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第13話 吸血鬼と符剣士の闘い 3


 ブランは床に這いつくばったまま込み上げてきた物を吐いた。酸っぱい体液がびしゃびしゃと床を濡らす。


 苦しい以上に(みじ)めであった。自分が8年間必死で積み上げてきたものがまったく通じない。


 今さらながらウルガン総統が「リンゼ・シェトランと出くわしても闘うな」と言っていた理由がわかった。身体能力、技術、魔術、経験値すべてが格上すぎるのだ。まさに人外だ。


「ちょっと! 降参するのかどうか聞いてるじゃないの!」


 ブランが回答してないのでリンゼが業を煮やしている。代金を支払ったのに商品を渡されない買い物客のような声色だ。


「黙れ、怪物……!」


 ブランはふらふらとよろめきながら立ち上がる。口からは血と吐瀉物のカクテルが漏れている。


 怪物という言葉にゼシカがビクッと反応した。表情が凍りついている。それを見たリンゼが牙をむく。


「あなたねぇ! 怪物って言うの本当にやめなさいよ! 私たちが好きで吸血鬼になったとでも思ってるの!?」


「黙れ」


「ゼシカ様がどんな想いで親元を離れたか少しは考えなさいよ! まだ13歳なのよ!」


「うるさい! うるさい! うるさい!!」


 リンゼの糾弾により「任務だから」と封印していた疑念がむき出しにされる。

 ゼシカは何者かから吸血鬼にさせられた被害者ではないか? 彼女が誰かを傷つけたとは聞いていない。そんな彼女を害そうとしている自分こそが悪ではないか?

 

 罪悪感で胸がはち切れそうになり、逃れたい一心で叫ぶ。


「ぼくにはお前たちと闘う以外、道がないんだ!」


 身も心もボロボロになり、一人称が幼少期のものに戻っていた。もう明日のことは考えない。もう多くは望まない。


「【引出】34から37番! 61から64番!」


 ブランの両脇に銀円が出現。両手を入れ引き出すと右手と左手の指間に4枚ずつ符が挟まっていた。

 それを見てリンゼは舌打ちし、膝を落として戦闘体勢に入った。


「【反重力】!」


 最大出力で唱え天井近くまで高速で浮き上がる。今から行なう技法は必殺の威力だが、消耗が激しい。終わった時には精神力が尽き果てているだろう。たとえリンゼを倒せたとしても、残った親衛隊に殺されるのは確定的だ。


 だが構わないと彼は思った。最後まで怪物と闘い、人間として死ぬのだ。


「シッ!」


 右手と左手から4枚ずつ符を投擲した。反応してリンゼが【水壁】を上に向けて展開する。


 だがどうしたことか。符はリンゼがいる位置から外れて落ちた。計8枚の符はリンゼを囲うように床に散らばっている。


 ブランは投擲を終えると急降下し、体勢を崩しながら着地した。ふらついてまともに立てなかった。

 リンゼは【水壁】を解除し脱力した。


「どんな大技が来るかと思ったら肩透かしね。もう降参したら?」


「いや、貴様の負けだ吸血鬼」


 14歳の少年とは思えないドス黒い声だった。


 ブランは親指と人差し指で輪を作り「発動」と唱えた。するとリンゼの周囲に散らばっていた符のうち4枚が前後左右から一斉にリンゼへ飛びかかった。それと同時に残り4枚の符からリンゼに向けて突風が浴びせられる。


 次の瞬間、ドンという爆発音が響いた。リンゼがいた箇所に天井まで届く火柱が出現した。闘いを見守る親衛隊たちにはリンゼの足元で突如噴火が起きたように見えただろう。


 これがブランが編み出した大技、十字噴炎(クロスボルケーノ)だ。4枚の爆符で前後左右から十字を描くように襲撃。同時に突風を仕込んだ4枚の符で大量の酸素を供給し起爆。大爆発を起こす。

 8枚同時に符を動かす消耗の激しい技法だ。ゆえにこれまで使えなかったが、後のこと一切考えなければ使用可能だ。間接的な自爆技と言ってもいいだろう。


 ブランは精も魂も尽き果て視界が霞んでいる。霞む目でリンゼがいた箇所を見た。


「やった…… やったぞ!」


 リンゼがいた箇所にはリンゼの足首から下しか残っていなかった。


(足首から上は十字噴炎で吹き飛ばしたんだ)


 そう思った瞬間、ブランは奇妙な現象を目撃した。リンゼの足首が霧になって消えていっているのだ。


 こんな効果は十字噴炎にはない。全身に悪寒が走る。何が起きている? 何が起きている??


「今のは冷や汗かいたわ」


 背後から声が聞こえた。振り向くと霧のかたまりがあった。その霧がさらに濃度を高めていくと人の形になり服が、髪が、肌があらわれ最後に赤目が形作られた。リンゼであった。


「あ…… あぁ……」


 無意識に絶望の声が漏れる。ブランはイレーヌが「リンゼは身体を霧に変えられる」と言っていたのを思い出した。リンゼが使ったのはまさにそれで【高速体霧(クイックミスト)】という水術である。リンゼはこの魔術で刺客の攻撃を何度も無効化してきたのだ。


 ドスッという音がブランの胸から響いた。ブランは自らの胸元を見る。ショーハルの槍先が刺さっていた。もはやブランは真正面からの攻撃を知覚できないほど疲弊していた。


「師父……」


 そうつぶやくとブランはその場に倒れた。リンゼはそれを見てため息を吐いた。


「終わったわよ」


 闘いを見守っていた親衛隊とゼシカたちが駆け寄ってきた。ジョエルと呼ばれた大男が問う。


「領主、ご無事ですか?」


「無傷とはいかなかったけどね。【高速体霧】が少し間に合わなかったわ」


 そう言って左腕を胸の高さまで上げた。ドレスの左袖は焼け落ちており、皮膚は火傷(やけど)でただれていた。スカートの左側も焼失して左腿があらわになっている。それを見たジョエルが激昂しブランを剣で刺し殺そうとする!


「やめなさい!」


「なんでさ姉さん!」


 リンゼが牙をむいてジョエルを叱る。


「仕事中は姉さんって呼ぶなって言ってるでしょ! 私が散々殺さないように手加減してきたのを無駄にするつもり!?」


「でもこいつは姉さんを傷つけた!」


「こんなの寝れば治るわよ。知ってるでしょ」


 実際リンゼの火傷は早くも回復し始めていた。


「ピエール、【土術:精力移送(エナジーフロー)】でこの子を回復させてちょうだい」


 リンゼが親衛隊の一人にそう頼んだ。それを聞いてジョエルが吐き捨てる。


「死んじまえばいいんだこんなやつ」


「駄目よ。それは駄目。生きて私たちへの認識を改めてもらうわ」


「なんでだよ!」


 ジョエルは聞き分けの悪い子供のように感情をぶつけた。


「だって悔しいじゃない!この子がこのまま死んだら私たちを怪物だと思ったまま神様のもとにいくのよ!? そんなの許さない!」


 リンゼの叫びに感じ入るものがあったのか、ジョエルは渋々剣を収めた。


 それを見てピエールはブーツと靴下を脱ぎ、ブランの側に腰を下ろした。【精力移送】は地面からエネルギーを吸収し治療対象に移す魔術だ。よって素足になる必要がある。

 ピエールがブランの胸に触り【精力移送】を唱えると、少年の身体がほのかな緑色に光った。


「どう? 治りそう?」


 リンゼがピエールのそばにしゃがみ込みブランの様子を見る。ピエールは複雑な表情をして答える。


「効いてはいますよ。良いんだか、悪いんだか」


 良いに決まってるじゃないとピエールの鉄兜を指でコツンと叩いて立ち上がった。そしてゼシカの前へ歩いた。ゼシカは張り詰めた表情をしている。リンゼは両手で彼女の手を握った。


「ゼシカ様、そこで倒れている狼藉者が言ったことは気になさりませぬよう。私たちは人間です。人間として生きられるのです。そのための場所を私たちは作り上げました。どうかそれを忘れないで」


「はい、リンゼ様……」


 ゼシカの赤い目は必死に涙をこらえていた。リンゼはゼシカに頷いたあと、くるっと振り返り元気よく配下に告げた。


「みんな今夜はお疲れ様! 予定通り明日領都に帰るわ。ゼシカ様たちと一緒にね。今日はよく寝てちょうだい」


 ピエールが【精力移送】をかけながら尋ねる。


「領主、こいつはどうすんです?」


「一緒に連れて帰るわ。それまで縄でふん縛って牢に入れておきなさい!」


 リンゼの指示通りブランは縄で縛られ、翌日エニスラルダの領都に気絶したまま連行された。

 

 ブランは領都に着いてからも昏睡を続け、目覚めたのは闘いから三日後であった。


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