第19話 頭のおかしな女 3rd Gear
私は領主が正気を保ちながら狂っていることを確認しました。
そして「エニスラルダの秩序を保つ」「あなたを観光に連れ出す」の二つを両立させるには知恵がいると察しました。
「アイヤー、これは難題ですね」
私のぼやきにボイド殿が首肯します。
「明後日じゃなくて一年後とかならいいんですがな」
「一年後だったら私が休めるとは限らないわよ?」
おそろしいことを言われます。そんな脅迫の仕方ある?と思いましたが口にはしませんでした。
「さぁ、我が領きっての知恵者二人、妙案をひねり出してちょうだい。ちなみに私はノーアイデアよ!」
力強く我らに丸投げされました。あなたも上司を選ぶときはよくよく考えることですよ?
さて、妙案なんてものはすぐに湧いたら苦労しないわけで、とりあえず私より先に来ていたボイド殿にアイデアがあるか聞いてみました。
「あればあなたを待ってなどおりませぬ」
ですよなぁ。ボイド殿も忙しいのでアイデアがあれば提示してさっさと元の仕事に戻っていたはずです。諦めて自分でも頭をひねります。
なんせ決行日が迫ってますから大がかりなことはできません。となるとその場しのぎの姑息な手段となるでしょう。その旨ボイド殿に伝えると彼の片眼鏡がキラリと光りました。
「なるほど、言われてみればそうですな。形だけ整えればよい。つまり『ブラン少年は刑罰を執行中である』と示せればいいのです。実態はどうあれ」
「アイヤー、つまり民に刑罰を執行している姿を見せながら観光してもらえばいいと。言ってて頭がおかしくなりそうですがそういうことですな。……鞭に打たれながら観光してもらいますか?」
「観光中に死にかねないのはやめるべきですな。ある程度健康を保てる刑罰でないと」
「……見せしめとかですかなあ」
「結構ですな。精神はともかく肉体は健康を保てます。どんな罪状にしましょう?」
「ストレートに『領主を負傷させた』だとまずいですかね?」
「駄目ですな。領主を傷つけたと民に伝われば大暴動が起きますぞ」
「あー確かに…… ならば民には『とある貴人を傷つけた』と伝えましょうか?」
「嘘は言っておりませんな」
姑息ねぇと領主からチャチャが入りましたが聞き流します。ボイド殿がこめかみをさすりながら言われました。
「次は少年にどうやって見せしめになってもらうかですが」
「──軍の備品に怪物用の鉄檻がありましたな?」
「台車付きのものがあります。──ふむ、決まりましたな?」
「ええ、ブラン少年には檻に入って見せしめとなりながら観光してもらいましょう」
領主は「あなたたちひどいこと考えるわね」とおっしゃいましたが、この案を承認されました。私は「ああ、通っちゃうんだ」と軽く絶望しました。
──以上のような経緯で本日を迎えたというわけです。
宋春は終始朗々と語っていたが表情は虚ろだった。こんなことやりたくないなぁというのが本音だろう。ボイドも同様に見える。
ブランは宋春の話を頭の中で反芻しており、ジョエルは不機嫌さを露わにしている。カーチスはひたすらドン引き顔だ。この場でリンゼだけが春の花のような笑顔を浮かべている。
反芻を終えたブランがおもむろに口を開いた。
「お許しいただけるならシェトラン伯に質問があるのですが」
「許すわ。なに?」
「確認ですがエニスラルダ…… 水銀郷の宣伝を拙にさせたいと。そのために領都観光に連れ出したいが、まだ釈放はできないので鉄檻に入ったまま回らせる── とのことですね?」
「その通りよ」
「宋春様たちの案をシェトラン伯はどのようにお思いになったのですか?」
「さすがだと思ったわね。私には思いつかないナイスアイデアだわ」
「シェトラン伯はこの案を何も指摘せず、全て了承したのですか?」
「何も指摘せず全て了承したわ」
ブランは顎に手をやりながら猛烈に考えた。
(言ったらすごい失礼だよな? 打ち首になるかも? でも誰かが言わなきゃいけないよな?)
そういう熱い使命感がむくむくと湧き上がり問うた。
「シェトラン伯はひょっとして頭がおかしいのですか?」
「ブッ飛ばすわよ!!!」
先ほどまでニコニコ笑っていた女領主は眼をつり上げ怒声を上げた。宋春をはじめとした周りの男たちはウンウンと頷きブランに同意を示した。このときばかりはジョエルすら同様であった。ウンウンじゃないのよとリンゼは激したが男たちから流されている。
「なによ! 私は善意で320日ぶりのオフを水銀郷とあなたのために使おうとしてるのに! 嫌だって言うなら牢に帰りなさいよ!」
300年を生きてきた偉大な吸血鬼とは思えない拗ね方であった。さすがにやりすぎたと思った宋春がフォローにまわる。
「アイヤー、ブラン君。この方が善意で動かれておるのは間違いありません。あなたの国では領主は邪悪の化身と伝わっているでしょうが、その実、誠に慈悲深い方なのです。でなければ私はお仕えしておりません」
「ちょっとやめなさいよ」
リンゼは照れくさそうである。宋春は言葉を続ける。
「あなたに我らが領のプロパガンダをしてもらいたいのは事実ですが、領主は単純に我らが故郷をもっと知ってもらいたいという気持ちが大きいのです」
ブランは静かに耳を傾けている。宋春の言葉に嘘はないと判断していた。
「それでどうですかな? 檻に入って領都観光に行ってもらえますかな? 多少……いや、だいぶ恥さらしになるとは思いますが」
「嫌ならいいわよ、別に。断っても罰するつもりなんてないし」
リンゼはそっぽを向きながら顎を手に乗せた。断られると思ってあえて無頓着を装っているのだ。
だがリンゼの予想をいい方向に裏切る形でブランの心は決まっていた。確かに大変な恥をかくと思うが、それよりもこの地への好奇心が勝っていた。
「行きます。拙にこの領のことを教えてください」
リンゼはそっぽを向きながら視線だけブランに向ける。
「ホントに?」
「二言はありません」
答えるとリンゼは再び花のような笑顔を浮かべた。
「そうこなくっちゃ! じゃあ私は落ち着いた服に着替えてくるわね。目立ちたくないから。あなたはさっそく檻に入ってスタンバっておきなさい!」
ご機嫌な歩調でリンゼは別室に消えていった。
それを見送ったあと宋春とブランは視線を交わし、互いに苦笑したのだった。




