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第1話 怪物狩りの夜

 

 ワズドネル共和国、ゾブレの森。


 怪物の生息地であるこの森に三人の若者が見える。


 若者らは侍祭(じさい)の位階を示す黒色のカソックコートに身を包み、槍や杖を構えている。怪物退治を使命とする退魔僧だ。彼らのうち、ひときわ小柄な少年が叫んでいる。


「メアリ! もっと深く刺せ! ジェイコブ! 相手の動きを読んで撃てよ!」


 メアリと呼ばれた少女が槍を振り回しながらやかましげに答える。


「うっさいわね! 指示ばっか出してないであんたも身体動かしなさいよ!」


 杖から魔術による火球を放ちながらジェイコブと呼ばれた少年が同調する。


「そうだよ! ポールも前に出て攻撃してよ!」


 三人は一体の怪物を取り囲んでいた。二頭狼(ツインヘッドウルフ)と呼ばれる頭を二つ持つ狼の怪物だ。

 汗とべそを掻く二人を見てポールと呼ばれた少年がニヤっと笑う。


「仕方ねぇな」


 ポールが槍をくるんと一回ししながら二頭狼に近づく。二頭狼はポールの接近に勘づき、両方の口から咆哮を上げ彼に突進した。ポールは槍の石突(いしづき)を二頭狼に向けた。石突には火力増強の魔石が付いている。ポールは狼の右頭に向けて唱えた。


「【火術:火弾(ファイアバレット)】」


 石突から射出された火球が右頭に命中。炎が表皮と肉を熱破壊し断末魔の叫びが上がる。


 ぐったりと右頭が頭を垂れ生気が失われると、残った左頭が怒声を上げポールの喉笛めがけ飛びかかった。


 ポールは冷静に穂先を左頭の眉間に合わせる。


「フッ!」


 声を発し槍を突くと狙い通り眉間に刺さった。左頭はギャン!と悲鳴を上げると白目をむいた。結果、両頭から生気がなくなり胴体からも力が失われた。二頭狼を倒したのだ。


 ポールは死体から槍を引き抜き、石突で地面をトンと叩いた。いかにも得意満面の顔だ。


「ま、ざっとこんなもんよ」


「なに調子乗ってんのよ。アタシらが散々こいつを弱らせたからアンタが楽できたんでしょ」


「そうだよ、最初から一緒に闘ってよ」


 ポールは意に介さず人差し指を左右に揺らす。


「最初から手伝ったらお前らの経験にならないだろ?」


 メアリとジェイコブはそれぞれ不満を表すジェスチャーをした。


「お前たちよくやった」


 木々の間から中年の男が現れた。司祭の位階を表す青いカソックコートを(まと)っている。


 男の頭頂部は髪が一本も生えておらず、月明かりを反射し白く光っていた。まぶしい。


師父(しふ)、見てたなら手伝ってくださいよ」とポールが口を尖らせる。


「手伝ったらお前らの経験にならんだろうが」


 師父と呼ばれた男はニヤリと笑った。頭頂部もキラリと光る。


 この男の名はフーガス・デアト・グレイグという。

 ポールたちの上役にして養育者だ。戦闘技術も彼が教えた。


「メアリ、もっと【気術:剛力(ストレングス)】の効果を上げろよ。お前さん当て感はあるんだからあとは力があれば一人で倒せる」


「女子にパワーを求めないで欲しいです。そんなんだから毛根が死滅するんですよ」


「今髪の話してないだろ! ……ジェイコブは【火弾】の命中率がなあ。もう少しなんとかならんか?」


「僕、弱視なんだから無理言わないでくださいよ」


「ううむ、眼鏡を作ってもらわんといかんか」


 そう言ってフーガスは毛のない頭をガリガリかいた。


「師父、オレは?」


 ポールが期待に満ちた目でフーガスを見つめた。


「二人の言う通りだな。指示役など10年早い。多少できるからって調子に乗らないように」


 それみなさいとメアリが相づちし、ジェイコブがうんうんと頷いている。

 ポールはチェっと舌打ちして足元の石を蹴っ飛ばした。


「さて、ブランの様子を見に行くぞ」


 フーガスが告げると三人は露骨に顔をゆがませた。


「師父、アタシは行きたくないです」


「僕も」


「ほっときましょうよ、あんなトカゲ野郎」


 トカゲ野郎── 本作の主人公、ブラン・マルティスを端的に表す言葉だ。

 

 ブランは背格好こそポールらとさして変わらないが、瞳孔はトカゲめいて縦長であり、右目の下には鱗が浮かんでいた。

 

 ブランはリザードマンと人間のハーフ、言うなればハーフリザードマンなのだ。

 

 この奇異な出自と見た目からブランはフーガスを除く周囲の人々から蛇蝎(だかつ)のように嫌われていた。


 フーガスはさとすように三人の侍祭を見つめる。


「そんなこと言うな。お前たちの仲間だろう?」


 そう言われたポールの顔は不愉快さで苦み走っていた。


「師父、オレたちはアイツを仲間だと思ったことなんて一度もありませんよ」


 メアリとジェイコブも深く頷き、フーガスは再びガリガリと頭をかいた。


 結局、フーガスにつらなって侍祭らもブランの様子を見に行くことになった。

 森の北側の怪物は掃討したはずだが、フーガス抜きで森を抜けるのはリスクがあった。討ち漏らしがあって複数の怪物に囲まれたらポールたちだけではひとたまりもないのだ。


 列の先頭を行くフーガスにポールが尋ねる。


「師父はなんでアイツの肩を持つんですか? あんな亜人(デミ)の」


 ポールがなぜこうまでブランを嫌うか、ご客人に説明せねばなるまい。


 獣人、鳥人、魚人、エルフ、吸血鬼── いわゆる亜人と呼ばれる人々だが、ワズドネル共和国では怪物の一種として扱われているのだ。この(くく)りにハーフリザードマンであるブランも含まれる。


 ゆえにポールの問いは彼らワズドネル民の常識に沿っていた。だがフーガスはこの常識に真っ向から反する見解を述べた。


「ブランは人間だよ」


 ポールはムキになってフーガスの横に並んだ。


「アイツのどこが人間だって言うんですか?」


「言葉が通じるじゃないか」


「それが何だって言うんです? 『言葉が通じたらリザードマンは人間』だなんて聖典に書いてませんよ」


「そうだな。確かに書いてない。たが我らが母、サニステル神は怪物を調伏なさるとき必ず問いかけられる。『汝、なにゆえ荒ぶるのか』と。神が何より対話を重視されている証拠だ」


 ポールは反論したいが言葉が浮かばなかった。


「俺は人間と怪物を分けるものは対話が出来るかだと思ってる。対話し心を通わさせられるならそれは怪物ではない。たとえ我らと異なる見た目をしていてもだ。それこそが神の御心だと俺は信じている。お前たちも聖典の文言を丸暗記するのではなく、その行間にひそむ想いに心を砕くように」


「説教はたくさんだよ」


 いらだちが頂点に達したポールがたまらず吐き捨てる。


「説教が仕事の俺にそれを言うかね。……っとブランがいるな。まだやり合ってるようだ」


 フーガスたちの50歩先にブラン・マルティスが立っていた。5体の怪物に囲まれている。

 フーガスは遠眼鏡を取り出しブランの顔にピントを合わせる。


 月光を浴びて、ヒトとは異なる縦長の瞳孔が光っていた。


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