第18話 頭のおかしな女 2nd Gear
「えっ、あっ」
宋春の拱手に対し、あわててブランも拱手を返す。
(とっさに同じ礼を返してしまったけどこれでよかったのかな?)
ブランにとって初めての所作であり、これが正しいのか不安に思った。
心配をよそに宋春はブランの反応に好感を覚えたようで口角を上げた。そしてよく通る声でブランに話しかけた。
「さて、先ほど領主が仰った通り、あなたにはエニスラルダの領都メリティアを観光し、その上でゾブレでエニスラルダについて宣伝してもらいたいのですが──」
コツコツとブランの方に歩み始める。玉座が設置された段を降り、ブランと同じ床に立った。そしてブランの隣で不気味な存在感を放つ台車付きの鉄檻を見つめる。
「あなたにとっては我らの依頼とその鉄檻との関係がわからない、といったところですかな?」
コクコクと無言で頷く。それを見て宋春はニッコリと笑った。同じ床に立ってわかったが、宋春はブランより少しだけ背が高く、目が大きくて笑い皺が印象的な、なんとも愛嬌のあるおじさんだった。そのおじさんが言葉を続ける。
「ですよなぁ。では依頼と鉄檻の関係について説明しましょう。少々長くなりますぞ」
指を一本立てながら宋春はブランに朗々と語り始めた。
昨日のことでした。
私が日常業務に忙殺されていると領主の秘書からお呼びがかかりました。なんでも領主から緊急の相談があるとのこと。仕掛中の仕事を取り止め、領主の執務室に向かいました。
また妙なことを頼まれるのだろうなと憂鬱を抱えながら扉を開けると、既にボイド殿が領主の机の前に立っておられました。
ああ、ボイド殿とはそこの片眼鏡の方です。我らが領の軍務長を務められております。
「お待ちしておりましたぞ、宋春殿」
ボイド殿はご覧の通り背筋がピンと伸びた紳士です。この時も杉の木のようにまっすぐ立っておられたのですが、疲れとは顔に出るものですな。お顔を見るといつもより眉間にシワが寄っておりました。
「遅かったじゃない。スイカでも食べてたの?」
蝉しぐれが聞こえる中、領主が椅子に座りながらパタパタと扇子を扇いでおります。顔が上気しておられるのは気温のためでしょうか。
「スイカ、いいですなぁ。鐘が鳴るまでに帰れたら市場で買っていくとしましょう。──それで相談事とは?」
「この間ダルムレンで私を襲った刺客、覚えてる?」
「アイヤー、もう忘れました。ハーフリザードマンで名はブラン・マルティス。齢は14。ワズドネル共和国ゾブレ町出身。現在地下牢に投獄中などいったことは記憶にございませぬ」
「めちゃめちゃ覚えてるじゃない。そのブラン少年からね、反省のお手紙が来たの。あなたも読みなさいな」
ニコニコしながらあなたが書いた手紙を渡してきました。ボイド殿は一層重い表情をされています。察するに私が来る前に読まされたのでしょう。
仕方ないので一礼して受け取り読ませて頂きました。
内容は手紙を書いた本人に言うのもなんですが、ダルムレンに来た経緯、吸血鬼への偏見と誤解、ゼシカ様への謝罪、カーチス殿の人柄、今勉強していること、そして何より領主を傷つけてしまったことへの反省と謝罪に多くのインクが使われていました。
「読みました。大変綺麗な字ですね。書記官になったら引く手あまたでしょう」
「それもあるけど内容はどう思ったのよ?」
「よく反省しているかと。文章構成は拙いですが逆に人柄が伝わってきます。根は善人で正直者なのでしょう」
「でしょ!? 私もう嬉しくなっちゃって!」
すごく嫌な予感がします。アイヤー、この方は昔から自分を傷つけた人間に興味を持つきらいがあるのです。
「私、手紙を何度も読んだわ。それでアイデアが閃いたの! この子を早くゾブレに帰してエニスラルダと吸血鬼を宣伝してもらおうって!」
ちょっと領主が仰ってることが飲み込めません。ボイド殿を見やり助けを求めました。
「どうもそのままの意味のようです。伯はこの捕虜を高く評価しており、政治宣伝に利用したいようですな」
「プロパガンダとは酷い言い草ね。まぁ結果的にはそうなっちゃうけど」
なんだか頭痛がしてきました。無駄な気はしますが立場上お諫めせねばなりますまい。
「アイヤー、領主。その少年はあなたに狼藉を働いたものですぞ」
「そうね。あの時はカチンと来たけど今は気にしてないわ」
「ゼシカ様にも多大な迷惑をかけております」
「それは反省してるって書いてるじゃない。間違いは誰にでもあるわよ。間違いを認められるのって素敵な資質よ?」
「多少勉強はできるようですが、宣伝の訓練など受けていないでしょう。正しく我々を伝えれるとは思えません」
「私もあの子が100点の宣伝をできるなんて思ってないわよ。30点でいいから私たちがどんな風に生きてるかワズドネルに伝えて欲しいの」
「だいたい彼奴の何がそんなに気に入ったのですか?!」
「私のこの目が『あの子は信じられる』って訴えてるの。あなたたちを見い出したこの目がね」
それを言われると私もボイド殿も弱ってしまいます。我々は領主に見い出されなければ今の地位にありません。私がため息を吐くとボイド殿から忠告が入りました。
「宋春殿、本題はここからですぞ」
「アイヤー!?」
「アイヤーじゃないのよ。あなたたちに知恵を借りたいのはここからよ」
領主はピシャリと扇子を閉じ、その扇子を私に向けました。
「私、明後日320日ぶりの一日オフじゃない?」
「確かそれぐらいですね。お疲れ様であります」
「ありがと。そのオフにね、この子をメリティア観光に連れ出したいの」
「気でも狂いましたか?」
「私は正気よ。主君に向かってなんちゅう物言いすんの。ブッ飛ばすわよ」
こんなことをおっしゃられますが、たまにしかブッ飛ばされないので大丈夫です。
本格的な頭痛に顔がゆがみますが頑張って問題を整理します。
「ええと、二点確認させてください。一つ目ですがなぜメリティア観光に?」
「ブランの知識は本の記述とカーチスから聞いた話だけよ。私は彼にね、水銀郷の生活をその目で見てもらいたいの」
水銀郷というのはエニスラルダの通称です。水はエニスラルダの中央に広がるエニス湖、銀はエニスラルダの名物である銀麦畑のことです。領主は水銀郷という呼び名を好んで使われます。
「水銀郷の生活をブラン少年に知ってもらうために320日ぶりのオフを使うのですか?」
「私がオフをどう使おうが自由でしょ」
「アイヤー、それはそうですが」
領主は水銀郷のためになることならば苦労を厭いません。臣下としてはもっとご自愛頂きたいのですが。
「もう一つの質問ですが別に明後日でなくともよいのでは?」
「私の次の次のオフは未定よ」
領主は手のひらをお空に見せるポーズで肩をすくめました。
エニスラルダの首長は大変忙しい仕事です。加えて領主は頼まれた仕事は基本断らないのですぐ半年先までスケジュールが埋まってしまうのです。
「なるほど、納得はできませんが理解はしました。しかし急すぎます。ブラン少年には少なくともあと数ヶ月は牢に入っていて欲しいものです」
あなたは罪人ではなく捕虜という扱いなので我が領の傷害罪は適用されません。しかし領主を侮辱し負傷させたことは重いです。簡単に釈放しては領の秩序が保てません。
「まぁそうなるわよね。私はもう許してるんだけど」
正直、私はあなたに良い印象は持っていませんでした。これは領主の臣下ならみな同じでしょう。ただ、被害者本人は大変あっけらかんとしてます。そうすると我々臣下がかたくなに反意を持ってるのも変な感じです。
そんなことを考えていると、ボイド殿が重々しく口を開きました。
「宋春殿、以上が背景です。伯はエニスラルダの秩序を保ちつつ、ブラン・マルティスを観光に連れ出す方法を考えて欲しいそうだ」
正気を疑って私は領主を見つめます。領主は私にバチコーンとウィンクを返されました。バチコーンじゃないんですよ。
私とボイド殿は互いに見つめ合い、重く重くため息を吐いたのでした。




