第16話 功罪の加減算
カーチスが去ったあともブランの顔色は蒼白だった。罪悪感で胸が一杯になり、心臓が早鐘を打ち続けていたのだ。
こういう神経衰弱時は余計なことをしてしまうもので、ブランは隣の囚人に初めて話しかけた。
「あの、すみません。テリーさん、ですよね?」
ブランは囚人同士の会話から隣の独房の男がテリーという名前なのを知っていた。ちなみに魚人である。
「いかにもテリーだけど、あんたから話しかけてくるの初めてだな。どうした?」
テリーは声を掛けられたことに驚きながらも壁越しに返答した。
「今日、領主がいましたよね」
「いたな。いやぁよかった、出るとこ出てて。眼福だったわ。あんた、領主様となんか喋ってたけど知り合いなの?」
「知り合い…… そうですね、知り合いです」
まさか殺し合った仲ですとは言えず口を濁した。
「かーっ! いいなあ羨ましい」
「やはり領主は領民から慕われてるんですか?」
テリーはブランの質問に違和感を覚えたが、その正体まではわからず回答した。
「権力者だからなぁ、嫌ってる奴もいるけどおおむね支持してんじゃねぇの? 戦争になりゃ最前線で戦うしなあの人」
「もしテリーさんの隣に領主を侮辱して傷を負わせた奴がいたら、どうしたいですか?」
テリーはますます違和感を覚えたが、考えるのが面倒くさくて思ったままを口にした。
「まぁ許せんよな。湖に沈めてやりたいよ」
ブランは自分の罪を再確認し、ギュっとトカゲ目をつぶった。
「ですよね。ありがとうございます」
「ん? お、おう」
愉快な会話でもなかったのでテリーは話が終わったのに安堵し口をつむった。
ブランはその日、眠れぬ夜を過ごした。
翌日の朝食時、カーチスはトレイの回収時間になってもブランが食事に手をつけていないのに気づいた。
「どうしたブラン? 腹でも下したか?」
「いえ、昨日寝れなくて」
ここにきてカーチスはブランの異変に気づいた。顔面が蒼白で目にクマができていた。呼吸も荒い。
「いつから具合が悪い?」
ブランは押し黙っていたが、逆にそれがカーチスに気づかせた。
「リンゼ様と話してからか?」
ブランはなお押し黙っている。
「ブラン、取調室に行くぞ。ちょっと二人で話そうや」
「行きません」
「いいから!」
檻の鍵を開け無理やりブランを連行した。ブランは抵抗したが吸血鬼の膂力には抗えずなすがままになった。
5分ほど引きずられ取調室に到着した。カーチスは取調室の椅子にブランを座らせたあと自らもドカっと丸椅子に腰掛けた。両指を机の上で組み、話しかける。
「リンゼ様も気にするなと言ってたろう? なにを気に病んどる?」
「そのことだけじゃありません」
「じゃあ何で?」
「拙はあの人に酷いことをしました。暴言を吐いて怪我をさせた」
カーチスは何を今更という言葉を飲み込み、ブランが今になってショックを受けている理由を推量した。
「リンゼ様の人柄を知って罪悪感が出てきたというわけか」
こくんと少年がうなづく。
「やはりぼくは生まれてきてはいけなかったんだ。死んでしまいたい」
カーチスは死を口にするブランにカッとなったが、グッと6秒間怒りを抑えた。そして慎重に言葉を選ぶ。この少年を良い方向に導くのが己の使命だ。
「お前は酷いことをした。それは否定しようがない」
「はい」
「だがリンゼ様は何と言った? 死んで償えとでも言ったか? そんなことは言ってないはずだ。『勉強しろ』そう言っただけだろう?」
「はい」
「お前さんは未来がある。これから何十年と。その時間の中で、人を傷つけた以上に、人を喜ばして、死ぬまでにプラスに持っていければいいんじゃないかね? リンゼ様もお前にそれを期待しているとワシは思う」
ブランのトカゲ目から大粒の涙がポロポロとこぼれている。
「勉強しろブラン。エニスラルダや吸血鬼のことだけじゃない。人間や社会そのものを学べ。そして正しい選択ができる大人になりなさい」
「はい、カーチスさん」
ブランは涙をぬぐい頷いた。師父フーガスのような温かさをカーチスに感じていた。
二人で独房へ戻る際、カーチスの後ろを歩くブランの歩みが止まった。カーチスがそれに気づき振り向く。
「どうしたブラン?」
「カーチスさん、勉強は続けます。だけど勉強をするだけでいいんでしょうか?」
カーチスはこの生真面目な少年は勉強だけでは罪悪感を消化しきれないのだろうと思った。再度リンゼが現れたら情緒不安定になるかもしれない。ブランの気持ちを整理させておくべきと思った。
「そうさな…… ブラン、お前リンゼ様に謝罪の手紙書いてみるか?」
「謝罪の手紙?」
「うむ。お前さん、ちゃんとリンゼ様に謝れてないだろ?」
「はい」
「それが心に引っかかってるんじゃないかね? 直接会って謝るのが一番だがこちらからリンゼ様には会えん。ならば手紙でお前の気持ちを伝えておくのはどうだ?」
ブランはパッと目が輝き前のめりに言う。
「書きます。書かせてください」
「まぁ、手紙を受け取ってもらえるかはわからんが」
「そうですか。そうですよね」とややしょんぼりする。
カーチスはポンとブランの肩を叩いて励ました。
「気落ちするな。まずは書いてみるのが大事だと思うぞ。書かねば始まらん」
「はい」
こうしてブランは便箋20枚にわたって謝罪文を書いた。この手紙はカーチスによってリンゼに届けられた。
リンゼは手紙を何度も繰り返し読んだ。それによって彼女に天啓が舞い降り、とある企みが立案された。ブランはそれに巻き込まれることになる。




