はまるで見えない。とんでもない横幅だった。
イレーヌが御者に向けて叫ぶ。
「馬車は見えますか!?」
御者が目をこらし長城の門付近を見やると馬車と男たちがいた。男の一部は城の兵士に見える。
「いますぜ! あれかもしれねぇ」
「全速で近づいてください。ブランさんは戦闘の準備を!」
イレーヌの号令を受け戦闘のスイッチが入る。青いトカゲ目に闘志が灯った。
一方、前方の馬車はあわてて動き出した。イレーヌたちに気づいたのだ。そして門扉が開き始めた。前方の馬車を招き入れようとしている。
「こっちに気づいたみたいですぜ! どうしやす?」
「全速前進! あの馬車を止めねばなりません!」
御者はマジかと思いつつ手綱をパンパンと叩く。手綱から指示を受け取った馬たちもマジかと思いつつ速度を上げる。
イレーヌたちの馬車は速かったが、公女の物と思われる馬車は城門を通ってしまった。それと同時に城壁の歩廊から「よく来たな! 死ね!」とばかりに無数の矢が射かけられた。デンジャラス! 御者が被っていたハンチング帽が射落とされる!
「イレーヌさんよ! 歓迎が手荒すぎやしねぇか!?」
「ラスタニアと我が国は200年以上敵対してますからね!」
なおも矢が雨のごとく降り注ぐ。そのうちの一矢がイレーヌの胸部に突き刺さった。
「うっ!?」
「イレーヌさん!?」
「た、退却です! 矢が届かない所まで!」
苦悶の表情を浮かべながらイレーヌは御者に指示した。御者が必死に手綱を動かすが馬車の方向転換は時間がかかる。その間、手荒い歓迎のおかわりが馬車に降り注ぎ、今度はイレーヌの腕に突き刺さった。
「ああっ!」
彼女ばかりに当たるのは運の違いか、運動神経の違いか。
見かねたブランが馬車から身を乗り出し符を投げた。すると符が城壁にぶつかり爆発した。爆符という火術と風術の合成符だ。突然の爆発に「すわっ何事か!?」と歩哨たちが混乱している。
「今のうちに逃げましょう!」とブランが叫ぶ。
「言われなくとも!」と御者が応じた。
方向転換を終え馬車は来た道を戻り始めた。「おととい来やがれ!」というお見送りの言葉を耳にしながらブランたちは一時退却した。




