第5話 総統との謁見
フーガスの予言めいた話にブランは思わず顔をしかめた。
ブランは6歳で捨てられた日以来、ゾブレとかいう片田舎でずっと過ごしてきた。当然総統と面識はないし、なんなら名前すら知らない。フーガスに率直に尋ねた。
「総統ってこの国で一番偉い方ですよね? それがなぜ拙に依頼を?」
「少なく見積もっても行き帰りで4日はかかる依頼でな。そうなると俺は護衛任務に間に合わん」
イレーヌは不服そうな顔をしながら黙って立っている。フーガスに依頼を断られたのだろう。
「ともかくウルガン総統からお前に依頼内容を説明させる。俺の部屋に来てくれ」
言われるがまま、ブランは大人たちと一緒にフーガスの個室に入った。
個室に入ると机の上に見覚えのないアイテムが二点置いてあるのに気づいた。
一つはまな板めいた透明な鉱石で台座に立てかけてある。もう一つは球状の鉱石で柔らかな布の上に置いてある。驚いてブランが尋ねる。
「もしかしてあれ双子石ですか?」
「よくわかったな」
「師父の本に書いてありましたから。お高いんでしょう?」
「光双子石、音双子石のセットで金貨10枚だそうだ」
双子石とは魔力を流すことで片方で起こった状況をもう片方に伝える性質を持つ鉱石だ。光双子石は遠隔地の映像を、音双子石は遠隔地の音を伝えることができる。板の方が光双子石で、球状のものが音双子石だ。
「では改めてウルガン総統よりご説明頂きます。くれぐれも粗相のないように」
イレーヌが早口で言いながら両手を前に出し魔力を流した。すると光双子石と音双子石が輝いた。光双子石に灰色の眼鏡をかけた中年男性が映る。
「──おい、本当に亜人を飼っているのか!?」
音双子石から遠隔地の声が聞こえた。低く威厳のある声だった。
「飼っているとはどういう言い草だ。この子を侮辱するつもりならこの話はなしだ。前金も返す」
フーガスが毅然と抗議した。この程度の悪口ブランはとっくに慣れていたが、それでもフーガスの気遣いはありがたかった。
「──わかった。以後気をつけよう。ブラン君と言ったね。私はウルガン・プレシア・ブラッテス。この国の総統を勤めている。君の師匠フーガスとは武学館時代からの旧友だ」
眼鏡で隠れてはいるが猛禽めいて目つきの鋭い男であった。顔は細長で顎はがっしりしている。髪は白髪混じりの黒髪で激しくうねっていた。為政者というより軍人を思わせる風貌であった。
「拝謁の機会をたまわり恐悦至極に存じます総統閣下。フーガスの徒弟が一人、ブラン・マルティスと申します。このように椅子に座しながらの挨拶となる無礼、何卒ご容赦ください」
「語彙があるようだな。話が早く済みそうで助かる。それと今後は慇懃な挨拶はいらん。とにかく時間が惜しい」
聞いてブランは唇を結んだ。
(かなり切迫してるみたいだ)
その認識は正しく、予定ならばフーガスが依頼を受諾している話であり、既にタイムロスが発生しているのだ。
「君に依頼したい内容を伝える。我が国のとある公女がラスタニア王国エニスラルダ領へ亡命しようとしている。それを阻止し公女を連れ戻して欲しい。公女の生死は問わない」
ブランに緊張が走る。重大な仕事である予感はしていたがはるかに予想を超えていた。まさか貴人の亡命阻止を依頼されるとは。
それにしても奇妙な依頼だ。生死は問わないとはどういうことなのか? なぜ師父に依頼したのか? 疑問符が浮かぶ。
ブランの疑念は表情に出ており、ウルガンがそれを察した。
「うむ、依頼の背景を説明しよう」
咳払いをしたのち、ウルガンは滔々と話し始めた。
我が国の五大貴族の一つにクレシア家という氏族がある。公爵家だ。そのクレシア家にゼシカという公女がいる。明朗快活で好奇心旺盛、誰にでも優しい自慢の娘だったという。
その公女が今から一年前、焼死体で発見された。家族で別荘に行った際、別荘ごと燃えたのだ。遺体は激しく損傷していたが、身につけていたペンダントからゼシカと分かったらしい。
五大貴族の息女なので私も葬儀に参加した。そこで私はクレシア夫妻に違和感を覚えた。と言うのも確かに悲痛な表情をしていたが、13歳の愛娘を失った悲しみとはどこか違ったのだ。
私は手の者にゼシカについて調べさせた。すると驚くべきことがわかった。死の一年前からゼシカの目が赤くなっていたのだ。これはあの憎むべき吸血鬼の特徴だ! 常人は青目、緑目、黒目など様々な色があるが赤目には決してならない!
「こいつは幼いころ吸血鬼に家族と友人を殺されてるんだ」
フーガスから注釈が入った。ウルガンが頷き言葉を続ける。
ああ、だから俺は吸血鬼を憎んでいる。吸血鬼を滅ぼすことが俺の人生の目的と言っていい。
背景の説明に戻ろう。クレシア夫妻が自らの手で娘を始末したならば問題にしない。むしろよくやったと褒め称えるさ。こうして追求している理由は娘の死が偽装だからだ。
ゼシカは今生きている。葬儀に出てきた遺体は身代わりだ。おそらくは刑場などから適当な遺体を買ってペンダントをつけ、別荘ごと念入りに燃やしたのだろう。
ゼシカ生存の証拠を掴むため家宅捜索も行ったが、とうとう彼女は見つからなかった。夫妻から猛烈な抗議を受けたよ。罪を裏付けるにはゼシカの身柄を抑え、吸血鬼化の証拠を掴むしかない。
私は調査員を配し、クレシア家が尻尾を出すのを待った。そしてゼシカが馬車でラスタニア王国のエニスラルダ領に向かったと報せを受けた。
──ここまではいいか?
ブランは唇に手をやり情報を咀嚼した。おおよその話はわかったが、不明点もあった。
「三点ほどお聞きしたいことがあるのですが」
「聞こう」
「ありがとうございます。一つ目ですが、なぜエニスラルダという場所にその公女様は向かったのですか?」
「エニスラルダは世界で唯一、吸血鬼が治める土地だからだ」
忌々しそうにウルガンは答えた。
「領主の名はリンゼ・プレシア・シェトラン・シルバーフィールド。200年前からエニスラルダを支配している女吸血鬼だ」
ブランは衝撃を受けた。世界に吸血鬼が治める土地が存在するとは知らなかったのだ。しかも200年も。
「クレシア夫妻はリンゼと密かに連絡を取り合い、娘を密入国させる準備をしたのだろう。ゼシカが生きるにはエニスラルダに亡命するしかないのだ。我が国にいれば俺が殺すからな」
眼鏡越しにウルガンの目が硬質な光を放った。怪物の殺意も恐れぬブランが戦慄を覚えた。
つばを飲み込み気を取り直して次の質問をした。
「よく分かりました。二点目ですがなぜ我が師に頼んだのでしょうか? それほど吸血鬼を憎んでおられるなら対吸血鬼用の人員がいるのでは?」
「無論いるさ。だか別の吸血鬼を狩るために各地に出払っていてな。手空きの人員はイレーヌ女史以外いなかったのだ。もう一つ加えると最悪エニスラルダに潜入してゼシカを捕縛せねばならん。この国で二番目に強く、単独特殊任務に適性のある君の師父の出番というわけだ」
フーガスがこの国で二番目に強いとの評価を誇らしく感じると同時に、では一番は誰だろう? とも思った。が、しかしこの場では不要の疑問と思われた。
「承知しました。最後の質問です。生死を問わないというのは?」
今までの話でおおよそ察しはついていたが、確認はしておきたかった。
「吸血鬼になった時点で生きてる価値などないからだ! 証拠となる首から上があればいい!!」
「回答ありがとうございます。すべて分かりました」
予想通りの反応とはいえ身体が震えた。これほど恐ろしい復讐者と相対するのは初めてだった。ブランが深く首を下げたのは儀礼的な意味だけではない。
「代わりに私からも質問だ」
復讐者は両手で台形を作り、ブランに問いかけた。
「君はどれぐらいやれるのだ? 実力の一端を見せて欲しい」




