前口上 ~ 歴史作家デリル・ホランドの書斎にて ~
よくぞ来られたご客人!
小生が歴史作家デリル・ホランドである。神のお導きに感謝を。
ああ、握手はご勘弁を。見ての通り手を怪我しておってな。手術が終わるまでペンも持てん。
確認だがそなたも原稿が出版社ごと焼失した我が作品を聞きに来られたのかな?
うむ、大変結構! 存分に語ってしんぜよう。どうぞ我が書斎に入られよ。
ささっ、この椅子に腰掛けたまえ。
実はこの椅子、かの吸血鬼領主リンゼ・シェトランが愛用していた椅子でな。本来博物館にあるべき一品だがこの話を聞くにはちょうどよかろう。
飲み物はいかがかな?
エニスラルダ産銀麦ラガービールや、ムブラン産青ワインなど好みのものを用意させよう。ウエマツ産のサケもあるぞ。
なに? アルコールはいらない? それより早く話を聞かせて欲しい?
ふむ、ならばせめてアバラチアンの岩清水を飲まれよ。
長い話になる。喉を潤しながら聞くのがよかろう。
さて、話を始める前に二つ注意点がある。頭の片隅に記憶いただきたい。
一つ目は我が能力についてだ。
これから小生は人の心理や記憶をあたかも見てきたように話す。
ご客人は「神でもないあなたになぜ他人の内心が分かるのだ?」と怪訝に思うやもしれん。
だが小生は生まれつきの特殊能力でわかるのだ。
具体的には遺品── ちょうどご客人が腰掛けているリンゼ・シェトランの椅子などに触れると物質が持っている記憶を読み取ることができる。世間で言うところのサイコメトリーと似たようなものだ。小生はこの能力をマテリアル・メモリー・レシーブ、略してMMRと呼んでいる。
このMMRを駆使し、歴史学者として実在人物の内心を精緻に描写した論文を発表してきたのだが、学会連中ときたら「うさんくさい」「素人質問で恐縮ですが」「ゴッドハンド笑」「ノー、これは学問ではない」「客観性ってご存知?」「ホラ吹きホランド」「これ許可取ったの?」「すごくうさんくさい」「関係者に謝れ」などと罵倒してきたためアカデミアに見切りをつけ、こうして作家として糊口をしのいでおる。
勘違いしてはいけないが小生から学会を出ていったのであって、決して追放されたのではない。未練などない。泣いてなどいない。
むっ! 若干脱線したが、要は小生は登場人物の遺品に触れているので彼らの体験や内心を全てを語れるのだ。これが注意点の一つ目。
二つ目の注意点は、本作が歴史作品であるということだ。題材としては今から400年前、史上名高いプレシア戦争とその前後の出来事を取り上げている。
400年も前となると倫理観や社会通念が我々の時代と大きく異なる。中には眉をひそめたくなる不道徳や、目をおおいたくなる不見識があるだろう。
だが小生はこれらを断罪するつもりはない。愚かな人物も出てくるが、彼らの誤りが礎になっているから我々は前に進めていると思うからだ。
そして何より、彼らも時代に翻弄されたという点では我々と同じなのだ。
本作を通し、今は遠き人々に思いを馳せ、明日を生きる力としてくれたならば、歴史作家としてこれに勝る喜びはない。
前口上はここまでだ。物語の幕を開けよう。
作品名は「再生のエニスラルダ」
時は降臨歴1501年6月。場所はワズドネル共和国北西、ゾブレの森。
この物語の主人公の一人、ブラン・マルティスの怪物狩りのエピソードから語るとする。
今でこそエニスラルダの守護騎士として名を馳せる彼だが、このときは同輩から孤立した嫌われ者であった──




