第6話 エニスラルダへ
「実力の一端、ですか」
「そうだ。フーガスから相当やれると聞いているがこの目で見ないとな」
光双子石越しに国家元首の視線が突き刺さった。ブランは思案した。技能を見せるのはやぶさかでないが、どうしたものか。この狭い部屋で符を飛ばしたり剣の演舞はしたくない。
「【空術:引出】を見せてやればいい」
フーガスから解決法が提示された。ブランの脳に漂っていた霧がパッと晴れる。
「なるほど、それならこの部屋でも楽に出来ますね」
言うとブランは立ち上がって唱えた。
「【引出】1番」
ブランのやや前方に銀色の円が現れた。その円に手を入れ引き上げると指に剣が握られていた。ウルガンとイレーヌはその光景に目を見張った。
完全に引き抜くとブランは剣先を上に向け胸元で掲げた。
「部屋を傷つけるなよ」とフーガス。
「師父じゃあるまいし」
チクリと返すと「なんだとこのォ!」と首を絞められた。「ギャー! ヒトゴロシ!」とブランが応える。ブランとフーガスは時おりこのようにじゃれ合うことがあった。
普段のウルガンならこのじゃれ合いを咎めていたが、今彼の心中は驚愕に支配されている。ウルガンは息を詰まらせながら問うた。
「見た。だが信じられん。【空術:格納】もできるのか?」
ブランの首をギュウギュウ絞めながらフーガスが答える。
「おいおい【格納】ができなきゃ【引出】もできんだろうが」
「そうだな、その通りだ。君年齢は?」
「ぐへぇ、14歳です」
ブランは若干酸欠になりながら答えた。割と楽しそうである。
「14歳! 14歳で生体倉庫か」
ご客人にはなんの事やらさっぱりぱりだと思うので説明しよう。
空術とは空間を操る魔術だ。操作できる空間には現実空間と、現実とは別位相の亜空間の二つがある。今しがたブランが唱えた【引出】とは亜空間に格納されている物を現実空間に引き出す術だ。引き出す際には1番、2番という風に番地指定する。
先ほどブランが【引出】を披露したが、これは【格納】も習得済みなのを意味する。物を亜空間に納める術を習得していないと、亜空間から物を引き出せないからだ。
この【引出】と【格納】ができる者は生体倉庫と呼ばれ大変重宝されている。運送業、軍事、諜報活動など引く手数多だからだ。ちなみに空術適性が有る者は百人に一人で、そのうち生体倉庫になれる者は千人に一人だ。つまりブランは十万人に一人の才能を持っていると言える。
ウルガンが興味深げな声色でブランに問う。
「他にはどんな魔術が使えるのだ?」
「系統で言えば火術、風術、陰術、気術も使えます」
「は???」
それまで無言で光双子石と音双子石への魔力供給に専念してたイレーヌが思わず口を開いた。必死に抑えていた嫉妬心がついにあふれたのだ。
一方でウルガンは率直にブランを称賛した。
「その歳で合計5系統。たいしたものだ」
イレーヌが世を儚んだ表情で上司にこぼした。
「総統、私具合が悪くなってきたので帰っていいですか?」
「気持ちはワカルが我慢してくれ」
もうよさそうだなと思ってブランは【格納】を唱え剣を片付けた。
やや黙考したあとウルガンは独り言のようにつぶやいた。
「亜人は魔術の習得が早いのか?」
「さぁな。でもコイツは捨てられた日以来、ずっとずっと努力してたよ」
フーガスはポンポンとブランの頭を軽く叩いた。亜人の少年は胸が温かくなった。
ウルガンはやや前のめりになって言った。
「なるほど、君の実力はよくわかった。片田舎の助祭ごときに何ができると思っていたが、君ならやれるかもしれない。ブラン君、師の代わりにエニスラルダへ向かってくれないか?」
ブランは隣に座るフーガスを見た。フーガスは額に深い皺を刻みながら言った。
「吸血鬼の討伐は我ら退魔僧の使命だ。臆することなく行きなさい」
フーガスには苦悩が浮かんでいたが、師の承認を得たブランに迷いはなかった。少年はウルガンに正対し答えた。
「微力を尽くします」
ウルガンは深く頷いたあと指を5本立てた。
「成功した場合、報酬は金貨50枚だ。もちろん高品質のワズドネル金貨でな」
これを聞くとフーガスは先ほどと打って変わって能天気に言った。
「前金で20枚くれるって話だからな。いやぁこれで教会の厠が直せる!」
ブランは激しくずっこけた。ウルガンもイレーヌも「うわぁ」という表情をしている。
ずれ落ちた身体を立て直しながらブランはフーガスをじっと見た。
「師父」
「なんだ?」
「拙にもモチベーションというのがあるのですから厠を直すとか言うのはちょっと……」
「何を言う。厠は大事だろうが」
「大事ですけれども!」
「コイツは昔からどこか抜けてる所があるから……」
ブランを哀れに思ったのかウルガンが慰めた。
「抜け……てる……?」
フーガスがハゲ頭を抑え青ざめた。
「いちいち反応するんじゃないよ! 急いでんだよこっちは!!」
ウルガンが至極もっともな激怒をした。
「すみません、うちの師匠がすみません」
ブランはゾブレ教会を代表して頭を下げた。
「ともかく」
一つ咳払いをしてウルガンは早口で告げた。
「急いでエニスラルダへ向かって欲しい。時間との勝負だ。できれば国境前でゼシカの馬車を捕まえたい。作戦の詳細は当方の馬車の中でイレーヌから聞いてくれ」
「わかりました」
「それと一つ忠告しておく」
「なんでしょう?」
「もしリンゼ・シェトランと出くわしたら決して闘うな。勝てる相手じゃない」
ブランはフーガス、イレーヌとともに教会の外に出た。
夜空の星々は輝きを増していたが、闇は一層深かった。
教会の脇を見るとニ頭引きの馬車が御者とともに待機していた。
「すまんな、大変な仕事をさせる」
フーガスは強張った表情をしていた。この仕事は彼にとって苦渋の決断であり、部屋でトンチキな厠ばなしをしたのは事態の深刻さを少しでも和らげるためだった。
懸念がいくつもある任務だ。ブランが無事に帰って来れるかわからない。使命とはいえ13歳の少女を捕縛、あるいは討伐することに罪悪感を覚えないかも心配だった。もちろんこの任務自体の良し悪しも疑問だ。神はなんと言うだろう?
だがそれでもブランが成果を上げればこの子は総統の関係者になれる。総統の関係者とあらば教会の悪童たちも手を出せないと思ったのだ。多くの懸念を抱えるフーガスには、毒以上に蜜を感じる果実だった。
フーガスの思いを知ったわけではなかろうが、師父の言葉にブランは気丈に応えた。
「厠は前金で直すとして、成功報酬を貰ったら今度は何を直しましょう?」
フーガスは8年前のあの日のように愛弟子を強く抱きしめた。
「無事に帰ってこい」
「はい。師父にも神のご加護があらんことを」
この8年でブランの身長は頭二つ分伸び、フーガスの顔のシミは三つ増えていた。
「そろそろ行きますよ」
馬車からイレーヌが顔を出した。ブランはフーガスに一礼した後、馬車に乗り込んだ。フーガスは愛弟子の顔が見たくて【暗視】を使った。
御者が手綱を叩くと、月明かりと光術石のライトを頼りに馬たちが走り出した。
フーガスは遠ざかっていく馬車が闇に溶けるまで見送っていた。




