第11話 吸血鬼と符剣士の闘い 1
リンゼとブラン、それぞれの敵意が衝突する。先に動いたのはブランであった。
「【引出】 10から12番! および70から72番!」
ブランの両脇に銀円が現れた。素早く両手を入れ引き抜くと、計6枚の符が指間に挟まれていた。
「シッ!」
小さく叫んで両腕を鞭のようにしならせ投擲。「発動」と唱えると3枚の符が火球となった。火符と呼ばれる符だ。リンゼは横移動し火球を難なく避けた。
だが左から3つの影がリンゼに迫っていた。彼女はブランを見据えながら左手を横に突き出し【水壁】と唱えた。
するとリンゼの左側に高粘度の水壁が出現。左から高速で迫っていた影を水壁内に閉じ込めた。
影の正体は3枚の斬符であった。ブランは火符を投げると同時に斬符を弧を描く形で飛ばしていた。火球で前方に注意を集めておいて死角から斬符で首を刈るというブランの目論見は失敗に終わった。
ブランは「チッ」と舌打ちをする。普段の礼儀正しさからは想像出来ない悪態であった。リンゼは目論見を看破したのを誇るでもなく、静かにブランを見ている。
「今度は私の番ね。【引出】 103から133番」
リンゼの両脇に銀円が出現。両手を突っ込み引き抜くと指間にショートハルバード ── 以下ショーハルと略そう ── が握られていた。
人差し指と中指の間に1本、中指と薬指の間に1本握られており、両手合わせて4本のショーハルだ。
ショーハルは現物が保存されており1本5キログラムと分かっている。それを苦もなく指で支えるとはなんたる怪力か!
リンゼが両腕をしならせ投擲する。ショーハルは重心が偏っているため不規則な軌道を描く。ブランは迫りくる4本の刃を横走りで回避した。
「ほらほら! まだまだ行くわよ!」
リンゼが回転しながらショーハルを【引出】して投擲する。紫のドレスがひるがえりさながら踊り子のようだ。
ブランはさらに横走って回避する。軌道を読み切れず1本のショーハルが頬をかすめる。真近で重量物の脅威を感じ冷や汗が流れる。
(斧頭に当たったら骨折じゃすまないな)
柱の影に隠れ一瞬退避した後、反撃すべく斬符を【引出】しながら柱の影から出た。
斬符を投げようとした瞬間、頭上に何かの気配を感じた。猛烈な危機感! ブランは本能が命じるままに飛び込み前転した。
起き上がると背後から何かが石床に突き刺さる音がした。
振り向くとショーハルが床を抉っていた。
リンゼはブランが柱から出てくるタイミングを予測して放物線を描く形でショーハルを投擲していたのだ。水平方向の投擲に慣らしておいてから垂直方向の投擲。老獪と言えよう。
間一髪難を逃れたことに安堵し前方に向き直る。戦慄した。リンゼが目前まで迫って来ていたのだ。ブランが後方に振り返ったタイミングを逃さず突進していたに違いない。リンゼは右足をフットボールのシュート体勢めいて振り上げている。
(蹴られる!?)
そう思ったときにはもうリンゼの右足がブランの胸を強打しいていた。運動エネルギーが導くままに、ブラン・マルティスという名のボールは後方に吹き飛び、石壁というゴールネットに突き刺さった。
ブランは壁にめり込んだあと、力なくその場に崩れ落ちた。
呼吸困難に襲われた。胸を蹴られた衝撃と背中を壁に強打した衝撃で肺が機能停止したのだ。
このまま窒息するのかと恐怖したが、機能停止は一瞬のことで息は回復した。
そして続けざまに激烈な痛みを覚えた。常人よりも何倍も強い吸血鬼の蹴りを喰らったのだ。戦闘用のカソックコートがでなければ命すら危うかったろう。
ブランは震えながら身体を起こしリンゼを睨む。
リンゼは腰に手を当て悠然とこちらを観察していた。追撃に移る気配はない。
(いつでもこっちを殺れるってわけか!)
屈辱が怒りを生み、怒りが闘志に変わる。ブランは立ち上がり爆符を【引出】した。
「まだやる気なの?」
意外そうに女吸血鬼が尋ねた。
「まだ手札が残ってるんでね」
トカゲ目の符剣士は答えたあとつばを吐いた。
つばには血が混じっていたが見ないふりをした。




