第2話 トカゲ目の符剣士
フーガスは5体の怪物に囲まれるブランを見つけた。ブランと怪物どもは一触即発の空気を放っている。
(間に合ってよかった。今のアイツがどう倒すか見れるな)
幸運を神に感謝しつつ、遠眼鏡でブランの様子をくまなく観察した。
茶色の髪は乱れておらず、助祭の位階を示す灰色のカソックコートは傷一つない。
武器は何も持っていない。素手だ。
呼吸は落ち着いており、青いトカゲ目が静かに闘志をたたえていた。
メアリが汗をぬぐいながらフーガスに問う。
「あのチビどんな様子ですか?」
ブランはメアリより頭半分ほど背が低く細身だ。短身痩躯と言っていいだろう。
フーガスはメアリの質問に答えず、遠眼鏡を渡した。
「自分で観察しなさい」
「これだけ暗くちゃ見えないわよ」
メアリは受け取りながら口を尖らせる。
「【陰術:暗視】にもっと注力なさい」
【暗視】とは陰の精霊を力を借り夜目を効かせる魔術だ。夜の怪物狩りには必須であり、この場にいる退魔僧は全員習得している。
「この術疲れるんですよねぇ」
愚痴りながらメアリは遠眼鏡を覗いて【暗視】を強めた。
すると怪物どもの内訳がわかった。二頭狼が四体、人狼が一体だ。二頭狼は先ほどポールが倒したのと同種だ。これらがブランを四方から囲っている。
人狼は二頭狼からやや離れた位置にいる。風格からしてこの群れのリーダーのようだ。
「人狼がいるじゃないですか。もっと離れないと臭いでアタシたちの存在に気づかれるんじゃ?」
「もうとっくに気づかれてるさ」
フーガスの発言に反応したわけではなかろうが、人狼はフーガスたちに顔を向けギロリとにらんだ。メアリはヒッと小悲鳴を漏らしフーガスの影に隠れる。その後人狼は再びブランに敵意を戻した。
メアリはフーガスの背中からちょこんと顔を出し人狼たちを眺めた。
「なんでヤツらはアタシらを無視してるんです?」
「地面をよく見ろ。答えが転がってる」
言われて地面を注視すると二体の二頭狼が倒れていた。ブランがすでに屠っていたのだ。ポールたちが三人がかりで倒す二頭狼を、単独で。
侍祭らはブランとの力量差を改めて思い知らされ顔をゆがめた。
「やっこさんら、俺たちに気づいちゃいるがまずは仲間の仇を討ちたいんだろ。怒り心頭ってやつさ」
「怒髪天ってわけですね」
ジェイコブがしたり顔で言うと、フーガスは神速で青筋を立てた。
「今髪の話してないだろ!」
「なんで僕怒られたの……?」
フーガスは怒髪天の " 髪 " の部分に反応したわけだが、あまりにも繊細でありジェイコブが困惑するのも無理ないと言えよう。人間、こうなるときびしいものがある。
「フン、そのままやられちまえばいいんだ」
ポールが悪態をつくと、フーガスはため息混じりで彼を一瞥した。
「お前さんの期待通りにはならんよ。仕込みも済んでるしな」
「どういうことです師父?」
「まぁ見てろ」
フーガスは二頭狼どもの足元に置いてある符に視線を向けていた。
侍祭とフーガスは見の姿勢に入った。ブランと怪物どもはひりつくような対峙を続けている。
やがて月に雲がかかり、月光が陰ったのを機に二頭狼どもがブランに襲いかかった。四方から四体同時にだ。あわれブランは狼どもに肉を食い破られ絶命するかに見えた。その時だった!
「発動」
ブランが親指と人差し指で輪を作りながら唱えると彼の周囲に置いてあった四枚の符が一斉に飛び上がり二頭狼どもを貫いた。【風術:飛刃】を込めた符だ。斬符と呼ばれている。
二頭狼は斬符により重傷を負いながらも、なお敵意を剥き出しにしブランに迫ろうとする。
「旋回」
ブランが再び小さく唱えると四枚の斬符が円弧を描いて飛翔し再び二頭狼どもを貫いた。
もう倒したかに見えたがブランの攻撃は終わらなかった。【旋回】を唱え続け、何度も何度も何度も何度も何度も何度も二頭狼たちを斬符で貫いていく!
二頭狼たちはすでに絶命していたが貫かれる衝撃で倒れることもできない。
この凄惨な光景を人狼は呆気にとられ見ていた。衝撃のあまり事態を把握しかねたのだろう。だが子分どもの死を理解すると、牙を露わにしてブランに突進した。手には無骨な棍棒が握られており、頭を打ち抜けば人頭で西瓜割りができるだろう。
ブランは人狼の接近を確認すると【旋回】を止め、右手を左腰付近に持っていく形で上半身を捻った。そしてまなじりを決して唱えた。
「【空術:引出】 1番」
するとブランの右手付近に銀色の円が浮かび上がった。右手が円に挿入されると手首から先が消えていた。なんと面妖な! 少年の手首から先はどこに消えたというのか。そして右手を円から引き抜くと指には剣が握られていた。
上半身を捻ったままブランも人狼に突進する。人狼が殺意をたぎらせ棍棒を振り下ろす。が、ブランは斜めに足を運び回避。上半身の捻りを戻し剣を横薙ぎにする。すれ違いざまに人狼の腹が一閃された。
腹を切り裂かれた人狼は悲鳴を上げ膝から崩れ落ちた。ブランはうずくまる人狼に背後から近づく。そして無慈悲に後頭部に剣を突き刺した。人狼は白目をむきながら倒れ大地と口づけした。誰の目から見ても勝負ありだ。
しかしブランの中では終わっていなかった。恐ろしいことにこのトカゲ目の符剣士は物言わぬ人狼の背中に猛烈に剣を突き下ろし始めたのだ。
ザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッ
剣が絶え間なく死した人狼に突き刺さる。まるで動力だけが生きている壊れた機械だ。おお、何が少年を凶行に駆り立てているのか!
「ブランもういい! もう終わってる!!」
たまらず駆け出したフーガスが背後からブランの肩を強く握った。
戦闘の一部始終を見ていたポールらは戦慄の表情で震えている。
フーガスに振り向いた少年の目は赤く血走っていた。
その顔は凶行者とは思えないほど童顔であった。さぞかし町の人々から可愛がられたであろう、トカゲ目でなければ。
「ブラン、殺しすぎるなと言ってるだろう?」
口を手で覆い、うつむきながらフーガスが問う。視線の先では人狼が血の池に沈んでいる。
ブランはフーガスが困惑しているのを見て色を失った。
「申し訳ありません。師父たちが見ていたとは気づかなくて」
「そういう問題ではない」
「はい、ですが──」
どぶ川のように濁った目で、だがハッキリした声色でブランは言った。
「拙は怪物を殺すことでしか人間だと証明できないので」
ブランは察しの悪い子ではない。周りから自分が怪物だと、忌むべき存在だと思われているのを知っていた。だがブラン自身は自分を人間だと認識している。自分を人間だと証明するにはどうすればいいか?
怪物を殺し、人間側の存在であると示すほかないと思っているのだ。
最近はこの考えが火にかけた水飴のように煮詰まり「怪物を殺している間は人間」だと思うようになった。そして自分を人間だと思える時間を少しでも長くしたいので先ほどの凶行に繋がったのだ。
「その考えは捨てろとも言っている」
フーガスがため息を吐く。
「はい」
「俺はこんなことさせるために符剣術を教えたわけではない。次やったらお前にはもう何も教えない」
先ほどブランが見せた戦闘技法はグレイグ流符剣術といい、フーガスの先祖が始めた武術だ。才ある者しか扱えない武術なのでブランだけが習っている。
「申し訳ありません」
ブランはこぶしを握りしめて震えた。
それを見て彼の師も心が痛んだ。こんな言い方でしかブランを止められない自分が嫌になった。
「師父、もう帰りましょうよ。終わったんでしょ?」
ポールが顔に汗を浮かべながら言った。彼が汗ばんでいるのは湿気を孕んだ夏の森のせいだけではない。他の二人は言葉を発することも出来なかった。
フーガスは気を取り直し、つとめて明るく振る舞った。
「そうだな。みなご苦労だった! これでしばらくは道や町の安全は保たれるだろう。大手を振って教会に帰ろうではないか」
彼らは森を抜けゾブレ町に至る坂道に出た。
念のためフーガスが先頭で、ブランが殿で警戒しながら進む。ポールら侍祭三人衆は列の真ん中だ。
三人衆は本来ならばブランへの嫌味を口にしながら帰りたかった。しかし圧倒的な戦闘力を持つ残忍な怪物が後ろからついて来てると思うと生きた心地がしない。どこか上滑りしながら腹が減っただの今度町で何を買うだの話していた。
ブランは当然その会話の輪に加われない。孤独を感じながら無言でポールたちの10歩後方を歩いていた。
フーガスは振り返ってブランと侍祭らの様子を把握した。彼の額に横じわが浮かぶ。
(どうしたらいいのだろう? ブランは本来優しい子だ。ポールらとも仲良くやっていけるはずなんだ)
フーガスの脳裏にブランとの出会いが想起されようとしていた。




