第7話 馬車内ガイダンス
教会から旅立った馬車が田舎道を進む。大きな岩を取り除き、人が踏みつけただけの道なので馬車内はガタガタ揺れている。
箱型の客室の中、向き合う形でブランとイレーヌは座っていた。二人とも緊張していたが理由は違っていた。
イレーヌの緊張はブランが自分よりはるかに強く、襲われたら敵わないという恐怖からだった。ブランの奇異な見た目への嫌悪感もある。
一方、ブランの緊張はイレーヌから罵倒されたり露骨に嫌悪されたりしないか不安だったためだ。単純に年上の綺麗なお姉さんと二人きりになるのが初めてというのもある。
イレーヌは意を決して一つ深呼吸してから話しかけた。
「改めまして、イレーヌと申します。これからしばらくよろしくお願いします、ブランさん」
さん付けで呼ばれるのは人生で初めてであった。少年は少々舞い上がって挨拶を返す。
「こちらこそよろしくお願いします、イレーヌさん。馬車って結構揺れるんですね」
「ええ、かなり疲れますよ。お尻の病気になる人もいます。今は夜ですし荒れた道なのでスピードを抑えていますが明るくなって街道に出たらもっと飛ばします。今から覚悟しておいてください」
「了解です」
「では今からの行程を説明します。まずここから北西にあるストロベ関という関所を目指します。ゼシカ公女一行も馬車でエニスラルダに行くならここを通るはず。ストロベ関まではここから一日かかります」
「関所ですか。そこで捕縛とかできないんですか?」
「一応ストロベ関に早馬を出して捕縛を要請してはいます。ですがおそらく早馬が関所に着く前に公女が関所を抜けるでしょう。我々が公女逃亡の知らせを受けたのは逃亡日から7日後だったのです。かなりの距離を稼がれてしまいました」
知らせが入るのが遅れたのは、ウルガンの調査員が刺客に襲われ重症を負ったためである。状況的に刺客はクレシア家の差し金と見ていいだろう。
「そうですか。もっと早くに知らせを受けてれば、ですね」
「まったくです。ストロべ関で馬を替え、ベルファ街道を北に進みます。追加で一日進むとエニスラルダ領のダルムレン城が見えてきます。ダルムレン城は指揮所・倉庫・住居等からなる『本城』と、長大な城壁からなる『長城』で構成されています、この長城は我が国とラスタニアの国境にもなっています」
「長城…… 見たことないです」
「私も実物は見たことありませんよ。本で知識はありますが」
そう言ってイレーヌは彼女の傍らで揺れている書籍の山をポンポンと叩いた。総統の秘書はブランの聡明さ、礼儀正しさにいくらか緊張を和らげつつあった。
「公女の馬車に追いつくのはダルムレン城の直前になると予想しています。そこまでは強行軍です。多少は休みますがあまり寝れないと思ってください」
ブランは小さく頷いた。
「続いてゼシカ公女について説明します。彼女の似顔絵を作らせていますので見てください」
イレーヌは鞄から紙を取り出してブランに渡した。そこにはくりくりとした赤目が印象的な金髪の少女が描かれていた。
「総統から説明があったように吸血鬼は赤目が特徴です。色眼鏡などで隠してるかもしれませんが、逆に言うと目元を隠していたら公女の可能性が高いです。身長はブランさんより少し低いぐらい。体型は同い年の子に比べて発育が良かったそうです」
「体型はローブなどを着ていたらわからないかもですね」
「はい、なので参考程度に。金髪もウィッグなどで誤魔化してる可能性があるかと」
「なるほど、頭に入れておきます」
ブランは亡命者を追っているという自覚がわいてきた。命がけで逃げるならばそれぐらいするだろう。
「ここからは吸血鬼の一般的な特徴を説明します。その前に確認。ブランさんはどの程度吸血鬼のことをご存知で?」
「師父が持っていた本を読んである程度は知っています」
「具体的にはどういう知識がありますか? 私は吸血鬼討伐部隊の事務方も務めており、吸血鬼に関する専門知識を有しています。知識量と知識の正誤をチェックさせてください」
ならばとブランは自身が持っている吸血鬼の知識を話した。列挙すると以下の内容だ。
・吸血鬼とは人の血を食料とする亜人である
・目が赤く牙が生えている
・コウモリに姿を変えられる
・吸血された人間は吸血鬼になる。また吸血された者の眷属となる
・鏡に映らない
・ニンニクやY字架、聖餅、太陽が苦手
「──ざっとこんなところですが」
フーガスから借りた年代物の本から得た知識だった。フーガス自身は吸血鬼についてあまり説明してこなかった。
「ありがとうございます。よくわかりました。やはり正確な部分とそうでない部分がありますね」
イレーヌは自分のおでこを指差した。頭を使うときの彼女の癖であった。
「まずニンニクについてですが、吸血鬼は苦手としてません」
「そうなんですか!?」
「ええ、正確には苦手としてる吸血鬼もいるかもしれませんが、種族として苦手としてるわけではありません。好んで食べる者もいるようですよ」
「そうなんですか。ん? 好んで食べる?」
「吸血鬼は普通の食事もします。ただ、血以外のものを摂取しても栄養にならないようです」
ブランはやや疑いながらイレーヌを見据える。
「それは本に書いてありませんでした。本当ですか?」
「私たちは総統の監督・指導のもと吸血鬼の情報を集め検証しています。総統の吸血鬼に対する執念は先ほど知って頂いたはず」
確かに知った。ウルガンは「吸血鬼を滅ぼすことが人生の目的」ともに言っていた。あの復讐者がいい加減な情報を良しとするとは思えなかった。
「わかりました。吸血鬼について再勉強が必要なようですね。他にはどんな特徴があるのですか?」
「力が強い上に知力があります。これが一番の脅威です。魔術も使いますし武芸の心得がある者もいます」
退魔僧の少年はうつむき、イレーヌの言を噛み締めた。
「それは厄介だ」
数時間前ブランが倒した人狼は力はあったが武芸はなかった。だから攻撃を難なく避けれたが、技術で当てにくるのなら別の対応が必要だっただろう。
「それと再生能力があります。検証の結果、心臓からの血管が繋がった部位は傷つけても再生してしまうのが分かっています」
これも嫌な情報だった。半端な攻撃では倒せないと見るべきだろう。
「あとコウモリに姿を変えられる個体は確認されてません。ただしリンゼ・シェトランは身体を霧に変えられるようです。霧となって移動・潜入された城は数知れないとか」
ネガティブな情報を連発されて憂鬱になってきたのでブランは弱点は何があるか聞いた。
「いくつかあります。一つは太陽です。ここはブランさんの認識も正しいです。日差しを浴びると奴らは火傷します。闘うなら日差しがある時間に屋外がいいですね」
「時間と場所の指定……」
思わず独りごちた。逃亡者を追う任務なので闘う状況を選択できない気がしたのだ。
「二つ目は心臓です。心臓が再生能力の元になってるようで、心臓を破壊すれば再生させずに殺せます。あと腕などを切断してしまえば再生されません。心臓から血が通わないからですね」
「なるほど」
「総合すると弱点はあるものの、吸血鬼は最強の怪物と言えます。我々も何度やつらに煮湯を飲まされたかわかりません。リンゼはもちろんゼシカ公女にも油断しないように」
ブランは深く首肯した。
「ちなみに私は戦闘はからっきしなので当てにしないでください。魔術も三系統しか使えないですしね」
糸目の秘書官は恥ずかしそうに身を縮めた。対してブランはあっけらかんと言った。
「そんな、三系統も使えれば十分ですよ」
イレーヌは思わず顔をひくつかせた。このときの彼女の内心は遺品であるカチューシャが教えてくれる。具体的には
(おんどりゃあ嫌味なクソガキ! 五系統も使える小僧に慰められてもなんも嬉しくないんじゃ!)
という感じで大層お怒りであった。
ブランは地雷を踏み抜いたことに気づかなかったが、それでも不穏なものを感じ青ざめた。ご客人も年上のお姉さんと話すときはよくよく気をつけられたい。
イレーヌは一つ咳払いをして気を取り直し姿勢を正した。大事なことを確認せねばならなかった。
「最後にもう一点。本当はこれを最初に聞いておくべきだったかもしれません」
まっすぐにブランを見据えて言った。
「ブランさん、あなたは必要とあらば公女を斬れますか?」
イレーヌはこの童顔の少年が公女を害せるか確信を持てずにいた。吸血鬼は怪物ではあるがヒトの形をしている。いざ公女と対面した際、躊躇が生まれても不思議でなかった。
ブランは3秒ほど間を置いたのち答えた。
「斬れます。拙は怪物を殺すことでしか人間だと証明できないので」
どぶ川のように濁ったトカゲ目であった。
その目に見据えられたイレーヌは、背中に幾筋も冷や汗が流れるのを感じ、逃げ出したい気持ちになるのだった。




