第4話 首都からの使者
そんなことを思い出しながらフーガスは帰路を進んでいた。
そうだ、ブランは優しい子だ。彼の理解者が自分一人しかいないという環境が彼をあんな風にねじ曲げているのだ。みながブランを怪物扱いするなら、ブランが過剰に「人間だ」と示したくなるのは道理ではないか。
ならば自分がなすべきはブランの理解者を増やすことだ。だがどうやって? 今日のことでポールらは態度をさらに硬直化させるに違いない。改善策が思い浮かばない。理解者を増やすなど不可能ではないか?
このようにフーガスも懊悩していた。彼は有能な司祭だったが、万能ではなかった。
フーガスにはもう一つ悩みがあった。
彼は明朝ゾブレ町を離れ首都に向かわねばならぬ。一ヶ月後に首都にて教皇選出選挙が行わるのだが、フーガスが熱烈に支持するドーソン枢機卿も次期教皇候補に入っていた。ドーソン派閥きっての強者であるフーガスは枢機卿から直々に選挙期間中の護衛を仰せつかっているのだ。
尊敬する雲の上の人物からの依頼。フーガスはドーソンの護衛を神より与えられた使命と感じていた。
また経済的にもドーソンの命令を断るのは難しかった。孤児院も兼ねてるゾブレ教会は貧しく、ドーソンからの援助が不可欠なのだ。ドーソンの命令を反故にすればゾブレ教会は立ち行かなくなる。
護衛のためゾブレ町から離れる期間は約三ヶ月。その間ブランは教会内で孤立無援となる。ブランが教会のメンバーからいじめに遭うかもしれない。特にメアリは性格が畜生だし、ジェイコブは陰湿だ。自分が目を光らせていないとどうなるか心配だった。
いっそブランを出張に同行させるか?
──無理だ。ブランを連れて行くとしたら自費になる。そんな金は逆さに振っても出てこない。
そうこうしている間に教会が見えてきた。
正門前に年長の孤児であるマイクが立っている。マイクが暗闇に浮かぶ球電めいた光を見て叫ぶ。
「何の光!? あ、司祭さまか。おつかれさまです。無事の帰りを神さまに感謝します」
「出迎えありがとう。ところで暗い中、なんで俺だとわかった?」
「司祭さまに首都からお客さまが来てますよ」
マイクは養育者に向かって「司祭さまの頭が月明かりを反射していたので気づきました!」と元気よく言うわけにもいかず巧みに話題を逸らした。そして実際首都から客は来ているのだ。
「お初にお目にかかります、フーガス司祭」
教会から妙齢の女性が出てきた。
髪はオレンジ色で前髪をカチューシャで止めている。上半身には薄手の濃紺ジャケットを着ており胸部には革製の胸当てを装備していた。下はタイトな灰色ズボンを着ており胸当てと同色の編み上げブーツを履いている。顔立ちだは美麗だが糸のように目が細いのが印象的だ。
「神の導きに感謝を。あなたは?」
「イレーヌと申します。ウルガン総統のもとで秘書官を勤めております」
「ウルガン! 懐かしい名だ」
「総統よりフーガス様に火急の依頼があります。夜分に申し訳ありませんがお時間作っていただけないでしょうか?」
フーガスは困惑で眉間を寄せたあと、諦観で下唇を曲げた。
「明朝に出立を控えている身ですが国家元首のご依頼とあらば是非もありません。お話し伺いましょう」
「助かります。秘密の話でもありますので…… 二人になれる部屋を用意頂きたいのですが」
「えっちな話?」
「えっちな話ではありません」
フーガスは「えっちな話じゃないのかぁ」というため息を吐いたあと、後ろに控えていた弟子たちに振り返った。
「お前たち、今日はもう寝なさい。明日からのことは朝一で指示する。みなの眠りに神の微笑みがあらんことを」
ブランたちは解散し各々の部屋に戻っていった。途中、ポールたちは孤児たちに今夜の武勇伝をせがまれていた。ブランに声をかける子はいなかった。
ブランは自室に戻るとY字架のネックレスを外しカソックコートを脱いだ。皮膚には所々鱗が、そしてそれ以上に古傷の跡が生々しく浮かんでいた。修行中、あるいは怪物との闘いで付いた傷だ。彼とて最初から強かったわけではないのだ。
戦闘でかいた汗をタオルで拭う。そしてズボンと下着を下ろした。
尾てい骨の辺りからトカゲの尻尾が生えていた。
ブランは机の引出しからナイフを取り出すと、尻尾の付け根に当てがい引いた。
「ウッ」
強烈な痛みを伴ったが尻尾は切れた。苦痛だがこれ以上放っておくと尻の辺りが尻尾で盛り上がってしまい目立つのだ。痛い方が悪目立ちするよりはるかにましであった。
止血して下着を履きひと心地ついたあと、明日からのことを思った。
師父がいなくなる。これは恐ろしいことだ。今度はどんな嫌がらせを受けるだろう。
と言うのも、ブランはフーガス不在時に同僚や孤児によって玩具にされているのだ。
例を挙げると二年前フーガスが出張した際、部屋に何百匹もの虫を撒かれる事件があった。主犯はメアリだったのだが「トカゲだから虫は好物だと思って」とのたまっていた。
泣きながら自分で虫を処分したこと、その様子をジェイコブが愉しげに眺めていたことをブランは覚えている。
他にもある。ブランのカソックコートはトカゲ目を隠すためフードが付いているのだが、そのフードにネズミの死骸を入れられたことがあった。知らずにフードを被ったため、死骸が頭に乗ってしまい最悪だった。
メアリに詰問したが「知らなーい。アタシが入れたって証拠あんの?」と笑いながら答えられた。
まだある。ある日広間でスープを飲んでいたとき、孤児の一人に呼ばれて席を外した。戻って再びスープを飲んだとき猛烈に味が変化していた。生ゴミを煮詰めたような刺激に思わず嘔吐した。
吐き終わって顔を上げたとき、周囲からケタケタと笑い声がした。孤児を含めた全員が笑っていた。
以上のように、もはやいじめと呼べる段階は越えていた。迫害と言って差し支えない。
そして今度のフーガスの不在は三ヶ月だ。メアリらは天佑とばかりにやりたい放題やるだろう。寝込みを集団で襲われたり、食事に致死性の毒を盛られたりするかもしれない。ストレスで頭がおかしくなりそうだった。
本当はフーガスに「教会にいてください。ぼくを一人にしないでください」と言いたかった。でも言えなかった。フーガスが枢機卿の命令を断れないと知っているからだ。
(繰り返しだ。ぼくは8年前、お母さんに捨てられた日のことを繰り返そうとしている。成長がないな)
彼は自らを嗤った。自己犠牲で問題を取りつくろうのがクセになってると自覚したのだ。
(いっそ自分が消えてしまえば楽になるのかな? 尻尾なんてケチくさいことを言わずに、この首を落としてしまえば)
そう閃き、軽い気持ちで首筋にナイフを当てた。
ナイフの冷たさを首筋に感じたとき、部屋の扉がコンコンとノックされた。
「どなたですか?」
誰何したところ「俺だ」と返答があった。
「ちょっと待ってください」
急いでズボンを履き、床に置きっぱなしだった尻尾を角にやった。
扉を開けるとフーガスと首都からの使者、イレーヌが立っていた。
「ふむ、お取り込み中だったかな?」
ここでいうお取り込みとは二次性徴を迎えた男子なら全員いたしているアレである。
「お取り込み中ではありません」
ムッとして答えた。初対面の女性がいるのになんちゅうことを聞くのだ。もし本当に「お取り込み中」だったらどう責任を取ると言うのだ。
「何用ですか? 師父の言いつけ通り今夜はもう寝ようと思うのですが」
姿勢を正し、彼の師は告げた。
「状況が変わった。お前も俺と一緒に話を聞いてほしい。総統直々の依頼をお前は受ける運びになるだろう」
歴史の歯車がゴトリと動き出していた。




