第20話 領都観光 〜 西部 〜
リンゼが退出したあと、ブランは宋春に檻に入るよう促された。
しずしずと入檻するとジョエルが鎖を持ち檻付き台車を牽引しはじめた。
ガラガラとやかましい音を立て廊下を進む。歩きながらジェエルはブランに振り返った。牙を見せ、赤目で睨みつけてくる。
「おい、勘違いするなよ。領主はずいぶんとお前を買っているようだが俺は違う。許されるなら今すぐにでもお前を引き裂いてやりたいところだ」
ブランはダルムレン城で会ったこの男のことを思い起こす。確かリンゼの弟だったはずだ。
「シェトラン伯はあなたの姉にあたるんでしたね」
「だったら何だってんだよ」
「あなたのお姉様を傷つけたこと、心よりお詫びします。申し訳ありませんでした」
ガタンと鉄檻が止まった。ブランの謝罪を受け、ジョエルは石像のように固まっている。やがて金の針が刺されたかのようにジョエルは再び鉄檻を引き始めた。
「謝ったからって許されると思うなよ」
「──はい」
ジョエルの口ぶりは厳しかったが、むしろこれが正常なのだとブランは思った。ブランを許し、高く評価しているリンゼの方が異様なのだ。
やがて玄関が見えてきた。扉が開くと外は夏の光があふれていた。
その中を日傘を差した女性が立っている。リンゼだ。きっちりと肌を覆った服を着ている。そして奇妙なことに、彼女の身体の周りには黒い気流が立ち昇っていた。それを見てブランが感心する。
「なるほど、【陰術:黒衣】ですか。そういう使い方がされるのは初めて見ました」
「理解が早いわね。そ、【黒衣】を日よけとして使ってるの。これで身体を痛めずにすむわ」
【陰術:黒衣】は黒い気流を身体の周りに発生させることで隠匿効果を高める魔術である。黒い気流はカートゥーンマニアに言わせれば暗黒闘気に見えるそうだ。
吸血鬼であるリンゼは【黒衣】を隠匿でなく、日光対策として使ったわけだ。なお、現代の陰術使いのご婦人方もリンゼと同様の使い方をしている。
ジョエルが建屋の中からリンゼに一礼する。
「では領主、私はこれで。くれぐれもこの者を信用なさりませぬよう」
仕事中に姉さんと呼ぶと叱られるのでかしこまった口調だ。一方、姉であり上司でもある女は気楽に応対する。
「大丈夫よ。この子は二度と私に剣を向けることはないわ。ね?」
「はい、サニステル神に誓って」
「フン、口では何とでも言える。おい小僧。俺は外せない仕事があるから付いていかないが、部下には監視させる。妙なまねしたら檻ごと潰してやるからな」
「ボイド様管轄の備品を潰したら怒られるのでは?」
「う、うるさいんだよ! やはりお前は気に食わん!」
その様子を見てリンゼはクスクス笑った。
「あー、可笑し。じゃあそろそろ行ってくるわ。ジョエル、留守をお願いね」
リンゼは鎖を持ち鉄檻を牽引しはじめた。
「どーぞ、ごゆっくり!」
ふてくされた声で彼女の弟は答えた。
しばらく歩いてジョエルから離れたあとリンゼがブランを見て言った。
「あの子、最初は『俺もついていく』ってうるさかったのよ。ジョエルは土木局の局長も勤めててね、今日は待たせるとこおっかない親方と打ち合わせなの」
「ジョエル殿も忙しいんですね」
答えながらリンゼの顔を見た。確かにリンゼとジョエルは血が繋がっていると感じる。鼻や唇の形が似ているのだ。その唇から忠告が出る。
「念押ししておくけど、あなたが私を傷つけたなんて街の人に悟られちゃダメよ。本当に殺されちゃうわよ。これでも私、領民から慕われてんだから」
了承の返事をしながら改めて妙なことになったなとブランは思った。
鉄檻は広場のような場所を進んでいた。周囲を伺うと背の高い建物が広場を取り囲むようにして建っている。
(拙はどこにいたんだろう?)
と思ってるうちに鉄檻は門をくぐった。
門外は下り坂の道に繋がっていた。リンゼが後ろから鉄檻を保持する形でゆっくり坂を下っていく。振り向くと城壁が見えた。ブランが眺めている物を見てリンゼが解説する。
「領都メリティアの本城、メリティア城塞よ。ご覧の通り丘の上に建ってるわ」
坂の途中で衛兵たちと出くわした。
「領主様ではありませんか。一体何をされてるので?」
「とある貴人を傷つけた罪人を市中引き回しにしようとしてるのよ」
「左様でございましたか。しかし何も領主自ら引かなくとも」
「今日は私オフでね。手が空いてるからやってあげてるの」
「それはなんとも頭が下がります」
敬礼して衛兵たちは去って行った。遠くに行ったのを見届けるとリンゼはブランに微笑みかけた。
「今日はこういうやりとりが多そうね」
謎に上機嫌だ。やはり人は働き過ぎるとおかしくなるのだろうか?
坂を下り終えしばらく進むと大通りに入った。通りの両側にはアパートメントが建っている。
「この辺はメリティア市の西側でね、騎士や役人、兵士たちの居住区になってるわ。ボイドや宋春もこの辺に住んでるのよ」
「ジョエル殿はどこにお住みなんですか?」
「あの子はさっきの城塞の中にお家があるわ。親衛隊長だからね。なに? あの子のことが気になるの?」
筋骨隆々の大男をあの子呼ばわりは傍から見れば可笑しいが、身内とはそういうものだろう。ブランも可笑しさを感じていたがあえて触れずに返答した。
「気になるというか…… ジョエル殿に嫌われてしまったので」
「あの子シスコンなのよ。それも300年超えのヴィンテージの。困っちゃうわよね」
そう言って眉根を寄せるものだから、ブランも反応に困ってしまい苦笑いを浮かべた。
そんな話をしながら東に進んでいると橋に差し掛かった。橋の下には碧い水を湛えた水路が走っている。水路の先を目で追っていくと船頭が小舟を漕いでいるのが見えた。ゴンドラだ。
古今東西、たいていの少年は乗り物好きである。このトカゲ目の少年もご多分に漏れず好奇の目でゴンドラを見つめた。思わず声が出る。
「わぁ……! ゴンドラだ」
「なに? 舟好きなの?」
「──いや、別に」
好みを知られる羞恥から顔を背けてしまう。その様子をニマァと見ていたリンゼは正気を疑う提案をしてきた。
「ゴンドラ乗せてあげよっか?」
「は? 拙は今こんな状態ですが」
両手を広げて檻の中にいるのをアピールする。まさか檻に入って10分少々で解錠なんてことはあるまい。ならばゴンドラに乗る方法などないように思える。
「そこは領主の腕の見せどころよ。200年間この水銀郷を治めてきた私の交渉術、見せてあげるわ」




