第3話 回想 ~ 8年前の夏の日 ~
とても暑い日だったことを、フーガスは覚えている。
8年前のことだ。
顔のシミを掻きながら自室で本を読んでいると、扉の外が騒がしかった。
フーガスの教会は孤児院を兼ねており、常に7人ほど身寄りのない子供たちが暮らしていた。メアリとジェイコブの声が扉越しに聞こえる。
「アタシたち食べられちゃうの?」
「やだよ、死にたくない。お母さんに会いたい」
何事かと思い自室から出てメアリに聞いてみた。
「教会の門のとこに亜人が立ってるの」
血の気が引いたフーガスは急ぎ教会の外に出た。するとフードつきのローブをまとった幼子が立っていた。フードの内側からすすり泣く声が聞こえる。
幼子の服は生地こそありふれた物だが清潔だった。丁寧に洗濯されているのだろう。
胸元には真っ白なY字架のネックレスが見える。Y字架とはサニステル教におけるシンボルだ。西方における十字架と同様の物と思ってもらってよい。
フードの中をのぞき込むとトカゲめいた縦長の瞳孔が見えた。この子が孤児らが言っていた亜人だろう。
一瞬、首を刎ねてしまおうかとフーガスは思った。その方が町の住民からは受けがいいし子供たちも安心する。騎士として亜人討伐をしていたころ何千回とやってきたことだ。分厚い討伐録に新たなーページが加わるに過ぎない。
だがすぐに思いとどまってかぶりを振る。
「汝、なにゆえ荒ぶるのか」
聖典の一節だ。サニステル神はどんな怪物でもまずは対話を試みた。もちろん亜人であってもだ。
(何のために騎士を辞めて僧侶になったんだ。殺しに疑問を持ったからじゃないか)
神にならい対話しようと思った。膝をつき幼子に視線を合わせる。
「君は喋ることができるかい?」
幼子は泣きながらこくんと頷いた。
「どうして泣いているんだい?」
「お母さんに捨てられたから」
フーガスは驚きで目を見開いた。
孤児院に子供が捨てられるのは茶飯事だが、大抵の子供は捨てられたという事実にしばらく後で気づく。同じ境遇の子に教えられたり、いつまでも親が迎えに来ないことで思い知るのだ。捨てられたのを最初から自覚している子は珍しかった。
この子の母親に想像を巡らす。清潔な服、綺麗なY字架を見る限り良い母親だったと思われる。
ただ、亜人に対する世間の風当たりは厳しい。一般的な集落では差別され苦しい生活を強いられるだろう。懸命に育てようとしたが忍耐が限界を迎えたのだと想像できた。
フーガスは幼子の顔をよく見たいと思った。怖がらせないようにゆっくりとフードを降ろす。整えられた茶色の髪と鱗の浮かんだ顔が見えた。
「捨てられるのを知ってたのに、なんでお母さんを追いかけなかったんだい?」
グズグズと鼻をすすりながら、それでもハッキリとその子は言った。
「お母さんがぼくのせいで苦しんでること知ってたからどうしても言えなかった。捨てないでって言えなかった」
ワァーーっと幼子は大声で慟哭した。捨てられた経緯を言葉にしたことで悲しみが増幅され、涙腺が決壊したのだ。
フーガスは反射的に幼子を強く抱きしめていた。
なんて優しい子だろう。
この子は自分の悲しみと母親の苦しみを天秤にかけ、後者の方が重いと思ったのだ。目頭が熱くなっていた。
フーガスは一瞬でもこの子を殺そうと思ったことを深く恥じた。そして神に誓った。なんとしてもこの子が育つまで護ってみせると誓った。見た目など関係あるものか、流れる血など関係あるものか。この子は人間だ。




